日本農薬株式会社の企業概要
社名 | 日本農薬株式会社 |
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本社所在地 | 〒104-8386東京都中央区京橋1-19-8(京橋OMビル) |
設立年月日 | 1928年(昭和3年)11月17日 |
代表取締役社長 | 友井 洋介 |
株式公開 | 東京証券取引所 市場第1部 |
資本金 | 10,939百万円 |
事業内容 | 農薬、医薬品、医薬部外品、動物用医薬品、木材用薬品、農業資材などの製造業、輸出入業、販売業 |
日本農薬株式会社の沿革
2016年(平成28年) | Sipcam Nichino Brasil S.A.を連結子会社化 |
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2015年(平成27年) | Hyderabad Chemical Private Limitedを子会社化 |
2015年(平成27年) | ダニコングフロアブル、ダブルフェースフロアブル発売 |
2014年(平成26年) | Sipcam Agro社(ブラジル)へ出資(社名をSipcam Nichino Brasil S.A.へと変更) |
2014年(平成26年) | Nichino do Brasil Agroquimicos Ltda.を設立 |
2014年(平成26年) | アリスタライフサイエンスアグリマート株式会社(現 株式会社アグリマート)を完全子会社化 |
2013年(平成25年) | ISEM社(イタリア)よりオルトスルファムロンを譲受 |
2013年(平成25年) | 本社を京橋(東京都中央区)に移転 |
2012年(平成24年) | Sipcam Europe社(イタリア)へ出資 |
2011年(平成23年) | 日農(上海)商貿有限公司を設立 |
2010年(平成22年) | コルト発売 |
2010年(平成22年) | 東海北陸営業所開設 |
2010年(平成22年) | アクセル発売 |
2008年(平成20年) | ニチノー奨学金制度創設 |
2007年(平成19年) | Nichino Europe Co., Ltd.(英国)を設立 |
2007年(平成19年) | ラノコナゾールのスイッチOTC製品ウィンダム、ゼスパート発売 |
2007年(平成19年) | フェニックス発売 |
2006年(平成18年) | Philagro Holding社(フランス)に出資 |
2005年(平成17年) | ルリコン(ルリコナゾール)発売 |
2003年(平成15年) | バイエルクロップサイエンス株式会社よりイソウロン事業を譲受 |
2003年(平成15年) | ブイゲット発売 |
2002年(平成14年) | 三菱化学株式会社より農薬事業を譲受 |
2002年(平成14年) | トモノアグリカ株式会社より営業権の一部を譲受 |
2002年(平成14年) | 名古屋支店を大阪支店と東京支店に分離統合 |
2000年(平成12年) | バンコック事務所開設 |
1999年(平成11年) | エコパート、サンダーボルト発売 |
1997年(平成9年) | Nihon Nohyaku America, Inc.設立 |
1996年(平成8年) | 台湾に日佳農葯股イ分有限公司設立 |
1995年(平成7年) | 総合研究所完成 |
1994年(平成6年) | アスタット(ラノコナゾール)発売 |
1993年(平成5年) | 総合研究所(第一期工事)竣工 |
1992年(平成4年) | 北海道に長沼ナーセリー開設 |
1992年(平成4年) | ロンドン事務所開設 |
1991年(平成3年) | 医薬研究所竣工 |
1991年(平成3年) | ダニトロン発売 |
1990年(平成2年) | 日本エコテック株式会社設立 |
1989年(平成元年) | ジャパンハウステック株式会社(現株式会社ニチノーサービス)設立 |
1985年(昭和60年) | 東京証券取引所第一部上場 |
1985年(昭和60年) | カンテック(マロチラート)発売 |
1985年(昭和60年) | モンカット発売 |
1985年(昭和60年) | 株式会社ニチノーレック設立 |
1984年(昭和59年) | アプロード発売 |
1984年(昭和59年) | 東京工場閉鎖 |
1983年(昭和58年) | 福島工場竣工 |
1979年(昭和54年) | 東北営業所(現仙台支店)開設 |
1978年(昭和53年) | 茨城県に鹿島工場竣工 |
1975年(昭和50年) | フジワン発売 |
1974年(昭和49年) | 株式会社ニチノー緑化設立 |
1973年(昭和48年) | 安全性研究所竣工 |
1969年(昭和44年) | Agricultural Chemicals (Malaysia) Sdn.Bhd.設立 |
1969年(昭和44年) | 佐賀工場竣工 |
1964年(昭和39年) | 全購連(現全農)と取引開始 |
1964年(昭和39年) | 名古屋出張所開設(2002年大阪支店と統合) |
1963年(昭和38年) | 東京証券取引所第二部上場 |
1961年(昭和36年) | 沖縄に第一農薬株式会社設立 |
1959年(昭和34年) | 本社を東京に移転 |
1956年(昭和31年) | 化学研究所竣工 |
1955年(昭和30年) | 北海道出張所(現札幌支店)開設 |
1953年(昭和28年) | 埼玉県戸田に東京工場竣工 |
1945年(昭和20年) | 終戦により海外全資産接収 |
1942年(昭和17年) | 朝鮮農薬株式会社設立 |
1938年(昭和13年) | 満州農薬株式会社設立 |
1934年(昭和9年) | 九州出張所(現福岡支店)開設 |
1934年(昭和9年) | 佃工場(現大阪事業所)竣工 |
1930年(昭和5年) | 河内病虫害研究農場開場 |
1928年(昭和3年) | 日本農薬株式会社創立(本社、大阪)
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日本農薬株式会社の経営理念
日本農薬の企業としての理念は3つの基本理念に基づいています。1つ目は、日本農薬は安全で安定的な食の確保と豊かな生活を維持することを使命とする事。2つ目は、日本農薬は技術革新により新たな価値の創出にチャレンジするという事。そして3つ目が、日本農薬は公正で活力のある事業活動によって株主の信頼に応えるということです。これらが日本農薬の目指すところであり、企業の経営理念となっています。
日本農薬株式会社の行動憲章
日本農薬が最も重視しているのが、顧客満足です。また、農薬という難しい分野を扱うため、法令やその精神を遵守するというのも日本農薬の行動規範です。また、地球環境を考えた農薬を提供することも日本農薬の使命。自然と共に矯正する人の役目でもあります。日本農薬は社員にとっても働きやすい場所を提供しているんです。日本農薬は従業員の個性と人権を守る企業なんですよ。Chemical Innovator For Crop&Lifeは日本農薬のコーポレートステートメントとなっています。
日本農薬株式会社の事業案内、サービス紹介
日本農薬が行う事業は大きく分けて3つです。
日本農薬株式会社のメイン事業は農薬
日本農薬が製造する農薬の中でも代表的なのが、ダニコングです。有効成分ピフルブミドが配合されておりハダニを徹底的に撃退するんです。
フジワンは40週年にもなる、日本農薬おなじみの農薬です。稲に使われる農薬で、美味しいお米を作るにはこの日本農薬のフジワンが必要不可欠なんです。日本農薬は1968年からフジワンの開発を始め、この商品は今まで農家の人に愛され続けています。日本農薬のフジワンは富士山とワンちゃんがモチーフになっているキャラクターが目印です。
コルトは日本農薬が造る新しい殺虫剤です。日本農薬のコルトには昆虫の行動を制御する成分が含まれており、カメムシやチャノキイロアザミウマ等に効果てきめんなんですよ。
日本農薬株式会社が開発したIBR剤
日本農薬のコルトはIBR剤。IBRというのはInsect Behavior Regulatorの頭文字を取ったものです。即効性があるので、アブラムシなどの昆虫によく効くんです。アブラムシが付いた野菜に日本農薬のコルトをかけると、アブラムシたちは吸汁活動ができずに落下もしくは葉の上で死亡します。日本農薬のコルトは使用後1日だけでかなりの効果が期待できるんです。
住宅関連薬剤も取り扱う日本農薬株式会社
日本農薬はシロアリ駆除などに使える薬も開発しています。住まいの健康は床下からというのが日本農薬の考え方。見えないところでのシロアリの危険を予防するのが日本農薬の仕事です。
日本農薬のシロアリストップシステムは製剤開発から販売までを一貫して行っているので、ユーザーにとっても安心感があります。日本農薬が施工をすれば5年のシロアリ保険がついてくるので、再発事故が起きた場合にも安心です。
研究開発活動にも熱心な日本農薬株式会社
研究開発への取り組みにも熱心なのが日本農薬の評価すべきところ。Passion、Challenge&Responsibilityというのが日本農薬の目標です。大阪の河内長野にある日本農薬の総合研究所では、約190名の従業員が、毎日研究開発活動に携わっています。
日本の農業を担う日本農薬株式会社
日本農薬は様々な種類の農薬を開発しており、多くの害虫を駆除する事ができます。毎日農薬・医薬品の研究に熱心に携わり、より良い製品を創り出すのが日本農薬の仕事。わたしたちの食は日本農薬が開発する事業にかかっていると言っても過言ではありません。