“和”を世界へ-。 地方発祥ブランド、成功の軌跡と次なる挑戦


株式会社サンクゼール 代表取締役社長 久世 良三

※本ページの情報は2017年1月時点のものです。

全国の大型ショッピングモールや、駅ビル内でジャムやワインなどのオリジナルブランドを展開している株式会社サンクゼール。2013年には、“ザ・ジャパニーズ・グルメストア”をコンセプトにした新ブランド『久世福商店』を立ち上げ、全国で急速に店舗を増やしている。

斑尾高原でのペンション経営からジャムの製造販売に舵を切った1979年の創業当初、手持ち資金10万円、夫婦2名でスタートした同社は、2017年2月現在、店舗数は100店舗を超え、およそ10ヘクタールのぶどう畑やワイナリーをも運営する企業へと成長した。一代でここまで築き上げた同社代表取締役社長、久世 良三氏のインタビューを通じ、創業に至る経緯や現在の急成長を支える要因など、同社の強さの秘訣を追った。

久世 良三(くぜ りょうぞう)/1950年東京生まれ。慶応義塾大学卒業後、大手スーパーに就職し、食料品売場にて1年間勤務。退職後、実家の外食産業専門商社にて3年間営業職に従事した後、75年に新潟県の斑尾高原にて、スキー客向けペンションを開業。妻、まゆみ夫人の手作りジャムが好評を博し、79年から製造販売を始める。82年、株式会社斑尾高原農場を設立。2005年、社名を株式会社サンクゼールに変更し、代表取締役社長として現在に至る。

夫婦の危機を乗り越え、手作りジャムで起死回生

サンクゼール本社(サンクゼールの丘/長野県上水内郡飯綱町)。グリーンシーズンには全国から多くのお客様が訪れる。

―御社を創業される前は、ペンションを経営されていたということですが、その経緯をお聞かせ頂けますか?

久世 良三:
私が育った池袋の実家は、長野県産のトマトからつくった業務用のケチャップやソースを扱うメーカー兼問屋を父が営んでおりました。幼少時から父の手伝いをする一方、長期休みには従兄弟たちと志賀高原のスキー合宿などに参加し、自然豊かな信州に惹かれていきました。大学時代には競技スキーの選手にもなりましたが、卒業後は大手スーパーに入社し、1年間、食料品売場に勤務しました。その後、父の事業を3年程手伝いましたが、当時は高度経済成長期の頃で、大気汚染などで空気も悪く、東京での暮らしにくさを感じていました。そうした中で、東京を出て、山の上でスキーをしながら暮らしてみたいという思いから、斑尾高原でのペンション経営に踏み切ったのです。

―ジャムの製造販売へと事業を転換されたきっかけをお教えください。

久世 良三:
ペンション経営状況は非常に良好でした。とても繁盛していましたね。しかし、ペンションの実務はほとんど妻が担っておりました。私は、昼間は、お客様に競技スキーの技を無料講習し、夜はお客様と共にパーティーなどで飲んでいたので、その間、妻が子育てをしながら料理やベッドメイクをしていたのです。その負担があまりにも大きく、遂には妻が実家に帰ってしまいました。家族の時間を大切にしていなかったことを、私は深く後悔し、将来ペンションを売却し、家族のことをもっと大切にするという約束をして、妻を説得し、戻ってきてもらったのです。

妻が帰ってきた後、私はペンションを辞めても生計を立てられるような職を考え、レンタルスキーのビジネスを始めるなど試行錯誤を続けたものの、結局はどれもペンションありきの事業ばかりでした。最終的に辿り着いた事業が、ペンションで評判がよかった妻が作るりんごジャムの販売だったのです。1979年のことでした。ジャムの売れ行きはかなり好調でしたので、遂にペンション経営を辞め、1982年に株式会社斑尾高原農場を立ち上げることに成功しました。当初は、知り合いのペンションや、志賀高原や白馬のホテルにあるお土産コーナーにジャムを卸していましたが、徐々に範囲を拡大していきました。グリーンシーズンの売上を確保するために、軽井沢にもセールスを仕掛けるなどして、だんだんと長野県内のリゾート地域の販路を開拓して行きましたね。

「和」に焦点を当てた新ブランドの確立

―御社の現在の事業内容についてご説明頂けますか?

久世 良三:
私どもは、まずメーカー直売店という業態を有しておりまして、『サンクゼール』の自社製造のジャムやワインなどを直接販売する店舗が約50店舗ございます。これはイオンモールさんを中心としたショッピングモールや、JRさんの駅ビル、あべのハルカスなど、交通の便が良い商業施設内に出店しています。また、三菱地所・サイモン株式会社(旧:チェルシージャパン株式会社)さんが運営する『プレミアム・アウトレット』内にも展開しております。現在では一般的になったアウトレットでの食物販ですが、実は弊社がそのスタイルの口火を切ったのです。前例のないことでしたので、実現するまで多少時間はかかりましたが、予想以上の売れ行きで、今では食物販のアウトレットというスタイルも定着しましたね。

また、ワイン作りにも注力しておりまして、長野県の弊社本社の近くに約10ヘクタールのぶどう畑があります。そこで作られたぶどうを使ったワインは、海外のコンクールでも高い評価を頂いております。

また、“ザ・ジャパニーズ・グルメストア”をコンセプトにした「和」ブランド『久世福商店』1号店が、2013年、イオンモール幕張新都心店にオープンしました。こちらも現在、約50店舗以上を全国各地で展開しています。日本酒や味噌、醤油などの発酵醸造食品を軸に、バイヤーが厳選した日本各地の生産者さんと開発した商品を取り揃えております。

―『久世福商店』の成り立ちをお教え頂けますか?

久世 良三:
私の父、久世福松が創業した総合食材問屋の名前は久世商店と言いました。7、8年前から「和食」に注目が集まるようになっていると感じていたのですが、2012年12月に、シンガポールで開催された食品展示会に参加し、『サンクゼール』の商品を紹介した際、「日本人なら、日本の酒、醤油、味噌を紹介してほしい」と言われ、改めて「和」を意識したブランディングの必要性を感じました。そこで思い浮かんだのが、父が創業した久世商店と、父方の祖母の実家である醤油屋のイメージでした。ホテルに帰った私は、一晩で構想をまとめ、幹部にメールしました。こうして久世福商店プロジェクトがスタートしたのです。

イオンモール幕張新都心店の担当者の方にもご尽力頂き開店した1号店ですが、マイクパフォーマンスや斬新な世界観が話題となり、成功を収めることができました。オープン当初もかなりの売上が出ていたのですが、今でも売上が伸び続けています。

バイヤーの感動を現場に届けるシステムとは

『久世福商店』では調味料から酒類まで幅広いジャンルの商品を展開している。

―御社の強みをお教えください。

久世 良三:
例えば『久世福商店』の商品開発は、味が良いのはもちろんですが、候補に挙がった経営者の方や生産者の方にバイヤーが会いに行き、こだわりや考え方を知って感動や共感した商品を会議にかけています。バイヤー自身がファンになる商品を取り扱っているというところは、商品力の上で一つの強みだと考えています。

また、やはり食品なので、必ず衛生面などをチェックさせて頂き、改善提案なども行わせて頂いております。しっかりとした品質管理を行っているという点も、メーカーから小売を始めた弊社の強みの一つだと思います。

―御社の店舗スタッフの方は商品知識が非常に豊富でいらっしゃいますが、どのような教育をされているのでしょうか?

久世 良三:
バイヤーが現地に赴き、生産者の方からお伺いした情報を社内できちんと共有するようにしています。また、店長会にバイヤーが参加し、直接商品について説明をし、その情報を店長から店舗スタッフに教えるというふうに段階を踏んで情報を伝えるようにしています。もちろん、店舗スタッフも新商品を試食しますので、味についても実体験としてお客様にお伝えすることができます。

また、弊社では店舗管理システムを内製化しておりまして、システム開発を担当する社員が6名ほど在籍しております。商品情報や『久世福商店』のストーリーなども検索して閲覧できるようになっておりますし、現在、お客様にタブレット端末の画面を見せながら商品説明ができるようなインフラも整備しつつあります。こうしたシステムも、お客様に的確な情報をお伝えする重要な役割を担っているのだと思います。

POSレジも弊社独自で内製化しておりまして、シフト管理表の作成や人件費の管理、他店の成績や個別の商品の売れ具合もリアルタイムで見られるようになっております。このように現状を可視化することができるので、数字的にもコミットしようという意識が育ちます。

日本人のアイデンティティを海外に発信する

―中・長期的な目標をお聞かせください。

久世 良三:
売上の目標で言うと、来期(2017年4月~2018年3月)は95億円を目標としておりますが、出店計画の状況からもそれはほぼ達成できる見込みです。再来期は120億円を目指しています。以上の目標は日本国内での売上です。

現在、日本の食材を中心に、『サンクゼール』・『久世福商店』の商品を海外で展開しようと企画しているところです。『サンクゼール』は欧米から学んだ商品ブランドですが、やはり日本人のアイデンティティとして、味噌や醤油、ゆずといったものから作る、日本のヘルシーでおいしい食品を世界にお届けしていきたいと考えています。

その他にも、弊社では卸業も行っておりまして、日本国内のコストコさんに弊社のジャムやパスタソース、『久世福商店』の万能だしを卸させて頂いております。今後は海外への卸も進めていきたいと考えています。

―eコマースについてはどのような展望をお持ちでしょうか?

久世 良三:
弊社のシステムエンジニアを中心に、営業企画チームやeコマースの担当部署らが連携して取り組んでいます。今後、アメリカ市場に向けて越境eコマースをどのように展開していこうかと考えており、既存の取引先との関係を強化しつつ、様々な販売方法を模索しています。また、国内の取引企業の範囲もより一層広げていくつもりです。

求める人材について

―ビジネスマンにとして成功するための要素はどのようなものだとお考えでしょうか?

久世 良三:
成功された方にも多く会ってきましたが、成功して謙虚さを無くしてしまった人たちは、途中で失敗や脱落されてしまうことがあります。やはり従業員に対して感謝の気持ちを忘れてはいけないと感じますね。また、常に変化をしないと生き残っていけない厳しい時代ですので、様々なことを勉強し、変化に対応していくことが必要になると思います。

―社長が求める人物像についてお聞かせください。

久世 良三:
熱い想いとめげない精神力、そしてチャレンジ精神旺盛な人物ですね。マーケティングで活躍してみたいという方でもいいですし、ワイン造りや畑の管理をやってみたい、あるいは、海外経験があるので世界で活躍してみたいという方でも構いません。ジャンルを問わず、優秀な方であれば常に受け入れていきたいと考えております。

編集後記

2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことに加え、2020年の東京オリンピックに向けて、国内外で日本食に対する注目度が増している。そんな中、『久世福商店』の“ザ・ジャパニーズ・グルメストア”というコンセプトは非常に魅力的であり、更に、店舗内に設置されたキッチンカウンターで提供される試食品と、商品説明のマイクパフォーマンスは、新鮮な体験を提供している。こうした的確なブランド戦略と斬新な販売手法は、今後海外展開を進めていく上で、同社の強力な武器になるに違いないと感じた。