冷蔵庫や机の引き出しをスムーズに開閉するための機構部品の一つ、ベアリング。1938年創立の株式会社TOK(旧:トックベアリング株式会社)は、プラスチック製ベアリングの製品化に国内で初めて成功し、それまで金属製が一般的であったベアリングの常識を覆した、いわばベアリング業界におけるパイオニアである。また、ベアリングだけではなく、ロータリーダンパーなどの開発も手掛け、国内外問わず、多くの企業に同社製品が採用されている。2017年4月に社名を変更し、新たな目標に向けて歩み出した同社代表取締役社長、吉川桂介氏に、同社の今後の展望や求める人材などについて話を伺った。
吉川桂介(よしかわけいすけ)/青山学院大学大学院修了後、2001年に日東電工株式会社に入社。開発部に所属し、半導体チップを保護する樹脂の製品開発に携わり、技術職として韓国とマレーシアに駐在。2011年4月に株式会社TOK(旧:トックベアリング株式会社)に入社。2015年2月に同社代表取締役社長に就任し、現在に至る。
高い設計力で他社との差別化を図る
―御社の事業内容について概要をお教え頂けますか?
吉川 桂介:
弊社は機構部品のメーカーとして、2017年で創立79年を迎える企業です。プラスチック製ベアリングは、1964年に開発されて以来進化を続け、多くの企業様に採用頂いております。この技術を応用した『ワンウェイクラッチ』は、主にOA機器の紙送り機構を中心に内蔵されています。また、トイレの蓋やシートをゆっくり閉めるのに使用される『ロータリーダンパー』など、ベアリング以外の製品も多く取り扱っております。
現在、お客様との密な対話と弊社が培ってきた長年のノウハウをもとに、他社とは一線を画した「これまでにない動き」を提供する新シリーズ『SRシリーズ』の開発に注力しています。弊社の開発力や提案力には定評があり、競合他社が断念するようなニーズの製品にも対応するだけの力があります。今後、このシリーズの開発を進め、機構部品業界に新たな風を送りこんでいきたいと考えております。
―他社が作れないような製品を開発することができる秘訣とは、どのようなものでしょうか?
吉川 桂介:
お客様のニーズを形にするのは、技術者の発想力によるところが大きいと思います。そのため、今後も技術者の育成には力を入れていきたいと考えております。また、速度減速機構を特色とした高付加価値製品である『SRシリーズ』は、弊社事業の3本柱であるベアリングとクラッチ、ロータリーダンパーの各部門の技術を融合し生み出されたシリーズです。積み重ねたノウハウや技術を部門の垣根を越えて結びつけることで、このような新たな価値を創造する一助となっているのではないかと考えています。
海外駐在の経験で感じた“対話の重要性”
―社長のご経歴についてお聞かせ頂けますか?
吉川 桂介:
私は弊社の創業家に生まれましたが、学生時代は特に自分自身が会社を継ぐということは意識しておりませんでした。当時社長であった父からも、「将来は会社を継がせる」という話しを出されたことはなく、大学院修了後は大阪の日東電工株式会社に入社しました。そこでは半導体チップを保護する樹脂の製品開発に携わり、韓国やマレーシアにも駐在し、現地のお客様のニーズに応えるべく、開発に勤しんでおりました。マレーシアに駐在していた時に、それまで後継のことなど一言も言わなかった父から、そういった話が出て、ちょうど日本に帰国するタイミングでもあったということで、帰国後、1年程経った後に、TOKに入社したのです。
入社後は、将来会社を引き継ぐことを念頭に、経営状況などの数値や現状の確認を進めました。同時に、ドイツに事務所を作り、海外展開を徐々に広げていくための布石を打ち始めました。
前職で海外駐在していた際には、技術開発だけではなく、お客様に対してプレゼンテーションを行ったり、取引先との関係性を構築し信頼を得たりするような、いわば営業職のような仕事もしていました。そこでお客様と良い関係を築くことができ、直接ニーズを聞く機会が多くなればなるほど、ニーズに合った商品を開発することができ、ひいては競合他社との差別化に繋がるというのが、実体験としてあります。ですので、弊社の技術者たちにも、自らお客様の声を聞く機会を持つよう、日ごろから伝えています。
機能別組織から市場別組織への再編
―社長にご就任されてからは、どのような経営改善をされたのでしょうか?
吉川 桂介:
2015年2月に社長に就任してからは、まずは企業で一番重要な要素は“人”であるという考えのもと、通信教育を推奨したり、外部研修を充実化させたりしつつ、1人1人のスキルを向上するための取り組みを強化しました。また、部下を育てるということを上層部には意識するよう、社内の啓蒙活動も就任当初から行っております。
また、以前は営業部門と技術部門はそれぞれ別個の組織として動いていたのですが、それを業界別・市場別のグループへと再編成を進めております。機能別組織ですと、営業部門と技術部門の連携が取りにくく、お客様のニーズに対応する上で、部門ごとの温度差やスピード感の低下がネックでした。市場別・業界別に、営業と技術がひとつのチームとして機能する組織に変更したことで、技術部門の人間も直接お客様の話を聞く機会が増えますし、営業と技術間のコミュニケーションも多くなり、開発スピードの向上や、よりニーズに合致した製品の提案ができるようになるのではないかと思います。
現在、チームごとに『SRシリーズ』の新製品を開発するよう、ミッションを投げかけているところです。そうすることで、チームごとに切磋琢磨しつつ、それぞれが当事者意識を持ち仕事に取り組むことができるようになったと思います。今後も、チームの再編を続け、膠着状態にならないよう、工夫していこうと考えています。
働きがいがある企業として
―御社は技術や発明関連の多くの賞を受賞されていますが、2016年には「いたばし働きがいのある会社賞」を受賞されました。実際に御社では、働きやすい企業としてどのような取り組みをされているのでしょうか?
吉川 桂介:
他の表彰も嬉しかったのですが、やはり「働きがいがある」ということで表彰頂いた賞は、何よりも嬉しかったですね。経営者には通達されない中で、外部の審査組織が社員にアンケートを取った結果とのことなので、社長としても励みになる賞ですね。
私が社長に就任してから、「ノー残業デー」を毎週金曜日に設けるようにしました。やむを得ない事由を除き、原則金曜日は全社的に残業をせず帰るようにしています。制度を設けたものの、結果的には形骸化してしまうということも、多くの企業では聞きますが、弊社では制定してから半年後くらいには、かなり定着するようになりました。そういったメリハリをつけることで、金曜日がひとつのモチベーションアップのきっかけにもなり、残業しないよう仕事のパフォーマンスも自然と高まるようになります。
各部署からも、「金曜日は社員のテンションが高い」という声を聞くこともあり、1人1人がそれを楽しみに仕事をしてくれるというのは、やはり私にとっては一番重要な成果だと思います。
また、最近の弊社の取り組みとして、パート職員の正社員登用を進めています。ある基準を満たした方が対象になりますが、現在在籍されているパート社員の方は全員対象となります。同一労働同一賃金に倣い、働きに応じて適切な待遇を受けられるよう、働く環境の改善にも取り組んでいます。
私1人の力では、もちろん会社を動かすことはできません。技術者や営業、製造、そしてそれらの部門を支える管理部門など、社員たちの働きがあってこそ会社が運営できるのです。ですので、今後も社員1人1人を大切にした企業であり続けたいと思いますね。
新社名と共に100億円企業を目指す
―今後の御社の展望についてお聞かせください。
吉川 桂介:
弊社は、2017年4月から社名をトックベアリング株式会社から株式会社TOKに変更いたしました。以前より、ベアリングやダンパーへの刻印のほか、ロゴマークなどに“TOK”を使用していたことから、ブランド名としての認知は進んできております。社名とブランド名を統一することによって、今後“TOKブランド”の価値を更に向上させていきたいと考えております。また、弊社の取り扱い製品の多様さを表現するためにも、今回社名から「ベアリング」を外しました。確かにベアリングは弊社の主力製品ではありますが、あまりにもそのイメージのみが固定されていると、ダンパーなど、新たな主力製品の認知を進めるに当たって、多少なりとも弊害になってしまうからです。
現在注力している製品の1つに、ブラインドをゆっくりかつ無音で降ろすためのダンパーがあります。これも「第28回中小企業優秀新技術・新製品賞 優秀賞」を受賞しました。開発に1年以上の歳月を要し、お客様と何度も対話をしつつ完成した製品です。ほかにも、ワンプッシュで着脱が可能な機構部品は、ロボットのマニュピレーター部などへの応用が想定されています。特許取得件数も国内累計で約200件、海外でも約50件に上っておりますが、今後も新たな技術開発への挑戦を続けていくつもりです。
国内のベアリング市場は成熟し、既に大きな伸び率を見込みにくくなっています。ですので、このような付加価値の高い製品を今後も開発し続け、市場に提供していくことで、新たなニッチ業界に進出していきたいと考えております。
弊社の強みである「これまでにない動き」を作ることのできる設計力をもとに、その部品がなければ製品が成り立たないような、中核を成す部品“メカニカルコアパーツ”の創造に注力していき、最終的には、部品単体ではなく、部品同士を組み合わせたアッセンブリとして、新たな製品群の展開も検討していきたいと考えています。長期的な目標としては、会計年度100期までに売上高100億円を目指し、海外展開も含めて、新市場に進出をしていきたいと考えております。
求める人材とは
―今後の展開において、御社が必要としている人材についてお聞かせください。
吉川 桂介:
今は『SRシリーズ』の新製品開発に力を入れている段階ですので、開発部門の技術者を必要としています。弊社のような規模の企業では、早くから実践的な経験を積むことができます。70年以上積み重ねたノウハウをもとに、既成概念にとらわれない新たな技術を開発できる土壌が社内にはあります。そういったところで、理系大学出身の方には、技術者として思う存分力を発揮して頂ければと思いますね。
また海外展開するにあたっての語学力を備えた人材も求めています。お客様とのコミュニケーションは英語が主体ですし、今後更に海外展開していく上では、語学力は必要不可欠な要素になると思います。もちろん、英語が使える前に、メールやプレゼンの文書などで正しい日本語を使い、相手に正確に提案できる国語力が必要となりますので、そういった点は採用において重視していますね。
編集後記
小さいながらもなくてはならない機構部品を開発している株式会社TOK。70年以上の伝統と実績に裏付けされた製品開発力と、顧客のニーズをくみ取る確かな営業力、そしてそれを支える生産力や管理力――吉川社長が「弊社の強みは“総合力だ”」と仰っていた通り、全社一丸となって新たな挑戦に向けて進む姿勢が感じられる社風だ。社員1人1人が仲間を意識し、チームで取り組めることが、TOKの働きやすさの秘訣なのではないだろうか。