株式会社アルペン ~一代で年商2,000億円の企業を創り上げた創業者~

ビジネスの道を志したきっかけ

株式会社アルペン 代表取締役会長 水野 泰三 (2015年11月取材)

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―ビジネスの道を志したきっかけ―

【聞き手】

本日は、「スキーといえばアルペン」皆さんイメージだと思いますが、今やですね、国内外に400店舗を超える総合スポーツ用品の店舗展開、そして、メーカーとしても躍進を続けておられます、株式会社アルペン、代表取締役社長 水野泰三社長にお話を伺っていきたいと思います。それでは社長、よろしくお願いいたします。

【水野】

よろしくお願いします。

【聞き手】

いわゆる幼少期、どんなお子さんだったんですか。

【水野】

もう、やんちゃ坊主。

【聞き手】

見て取れます。

【水野】

そう。どうしようもない子。

【聞き手】

どちらかというと、野山を駆け回っているような。

【水野】

そうそうそう。だからもう学生時代は、冬はスキー場にこもって、スキーばっかり、勉強しないでスキーばっかりやっていた。

【聞き手】

スキーはかなりの腕前で、プロを目指してらっしゃった。

【水野】

そうですね。でも当時はプロではなかなかご飯食べられないし、アマチュアでもね、アマチュア規定があっては大したことないし。それで、どうしようかなと。滑る方ではなくて、売る方で金メダルを取ろうということで。そちらの道に行ったんですけども。

【聞き手】

その人生の選択というのは、ご両親は何ておっしゃっていたんですか。

【水野】

たまたま僕は9代目で、父が8代目で、7代目までは、名古屋でずっと繊維関係の商売をしていたんですね。だから、商売屋の子と私はね。ということで、祖父から色々そういうのを聞いていて。自分でしようかなと。そういうDNAがあったのかもしれないですね。

【聞き手】

ご自身でも、小さいときは将来は自分でも商売するぞ、起業するぞというのは思われていたわけではないですよね。

【水野】

ないんですけどね、学生時代に、ちょうど電気毛布が流行った時期があって。それまでなかったですよね。
ですけれど、それをどこからか仕入れてきて、電気毛布を。それで、売り歩いていたことがあるんですよ。

【聞き手】

ご自身でですか?

【水野】

はい、自分で。それで、屋号を考えようということで、うちの屋号が、7代目までは、大阪屋という屋号だったんですよ。その屋号を使って、お店を作ったりして。遊びみたいなものなんですけども。そういうことをやっていたんですよね。

【聞き手】

まずは最初に就職はされると。

【水野】

そう、スキー場に行って、友達は皆さん、就職が決まってて、下山してきて、もう3月ですよね。どうしよう、困ったなと。帰りに道に、夢みたいな、考えてですね。自分でスキーを教えていたから、自分で小さなショップでも持って、自分で教えて、スキーバス出して、将来はスキー場でも作ってね、そこの校長になって、いいなと。夢の夢の夢の夢みたいなものですけどね。

【聞き手】

なかなか壮大ですね。スキー場作って。今現実になっていますけども。

【水野】

名古屋に来てですね、今は電話帳なんてないですよね、電話帳をめくったら、一番大きな「しろや」というショップがあったんです。卸屋もやっていたんですよ。そこに行って、そこの社長に会って。君いつから来れるんだと、今からいいですよと、すぐもう、その場で決まりと。
2、3年ちょっと、勉強で、いようかと思ったんですけども、そこの社長もね、番頭さんもスキーやらないで、なにもスキーしたことないんですよ。偉そうに言っているもんだから。それでやってみて、四季、4シーズン、やらなければいけないと。1年やって。これなら俺もできるなと。難しくないなということで、お店を作ったんですよ、独立して。そこの店のすぐ近くに。

社長プロフィール

President's profile
氏名 水野 泰三
役職 代表取締役会長

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