新型コロナウイルス感染拡大がECビジネスの拡大に拍車をかけ、その影響で物流業界はかつてないほどの需要増となっている。

物流専門紙「カーゴニュース」によると、2020年4月の宅急便取扱個数は、ヤマト運輸が前年比約13%増、日本郵便が約16%増と、2桁増になっており、そのニーズの高さは顕著であるといえる。

一方で、物流業界は労働時間やドライバーの高齢化、労働力不足などさまざまな問題を抱えているという。

特に労働環境問題からくる健康起因事故は増加傾向にあり、企業単位での働き方改革やコンプライアンスの徹底は、喫緊の課題となっている。

千葉県四街道市に本社を構え、鮮魚・野菜・飲料水・菓子など食品全般の運送を行なう、株式会社日東物流でも、2008年に自社ドライバーが追突事故を起こすという、事業継続に関わる事件が起こった。

この事故を契機に浮き彫りになった、社内の労働環境問題を目の当たりにした代表取締役の菅原拓也氏は、「社内だけでなく業界の慣習を変えなければならない」と強く思ったと語る。

その内に秘めた想いと当時の苦悩、見据えている業界の未来像について伺った。

トラック運転手に囲まれて育った幼少期

―どのような幼少期や学生時代を過ごされたのでしょうか?

菅原 拓也:
父が運送会社の社長をしているというのは、物心ついたときには何となく知っていました。

小学校1年生のとき、父親の仕事に関する作文を発表する際、友達の場合は「朝ご飯を一緒に食べ、土日は一緒に公園で遊ぶ」という話をしているなか、自分だけが「朝起きると父は仕事から帰って寝ている、学校から帰ると夕方には仕事に出ているので会えない」という内容でした。

しかし、それで特に嫌な思いをしたという記憶はありませんし、トラックに乗せてもらい、一緒に築地市場など様々な場所に行ったのは、とても楽しかった思い出ですね。


―跡を継ぐことを意識したきっかけはありますか。それはいつ頃のことでしょうか。

菅原 拓也:
大学3年生になり、就職活動を始めるくらいの頃からですね。

それまでも、正月になると当社の社員の皆さんが父を訪ねてきて、実家でお酒を飲んでいましたし、社員の皆さんとは家族のような付き合いをしていました。

また、そんな彼らに慕われる父の背中を見て、経営者への憧れもありました。ですので、「父の仕事を継いで、みんなと一緒に働きたい」と考えるようになりましたね。

業界を変えようと決意した追突事故

―入社後に、御社の社員が追突死亡事故を起こしたと伺いました。当時の状況と、これを受け、ご自身の中でどのような想いが芽生えたのでしょうか。

菅原 拓也:
当時、私は入社まだ2ヶ月で、本当に右も左もわからない状況の中で起こってしまった事故でした。そしてそれは、当社の存在そのものを揺るがすような大きな危機でした。

事故そのものに関しては、決して会社側の管理不足が原因で起こった問題ではなかったのですが、事故を起こした以上は当然ながら国交省による監査が会社に入るわけです。

監査が進むうち、事故を起こしたドライバーさん以外の部分で、「長時間労働をさせていたのではないか」「法令で定められていることができていなかったのではないか」などのさまざまな問題が浮き彫りになっていきました。

会社を受け継ぐ者として「これらの問題を解決しない限り、また同じような事故を起こしかねない。自分が何とかしなければならない」と強く思うようになりましたね。

孤立無援の中で2代目社長へ

―それらの問題は、御社だけのものだったのでしょうか。業界全体で抱えていたものなのでしょうか。

菅原 拓也:
労働環境の問題やコンプライアンスの問題というのは、当時の物流業界では問題視されていることでした。それ以外にも、労働人口の減少も課題のひとつでした。

「人を雇用し続けることができる会社とは何だろう」と考えたとき、「コンプライアンスを徹底できる会社なのではないか」と思ったのです。しかしそれは、物流業界の悪しき慣習と、真っ向から立ち向かうことだったのです。

慣習によって発生する問題や非効率を、ひとつずつ丁寧に潰していこうと思いましたが、長年やり続けてきた業界の“当たり前”を変えることは本当に大変でした。

一部の従業員からは「ほかの会社もやっていることなのに、なぜうちだけが」などと言われましたね。

例えば当時は、3トントラックに4トン、5トンの物を積むのは、お客様に頼まれたら断れないから仕方がないことだ、という風潮がありました。

当然これは法律違反であり、それが原因で事故を起こすと、ペナルティーは当社に課せられてしまいます。

「法律を犯してまで依頼を受けるなんて、会社としておかしいのではないか」などと会議の場で言うと「正論ばかり言って」と煙たがられてしまう。

実際、正しい事をやろうとしても過去の慣習に縛られた人の方が多く、孤立した時期もありました。

でも、私自身、コンプライアンスが徹底できない会社や物流業界の風潮に、非常に違和感がありました。

自分がこの先、会社を継ぐという前提であれば、会社だけじゃなく業界自体も、少しずつでも改善していきたい。そんな志を胸に、2017年9月に二代目社長に就任して、会社を継ぐことになりました。

物流業界の“当たり前”を変える

日東物流ではドライバー全員の健康診断受診を徹底している

―先程おっしゃっていた状況を踏まえて、2017年に社長に就任されてから社内改革のために注力された具体的な内容についてお聞かせください。

菅原 拓也:
コンプライアンスの徹底については、社内でさまざまな反発がありながらも、まずはコストがかからなくて、しかもマンパワーもそれほど必要としない、自分たちの力だけで何とかできる、という部分を少しずつ改善していこうと着手していきました。

勤務時間の記録や就業規則や雇用契約書の見直しなど、社労士さんなどの力も借りながら、法令遵守に向けたさまざまな整備に取り組みました。

その結果、2014年、通勤途中にバイク事故を起こしたドライバーによる、外部ユニオンとの団体交渉の場でも法的な根拠をもって交渉を正面から対応し、相手の要求をほぼ飲むことなく収めるというようなこともしました。

そのような成功事例を積み重ねていく中で、社内でも「正しいことをやっていくほうがいいんじゃないか」「正しいことをやりながらでも、きちんと利益が残せるんじゃないか」と考える人たちが増えていきました。

もちろん、お金をかけないとできないこともあります。例えばドライバーさんの健康診断受診の徹底や、無呼吸症候群の検査や脳MRIの検査、インフルエンザ予防接種の企業負担などです。

今では、より専門的に指導するために栄養士の先生に面談してもらい、誰が何の薬を飲んでいるのかというところまで管理しています。

医師とも連携しながら、例えば副作用に眠気のあるようなものは変えてもらうなど、業務中の事故リスク低減につなげています。

このように、ドライバーさんの労働環境を守るためにさまざまな取り組みをしていく中で、管理職も私と同じベクトルを向いてくれるようになり、会社全体で働く環境をより良く整備していくことが今の当社の文化になっていきました。

また、自社の文化になっただけでなく、健康経営への取り組みが対外的にも認められるようになり、2018年に千葉の物流会社として初めて「健康経営優良法人(中小規模法人部門)」に選出され、今年で5年連続で認定いただくなど、社外からもご評価いただけるまでになりました。

行動指針『ニットーイズム』策定の真意

―従業員の方々に社長の考えを伝えるために意識したことはありますか?

菅原 拓也:
実は2021年4月に、経営理念の改定とともに、行動指針を『ニットーイズム』というものに変えました。

いわゆる運送業界で当たり前とされているような働き方ではなくて、“健康経営”や“コンプライアンス”など、会社としてあるべき姿に向かって進んでいくために、最も大切にしていることを8つの言葉に言語化したものです。

そのひとつが、「常に変化、常に進化」という言葉です。

古い慣習や不文律に囚われるのではなく、「変化を恐れず、新しいことにどんどんトライしていこう」と呼び掛けています。

私が入社して以来ずっと大変だったのは、業界の常識を疑わず変化しなかった人たちに柔軟性を持ってもらうことの難しさでした。

昔の“当たり前”は、今では“あり得ないこと”になっていたりします。だったら、人も会社も変わらなければならない。

また、『ニットーイズム』の中には「正直者でいこう」という言葉があります。

これは会社にとって利益になるかならないかよりも、“正しいか、正しくないか”で判断しよう、と呼び掛けるものです。

私が入社した当時、当社にはコンプライアンスを守っていると見せかけるための不正が少なからずありました。特に労働時間の問題をはじめとする労務管理の面で、課題が多くありました。

ウソでウソを塗り固めていくと、それが当たり前になってしまう。間違ったことは改善しなくてはなりません。そのために、それまでの会社の制度を変え、組織を変え、意識を変えていきました。

10年ほどかけて取り組み、今では労働時間を基準の範囲内に収めることができています。

物流業界をもっと魅力的な職場に

―菅原社長が考える、今後、物流業界が取り組むべき課題と、御社の中長期的な目標についてお聞かせください。

菅原 拓也:
物流業界そのものは、生活に無くてはならない存在であり、現代社会でとても大切な産業です。

しかし、その割には低賃金・長時間労働で社会的な立場がなかなか向上しない。物流業界をもっと魅力的な職場にしたいと考えています。

そのためにはまず、業界のすべての企業がコンプライアンスの徹底を目指す。これは最低限の話です。当社としては、ようやくスタートラインに立った、という感じですね。

その上で、より残業時間を減らし、賃金を増やし、休日を増やすといった、働きやすさの確保を目指す必要があります。そのために何をするべきかを、これからも考え、取り組んでいきます。

また、物流業界の内部では「コンプライアンスなんか守っても儲からない」と言う声を耳にしたりしますが、みんなが“守らなければならないもの“へと考え方をシフトしなければならない。

そのために、我々がロールモデルとなり、「それでも利益をきちんと出せます」「好待遇で働けます」とアピールすることで、業界全体のイメージを変えていきたいですね。

さらに、目先のことで言うと、物流業界は“2024年問題”を抱えています。働き方改革関連法に基づき、残業時間の上限規制が適用されます。

これは現時点ではおそらく、多くの会社で達成するのが難しいのではないかと言われています。

この残業時間を平均80時間以内に確実に抑える。これが今、当社が改善に向けて取り組んでいることです。

もうひとつ、高齢ドライバーの再雇用も課題です。

運転はできなくなったが、ドライバーとしての経験しかないのに、定年というだけで十分な社会保障もない状態で放り出されることのないよう、彼らの受け皿を、新しいビジネスとして取り組んでいきたいと考えています。

そしてそういった取り組みを地域貢献につなげていくことができれば、嬉しいですね。

編集後記

物流業界の当たり前とされてきた慣習を変えるべく、改革に奮闘してきた菅原社長。

スマートだが熱のこもった語り口には、「自社だけでなく、物流業界を魅力的な労働環境に変えていきたい」という確固たる意志が感じられた。

2024年問題、ドライバーの高齢化など、物流業界が抱える課題は多数ある。これらの課題を解決するために、菅原社長がどのような新しい風を物流業界に吹かせていくのか。

今後の取り組みに目が離せない。

菅原拓也(すがわら たくや)/1981年千葉県生まれ。青山学院大学 経営学部を卒業後、西濃運輸株式会社や国分ロジスティクス株式会社にて、配送や倉庫業務など物流現場の基礎を学んだのち、2008年4月、家業である株式会社日東物流に入社、2017年9月から代表取締役に。自社ドライバーによる重大事故をきっかけに、事業強化のみならずコンプライアンスの徹底や健康経営の実践に注力、2021年には千葉県の物流企業として初めて、経済産業省の認定する「健康経営優良法人(ブライト500)」に選出されるほか、事業においても経常利益率、内部留保ともに300%近く増加させるなど、経営改革を進め、物流業界にて注目を集めている。