※本ページ内の情報は2024年3月時点のものです。

生活スタイルも多種多様になり、食事の選択肢も多様化された結果、日本の主食である「米」の消費量は下がっているという。

和食には欠かせない漬物を専門に扱う東京中央漬物株式会社も「米」の消費低下に伴う、漬物の消費の低下に直面しているが、コロナショックにも負けず都内にて活動している。

2022年に社長に就任したばかりという代表取締役社長の齋藤正久氏に、今後の展望と課題をうかがった。

自衛隊、プログラマーを経た異例の経歴

ーーいくつかの転職を経て社長に就任されたとうかがっていますが、社長就任までの経緯を教えてください。

齋藤正久:
弊社は昭和9年に、専業問屋へ適正価格で提供するため、東京公認の漬物販売を専業とした会社として設立しました。

初代の飯田松次郎から始まり、私で8代目です。また、私が社長に就任してからは今年で2年目となります。

はじめは、上下関係を学ぶために自衛隊に入隊しました。その中で精神力が磨かれていったと思います。

自衛隊は2年後の満期で退任し、次は興味のあることに挑戦したいと思い、未経験からでも応募できるプログラマーとしてIT系のシステム開発会社に就職しました。

2年で辞めてしまいましたが、それぞれ、上下関係や、スキルをあげるという点で私にとって良い経験になりました。

それから仕事に就かないまま実家で過ごす期間があったのですが、実家が漬物の小売店でしたので、その仕事を手伝っていました。

当時、取引先の1つに東京中央漬物がありまして、そこへ買い出しに行った際、「仕事に就いていないのであれば面接に来たらどうだ」とお声がけいただいたのです。実家との付き合いもありますし、折角だから勉強しようという気持ちで入社しました。

実は20代の頃は人前で話すことが苦手でした。しかし、営業として人と接することを重ねていくうちに得意先から認めてもらうことができました。その後、大きな仕事を手がけることもできるようになり、喜びや仕事の面白味を感じるようになりましたね。

仕事を2年ごとに転々としていたことで、両親からは「このままでは何も身につかないから、まずは3年やってみなさい」といわれていました。そのため、最初のうちは仕事で嫌なこともありましたが、両親の言葉を自分に言い聞かせて、気付けば長く続けることができました。

コロナショックで売り上げが減少し、得意先も減っていく中、当時、業界では前社長の偉業が大きく、その社長より次期社長の話をいただいたときに「周囲の期待に応えられるだろうか?」と、とても前社長の後を継ぐには恐れ多いと自問自答を繰り返しておりました。ですが社内役員の説得や社外役員の方から「今の会社をまとめられるのはお前しかいないだろ!」と個人的に強く推していただき励まされたことをきっかけに、会社全体を意識するようになり、会社を良くしていこうという義務感を持つようになりました。そして、その周りの気持ちを強く受け止めて、社長に就任いたしました。

社員を知ることから始まった会社改革

ーーこれまで苦労したことで印象に残っていることはありますか。

齋藤正久:
取締役に就いた時に、私の部下一人ひとりの性格や、どんな仕事をしているか、どんな気持ちで仕事をしているのかを把握できていなかったことで苦労した時期がありました。

また、コロナショックで以前と比べると売り上げも下がり、得意先も減りました。そんな時に競合他社と個人で戦っていては負けてしまいますので、会社全体が一丸となって立ち向かわなければなりません。

それまでは営業一人ひとりの個性が強く、業界からも個人会社の集まりと表現されるほどでしたから、会社の改革が必要でした。

ーーどのようにして改革を進めたのでしょうか。

齋藤正久:
時間を要しましたが、社員の考えを知るために個人面接を行い、その中で「今後こうしていきたい」と意識を共有していくことを行いました。それによって、社員とのわだかまりがなくなったように思います。

今となっては、社員がどんなことを考え、どのくらいの仕事をやっているか、これからしなくてはならないことも分かるようになりました。

数多くある漬物を知ってもらうために

ーー貴社の強みを教えてください。

齋藤正久:
日本全国の漬物を弊社は扱っていますので、たとえば、産地によるイベントで漬物を紹介する際、独自のルートでその産地の漬物を取り寄せたり、さまざまな季節や価格帯の商品をご提案したりするなど、他社には負けないほど幅広い引き出しを持っています。

取引先への提案商品も季節や流行にあわせて変えられますから、販売だけではなくソリューションにも強みを活かせます。

ーー今後、貴社で取り組もうとしている課題を教えてください。

齋藤正久:
日本の食卓における漬物離れはとても深刻化していまして、同じ漬物に部類されるキムチは好まれていますが、日本の伝統的な漬物は食卓になかなか並ばないという問題があります。

いろいろな漬物があることを知ってもらい、食べる機会を増やすよう改善していければと思っています。

その一環として、来年、漬物グランプリへの出場を目指しています。グランプリに出した商品を様々な売り先へ広げていく、といった方法で若い人が目にする場面に漬物が入り込んでいくことで、漬物を多くの人に紹介していくことができるのではないかと考えています。

また、よく言われるのが、「漬物って実際に食べたら美味しいね」という声です。

「そのまま食べても美味しいけど、こんな料理方法でもっと美味しくなるんだ」という声もありますから、漬物の食わず嫌いを改善していくことが課題です。

弊社に入社する新入社員も含めて、漬物はこんなに種類があって幅広いんだと知ってもらい、漬物を食べることが楽しさに変わるようSNSでの取り組みは今まさに行っていますが、身近で食べやすいものに漬物を入れた商品もつくっていきたいと考えています。

ーー今後の事業展開について教えてください。

齋藤正久:
スーパーやドラッグストアの店舗では女性の消費者が多いというデータから、女性目線の商品を心がけています。

今後アンテナショップなどにも少しずつ展開していく予定です。

また、最近ではプライベートブランドを手がけていますので、プライベートブランドも含め、新商品開発こそが新規取引先開拓に向けた強みとなるよう力を入れているところです。

日本の漬物は伝統的な食べ物でありながら、最近では食物繊維や乳酸発酵といった要素が海外から認められてきています。それらの良さを活かしつつ、後世に残していける新しい形を増やしていきたいと考えています。

編集後記

日本の伝統的な食べ物でありながら「漬物離れ」といわれる現状を変えようと奮起する齋藤社長の語り口は理路整然としており、かつて人前で話すことが苦手だったという様子は微塵も感じられなかった。

強みである引き出しの広さを使ってどのように漬物を再び食卓へ普及させるか、東京中央漬物の今後に注目していきたい。

齋藤正久(さいとう・まさひさ)/1968年東京都西小岩生まれ、県立松戸南高校卒。陸上自衛隊へ入隊し、任期満了(2年)を経て退職。ソフト会社に2年勤務した後に1991年東京中央漬物へ入社し、2022年に同社8代目代表取締役社長に就任。