| 創業・社長就任当時のエピソード |
- 私は、大学卒業後に6年間公務員でしたが、その間は学生時代から続けていたフェンシングでオリンピックを目指していました。しかし結局選考に選ばれなかったため、公務員を辞め1990年28歳のときに実家の運送業を継ぎました。群馬の片田舎の小さな運送会社で経営的にも芳しくなかったので、いづれは大手企業に市場を独占され淘汰されるのではないかという危機感は常に持っていました。
そこで、自分が理想とする商売をやっていきたいという思いから、いろいろな業種を研究するようになり、偶然にもあるセミナーでパチンコ店のオーナーの方と出会い、この業種を知りました。その方が非常に丁寧にこの業界について教えてくださったのがきっかけで、業界を研究したところ、この業界なら自分の人生で情熱を傾けられるのではないかと考えやろうと決断しましたね。
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| 苦労話・成功談 |
- 当時実家の運送会社は50名ほどの社員がいましたが、ほとんどの方が私よりも10歳以上年上の方ばかりだったので、私が一人で準備を始めて、金融機関にも交渉に行っていました。しかし、どうしても一人だと限界があったので大学時代の同級生と後輩の2人に声をかけて最初は3人と、残りのスタッフは地元のアルバイトを採用してスタートしました。
事業を始めた頃はセミナーで知り合った方のホールなどで研修をさせていただく中で、なんとなく新規事業者にはやりにくい業界だと感じたのですが、何も知らなかったが故の新しい発想で逆に功を奏したところがありましたね。
当時の競合店は古い体質でスタッフの年齢も40代、50代の方が多かったので、差別化として若いスタッフで始めようと20代でできるだけ女性中心に採用し、装置産業ですが接客に力を入れてやり、イベントを催したりして女性でも気軽に入れる店舗作りを目指していった結果、今日のように成長拡大してきたと思っています。
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| 感動したエピソード |
- 最近「感謝の気持ちを持とう」というセミナーを幹部社員対象に継続して実施していますが、幹部たちの意識が変わってきて「ありがとう」「おはようございます」というあいさつが活発に交わされるようになり、自ら進んでスタッフの休憩所を清掃したり、意識してスタッフに声をかけたりといったように自分の使命や役割を認識してくれる幹部が増えてきました。
非常にいい雰囲気になってきているので嬉しいですね。
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| 喜怒哀楽を感じる瞬間 |
- 地域のお祭りに店長をはじめとしたスタッフが参加して、お手伝いしたときに、周囲の皆さんに感謝の言葉を頂けるときですね。こういった積み重ねで少しづつ地域に必要とされる1店舗になっていければいいと思いますね。
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