※本ページ内の情報は2023年11月時点のものです。

繊維業界はこの20年、生産拠点の海外移転の影響もあり、国内生産量は年々減少の傾向にある。しかし、輸出面では生地こそ減少するものの、2次製品は1998年の1943億円から2020年は約1.5倍の2949億円に伸びるなど健闘している。

独自の製造技術と販路を確保するアゲハラベルベット株式会社は、繊維の中でも特殊な高品質ベルベットを取り扱っている。

高級ブランドの衣料品だけでなく、産業方面にも世界各地に顧客を持つ同社代表取締役の揚原邦弘氏に、セールスポイントや今後の注力テーマについて聞いた。

体質の古さを感じた入社時代と事業の変遷

ーー会社を継ぐ自覚や入社当時の印象はいかがでしたか?

揚原邦弘:
90年前、福井県の特産物として盛んだった絹織物業を営んでいた祖父が興したのが社の始まりです。戦後の1949年に「どうせなら難しいことに挑戦しよう」とベルベットの製造販売を始めました。

子供時代から事業を継ぐものと思っていましたので、他の化学メーカーに3年間勤めた後、特に違和感もなく「家業に戻ろう」と20代で当社に入社しました。

入社時は若さに任せてがむしゃらに働いていたという気がします。そして、当時の当社の体質には古いと感じることもありましたね。いま振り返ると、古い慣習から会社を改善していこうとする礎が、ここで無意識に芽生えたのかもしれません。

ーー事業の歩みや取り扱い商品について教えてください。

揚原邦弘:
商品はラグジュアリーなものが中心で、フォーマルな洋服や劇場のカーテンなどが当初の使用用途でした。それから徐々にすそ野が広がって、カジュアルなファッション性の高い洋服など様々な用途にも使用されるようになりました。

それ以外にも、柱となって発展したのが産業資材向けの製品です。カメラのフィルムに光が入らないように遮光する役割と、引き出し時にフィルムを傷つけないための資材として、弊社のベルベットが採用されました。

大手フィルムメーカーから受注があり、世界的にも高い評判をいただいていたのです。しかし時代が一転し、デジタルカメラの時代に変わって需要は10分の1まで急激に落ち込んでしまいました。

有名ブランドや産業資材に対応できる独自の技術が最大の強み

ーーデジタルカメラが台頭した後はどうなったのでしょうか?

揚原邦弘:
その後、長年活動してきた賜物でしょうか、電気メーカーさんの方から私たちの技術に目を付けていただきました。ノートPCやスマートフォンの液晶パネルの製造過程に使用されることになり、再び産業用途でのベルベット納入がスタートしました。

色合いや風合いといった洋服に求められる美術性のものと違って、産業資材は厚みや硬さを均一に製造することが求められます。

液晶パネル向けは国内だけでなく中国、韓国、台湾などアジアを中心にシェアを拡大した実績がありますから、私たちの製造技術を認めていただいたと自負しています。

ーー改めて貴社の強みはどんなところでしょうか?

揚原邦弘:
製造のほとんどの工程が独自の技術で、生地を織る織機も自社でつくったものです。機械が独自ですから、染色といった技能の部分も独自の手法で行います。

そして、製造から販売まですべて自社で行うことで、お客様のニーズに柔軟に対応したり、新商品の開発がしやすくなったりします。

実は、ベルベットの中でも高品質なものをつくる会社は数が限られているんですよ。ベルベットはヨーロッパ発祥ですが、多くの有名ファッションブランドが弊社製品を毎年採用していますので、世界的に評価をいただいていると自信を持っています。

世界に認められるものづくりは「働きやすさ・働きがい」があってこそ

ーー人事面をはじめとして、これからの注力テーマについてお聞かせください。

揚原邦弘:
「働きやすさと働きがい」を提供するのが私の使命だと思っています。

ベルベットの製造という特殊な技術を身につけるには時間がかかりますから、長く勤めた方が有利です。

弊社は、育児や介護といったライフステージの色々な場面に備えて福利厚生を用意しています。安心して働き続けられる環境を整備してこそ、いい製品をつくることに結びつくと考えるからです。

人事や教育制度も「働きやすさと働きがい」の鍵になるでしょう。その点、社員のほとんどが鯖江市周辺の出身で、もともと経験のなかった方ばかりです。

言い換えるなら「やる気があれば誰でも」が世界に恥じない素晴らしい製品をつくり上げるのですから、手前味噌ですが社内教育が機能している証左といえるかもしれません。これからも会社のいい部分を伸ばして成長したいですね。

編集後記

穏やかで冷静沈着な口調だったが、「尊敬されるモノづくりを目指します」と話すように、技術畑出身のこだわりを随所に感じる談話だった。

販売戦略面では「顧客の潜在的なニーズを掘り下げていきたい」と、未開の需要を探求していく構えだ。時代の流れに合わせてさまざまな販路を開拓してきた企業ゆえに、この先どんな新天地を切り開くのか期待して見続けたい。

揚原邦弘(あげはら・くにひろ)/1973年福井県生まれ、横浜国立大学工学部卒。株式会社クラレに3年間勤め、25歳で祖父創業の揚原織物工業株式会社に入社。現在、製造を担う同社の代表取締役工場長、販売を担うアゲハラベルベット株式会社の代表取締役社長を務める。一般社団法人福井茶の湯同好会にて、茶の湯文化の普及・啓蒙にも携わる。