※本ページ内の情報は2023年12月時点のものです。

東京近郊を中心に現在38店舗を展開する新感覚グルメカフェ、高倉町珈琲。実は同チェーンを牽引する人物こそ、「ガスト」「バーミヤン」「ジョナサン」といった有名ブランドを抱える、すかいらーくグループ創業者の1人である横川竟氏だ。

横川氏は1970年、兄弟4人で東京都府中市に日本初のファミリーレストランとなる、すかいらーくをオープンさせる。またたく間に人気に火が付き、店舗数を増やし、1980年には都心型のジョナサンを出店した。

2003年には兄弟そろって経営から退くも、すかいらーくグループの傾いた経営の再建を任され再びグループのトップに立つ。しかし、安さを追い求める会社の経営方針と、料理や食材の質にこだわる横川氏の戦略は折り合わず、2008年に業績悪化の責任を問われ解任となる。

もう一度原点に立ち返り、お客様にとって「より楽しく、より健康で、より安全なもの」を提供できるレストランをつくろうと、2013年に75歳で新たな飲食店チェーンとなる高倉町珈琲店をオープンさせた。

当面の目標として、「現在の38店舗から100店舗へと店舗数を増やす」と語った横川氏。店舗拡大への道のりや、店づくりのこだわり、人材の育成について話をうかがった。

完璧をやめ、「より」良いものを求めるように

ーーすかいらーくの経営から退き、新たに高倉町珈琲をスタートする際、どのような意気込みで取り掛かられたのでしょうか?

横川竟:
すかいらーく時代、僕は有機食材など高価であっても安全で健康的な食材を提供し、楽しい店をつくりたかったのですが、会社としてはコストを削って利益を上げていく方向に転換していったのでその願いは叶いませんでした。

新たな店舗では、高価でもこだわった食材を使おうと意気込んだのですが、価格が高いメニューは消費者から支持を得られませんでした。そこで、完璧を求めず「よりおいしく、より安全で、より健康的な食材で料理を作ろう」というテーマに変えました。

「より」ということは、今までよりもおいしく、安全で、そして安くなければなりません。有機野菜などの食材選びには目を光らせつつ、世間のニーズを見極め、求めやすい価格帯で提供していきました。こうして高倉町珈琲の進む方向性が決まりました。

消費者が求めるものを売る

ーー無理なコストカットや、企業主体の高価商品を押し出すのではなく、消費者の目線で商品づくりをしていくということですね。

横川竟:
そうです。消費者が欲しいものを売れば良いのに、会社が売りたいものを売るからダメになります。良い店と悪い店の違いは、「店が売りたいものを売っているのか、消費者が欲しがるものを売っているのかどうか」です。

店舗をつくる上で大事なことは「商売」と「経営」の2つですが、「商売」とは消費者が求めているものを見つけるだけで良いのです。「経営」とは時代の変化をキャッチして継続して利益を上げ成長させることです。そこに能力や理屈は関係ありません。「売れる仕組み」をつくることなんです。

100店舗達成への道

ーー当面の目標が「38店舗から100店舗への拡大」だとうかがいました。100店舗とされたのにはどういった理由があるのでしょうか?

横川竟:
より良いものをつくるには、常に予想を超えていくことが必要です。しかし、予想が10ならば11に、11ならば12に、といった具合に終わりなき戦いを続けていては経営が成り立ちません。店舗数を拡大していくにしても、どこかで区切りをつけておきたかったのです。

そこで、本来なら日本の10万人規模の都市に1軒ずつ店舗をつくると、150店程になるところを、100店の目標に留めることで、よりおいしく、より安全で、より健康なものを提供できる可能性がみえてきました。

100店舗まで拡大し、野菜の消費量が増えてくると、産地との直接契約ができるようになります。野菜は全部農家との契約栽培にしていきたいと考えています。高倉町珈琲らしい店を増やすために、直営やフランチャイズなどの形式にはこだわっていません。

安全な食材を産地から集め、日本の複雑な流通を切り抜けて、安くておいしいものが売れる仕組みができたら、経営としての第一次ステップが終わります。

「仕組みと体質は責任を持って僕がつくるので、後は自分たちで成長しなさい」と社員には伝えています。100店舗を達成すれば、ひとまず僕の仕事はそこで終わりだと思っています。

ーー100店舗を達成された後は、何をされるご予定ですか?

横川竟:
新社長を含め、スタッフがしっかりと道を歩んでくれたら、名前だけ会社に残して、元気なときには顔を出しつつ、「ゆっくりゴルフでもやろうか」と思っていました。

来年で高倉町珈琲の会社設立から10年になりますが、当初の予定ではこの10年で上場している予定でした。そこを区切りに僕は引退を考えていたのです。しかし、新型コロナウイルスの影響を受け、3年前に構想した上場計画は見事に崩れてしまいました。損益を取り戻すためにさらに3年の月日をかけたことで、トータル6年間分のロスとなってしまいました。今が1番頑張らなければならない時です。

教育とは自分から与えていくもの

ーー100店舗への拡大を達成するべく、人材育成にはどのように力を入れていらっしゃいますか?

横川竟:
人材育成のために僕が会社でやっていることは、教育カリキュラムづくりです。会社の思想を投影するのはもちろんですが、現場の個人個人の意見を含んだカリキュラムをつくるように指示しています。
会社での教育は自分から与えていくものですので、仕事をただ教えるだけの学校式では事足りません。部下を自分の射程距離にどんどん引き込んでいくような関わり方をしていくことがマネジメントだと思います。

ーー店長の育成に関してはいかがでしょうか?

横川竟:
100店舗つくる上で、ただやみくもに数だけ増やすのでは意味がなく、育った店長の数だけ店舗を構えていきたいと考えています。

100店舗あれば100人の店長がいます。たとえ社外からスカウトするとしても、優秀かどうかよりも「高倉町珈琲で何かをやってみよう」という思いがあるかどうかが1番重要です。

通常、職を変える場合は、より給料の高い会社を選ぶことが多いと思います。しかし、正直僕の会社ではスカウトで入社をしたとしても、以前よりも給料が下がってしまいます。そこで我慢して将来を見通し、当初の思いを持ち続けることができるかどうかが分かれ目です。「いい店をつくって利益が出たら、その分給料は払うから、まずは自分で稼ぎなさい」と店長たちには伝えています。

“18か月配置システム”の導入

ーー経営陣の人事制度はどのように構築されていますか?

横川竟:
経営陣の育成に関しては、入社1年目の人材の中から、社内の評判が高く、僕が「良いな」と思った人をまず見に行きます。その後、学歴・能力テスト・周囲の評価・実務経験の4つを組み合わせて選定します。

選ばれた人材を、商品開発・営業・人事・企画・総務の5つの部署で、18か月、つまり1年半ごとにローテーションします。たとえ、まだ仕事に慣れていない状態だとしても、18か月経てば異動しなければなりません。

何故なら優秀な人は18か月も同じ部署にいると仕事をマスターし、意欲が失せてしまいがちだからです。反対に能力がなければ、同じ期間でも、求めている業務の半分もできない人間がおり、その差が浮き彫りになります。入社後1年経った時に「経営の仕事をやってみたい」と強く決意した人間は、18ヶ月でも必ず結果を出します。

今、多くの企業で無計画に玉突き人事を行い、優秀な人材を押し出してしまっているようです。成果を出している人材の仕事を強引に変えてしまうのは大きな不利益に繋がります。ただ、経営陣を選定するため計画的にローテーションを行うのであれば、ある程度の玉突きは必要だと考えています。

仕事は厳しくても温かい会社には人が残る

ーー会社を支え自分の右腕となる人材は、社内で育てていくのか、社外から取り込むのか、どちらをお考えですか?

横川竟:
内部で育てていくことが大事だと考えています。社員はトップの思想だけではついてきません。そこに「温かさ」がないとダメです。

「人というのは、何もないときにいろいろと手をかけても役に立たない。困ったときに何かをしてあげられるかどうかだ」これは私が仕事を教わった築地のおやじさんが、いつも厳しかったのに私が病気になった時にとても親切に面倒をみてくれて私が感じたことです。この教えが今でも心に残っています。

仕事は厳しくても、温かい会社には人が残ります。そのために僕が今1番大事にしているのは、健康を害したり、不測の事態が起きたときにきちんと会社が面倒をみることです。

たとえば社員の具合が悪かったら休ませますし、こどもを育てている人がいればみんなでフォローします。そうしていると、必ず店は混乱するし、お客さんにも怒られます。でも、良い人材が育っていれば、店の信用はおのずと取り返せるものです。

経営ができる人は外部にたくさんいても、商売ができる人はあまりいません。だから社内で育たなければならないのです。

1番のこだわりは綺麗なトイレ

ーー高倉町珈琲といえば、落ち着いた内装のくつろぎ空間が魅力ですが、店舗づくりで特に注力されていることはありますか?

横川竟:
店のデザイン、かけている音楽、椅子の柔らかさや素材にはもちろんこだわっています。

中でも特に力を入れているのは、トイレです。どれだけ店舗に投資をしても、トイレを綺麗にできなければ意味がないと考えています。

トイレの設備にはしっかりとお金をかけ、汚れにくい素材を選びました。清潔を保つためには、毎日の手入れ、掃除を怠らずにやらなければなりません。トイレは手をかけないと途端に清潔感を失ってしまいます。衛生的なトイレを提供すれば、顧客は必ず満足してくれるのです。

トイレの掃除は業務の中でも1番大変な作業です。理想がきちんとあるからこそ、現場の人間にもその思いを伝えていかなければ、やり続けることはできません。

優しい、厳しいといった伝え方は問題ではなく、どの状態を目指し、「何がいけないか」ということを言い続けるしかないのです。「毎日掃除をしてください」と、優しく言うだけでも良いです。

1番いけないのは、言葉だけ厳しくて、掃除をしていなくても目をつぶってしまうことです。注意する者がいないから、掃除をしなくてもお咎めがない店もあります。わざわざ怒らずとも、上の者が来たときに「掃除ができていないよね」とだけ伝えるだけでも意識は変わるはずです。

今でも僕はお店に顔を出すときがあれば、必ずトイレを見て回り、声をかけるようにしています。新しく店をオープンする際にはもちろん、女性用も含めて広さ、素材、色など全部チェックしています。

「これが飲みたいから来る」という人のために

ーーお店の商品についてもお話をうかがいたいのですが、先程もお話しされていた有機食材など安全性へのこだわりを追求する中で、価格設定はどのように行っているのでしょうか?

横川竟:
商品は常に開発し続けており、「一般のお客様にいくらなら買ってもらえるかな」と試行錯誤して金額を出しています。

たとえば有機野菜を使ったジュースを作るとします。良い食材を調達して売値が1200円になってしまうのなら、僕は売りません。ジュースなら200円ぐらいで飲みたいところです。しかし200円だと原価にもならず販売には至りません。では「どの価格帯ならお客さんの懐を痛めることなく買ってもらえるのか?」を考えるのです。

現在、メニューにある「JAS有機ほうれん草とキウイスムージー」は619円に設定しましたが、正直それでも「高いな」とは思います。ですが、たとえ今の収入が少なくても、「こだわった食材で作られたものが飲みたい」という人にはギリギリ出せる金額です。実際、このスムージーを飲むことを楽しみに、月に一度通ってくださるお客様もいます。

ーー実際にお店に来られるお客様のことも、会長はご存知でいらっしゃるのですね。

横川竟:
はい、実際に顧客として朝食時に自分の店を利用し、どんなお客様が来ているかを見ることもあります。新しい店舗がオープンすると、必ず1週間以内には顔を出しています。

どういう年代の人が、どのように集まってお店を利用しているのかを観察することによって、マーケットの変化が見えてきます。そうすると、おのずと店の欠点が分かります。

商売というのは頭で考えるだけでなく、行動力が必要です。お客様が何を考え、何を求めているか、常にアンテナを張り、お客様の反応を見ながら商品を入れ替え、評判の良いものを残していきます。その繰り返しによって、お客様が欲しいものを売っている店になります。

編集後記

外食業界に偉大な功績を残しながら、現在もなお、自らの理想に突き進む横川氏。「みんなが楽しく過ごせるお店をつくりたい。地域の1番になり、他に負けない店づくりに挑戦していきます」と語り、その勢いは衰えることを知らない。

すかいらーく時代から描き続けてきた商品へのこだわりと、消費者のニーズを引き出す行動力で絶妙なバランスを生み出し、これからも邁進していくだろう。高倉町珈琲の100店舗拡大への道筋に今後も注目だ。

横川竟(よこかわ・きわむ)/1937年長野県生まれ、1955年から築地で商売を学び、1962年兄弟で会社を設立し食料品店を開業、1970年「すかいらーく」を創業、1980年「ジョナサン」社長、2003年「日本フードサービス協会」会長、2008年すかいらーく社長退任。2013年「高倉町珈琲」を創業し、翌年会社を設立。「食」と「外食」の商売で約70年。食べ物が体をつくるということを、安全でおいしい食事として実践したいと語る。