1837年、越後新発田(現在の新潟県新発田市)の裕福な名主の子として生まれる。17歳のときに江戸で一旗上げるべく、鰹節店に奉公。1873年、日本人による初の貿易商社大倉組商会を設立、後に大倉財閥として繁栄した。鉄砲商として身を立てていたことから、「死の商人」と呼ばれたこともあったが、明治の中頃には数名の経済人と組み鹿鳴館、帝国ホテル、帝国劇場などの設立に携わる。
商人として初めて自費での海外旅行をしたとされ、会社設立後は中国、韓国、モンゴル、イギリスなどに積極的な海外展開をしていた大倉喜八郎。そんな大倉のように、このタイプは挑戦心、冒険心に富み、従来の常識・定石から大きく外れた行動を起こす可能性を秘めている。一度やると決めたら、それまでの経緯や人間関係、時間や場所も無視して突き進み、大きな業績を上げられる可能性を秘めている。実際に大倉は、武家の出身でもなければ藩閥の後ろ盾もない中、自身の信念を貫き通すことで身を立て、後世に名を残す功績を打ち立てている。
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