社長名鑑

九州地区でトップクラスの医療機器商社。医業開業を支援するサービスも手掛ける

山下医科器械株式会社

2015年7月 取材

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プロフィール

企業情報

■氏名
山下尚登
■出身地
福岡県
■役職
代表取締役社長

■企業名
山下医科器械株式会社
■設立年(創業年)
1926年
■ホームページ
http://www.yamashitaika.co.jp/index.html
■所在地
福岡県福岡市中央区渡辺通3丁目6番15号 NOF天神南ビル6階
■業種
卸売業
■企業概要
医療機器の販売、レンタル、リース、理化学機器の販売、医療事務コンピューターの販売、医療設備器械の販売
■従業員数
518人
■最終更新日
2016/09/13

プロローグ

聞き手

本日はですね。大正15年長崎県佐世保生まれ、今や東証1部上場の企業にまでなられた山下医科器械株式会社代表取締役社長の山下社長にお話を伺って行きたいと思います。それでは社長、宜しくお願いします。

山下

宜しくお願いします。

聞き手

冒頭にも申し上げましたが、大正15年ということでもう90年近い歴史をほこる企業と言うことで3代目の経営者ということで。会社の歴史ももちろんなんですが、今日は3代目として会社を率いている社長についてお話を色々伺っていきたいと思います。

幼少期〜大学時代

聞き手

御兄弟でいうと長男でいらっしゃったというお話ですが、身近にご実家の事業と言うか、そういうのも子供のころから見てこられているわけですよね。

山下

そうですね。1階が会社で2階に住んで、父、父母とですね。祖父も一時期は一緒に住んでましたんで一緒に家族で会社を営んでいたと。家業ですかね、そういうレベルですから。小さい時から、生まれた時からそういう感じでしたんで、よく会社のほうに遊びに行って、社員さんと話をしたり遊んでもらったり、兄弟3にんなんですけどね、弟、妹で。一緒にまた、あれは休みの日だったのか、夕方とけですね。下に遊びに行って、昔は木枠で機械が運ばれてきたりとかしてたんですけど、昔はフラスコとかビーカーとかってそういうのが詰まってたんですね。それを取り出して行って、して遊んでいたんですけど。

聞き手

それは見つかったら怒られる。

山下

そうでもないですね。手伝いをしているという。

聞き手

そういう感じなんですね。じゃあ社長ご本人だけでなく妹さんや弟さんもみんなおうちの家業の近い所にいらっしゃったんですね。そういう姿を見ていらっしゃって、将来は自分もこの会社を手伝うというか、継ぐんだなみたいな意識は小さい時からおありだったんですか。

山下

長男で、祖父の代からですので父もやっていたですし、いずれ私が継がないといけないのかなというのは漠然と思ってましたし、継げといわれたことは一回もないんですけど、最後はもちろん社長になった時はそうですけど。そういう雰囲気の中でそだっていったってところですかね。

聞き手

そのなかでご自身も成長していかれて、大学は熊本大学の工学部に進学されて、その時もゆくゆくは実家で事業をやるもんだと思った大学生活だったんですか。

山下

そうですね。私が21歳の時ですかね、大学4年の時に電子工学ですから、助教授の研究室に入って、私の家が医療機器をやっているというのを先生がご存じで。山下こういうのが出ているぞいうことで、なにかなと思ったら、CTの論文が出ていたんですね。その当時、どういう理屈だというのが出て。その当時、ヨーロッパの方でできつつあったところなんですけど。そういうのを見てこういうのができているんだなと。いうのをはじめて知ったことなんですが。それが昭和51年ぐらいなので、昭和50年代、その後にCTがで始めたり、超音波診断装置だとか、MRIは60年代位になりますけど。そこからが医療機器の業界が、ずっと発展していったんじゃないかな。そういう時代じゃないかなとおもいます。

聞き手

そういう時代の流れに乗って成長していく分野は学生時代から感じていたんですかね。

山下

そこまでの予測は学生時代はできてませんね。まだコンピューターも私が4年生くらいの時にカードでですね。パンチして穴を空けてですね、それを何百枚か作って読み込ませるんですよね。もうこの部屋以上のコンピューターの部屋があって、それを読み込ませてプログラムをいれると。それが機械的に紙が詰まっちゃったりるすんですよね。全部呼んだなと思っても、その中にエラーがあるとそれを探さないといけない。

聞き手

デジタルがアナログかわからない。

山下

アナログですよね。そういう時代でしたんで。性能は今のパソコンよりとにかく低い性能でしたから。とにかくそういう時代でした。