ザインエレクトロニクス株式会社
代表取締役社長 野上 一孝

野上 一孝(のがみ かずたか)/1959年生まれ。大分県出身。東京大学工学系大学院修了後、1984年東芝入社。99年ザインエレクトロニクス入社。2001年取締役、13年3月社長就任。国内外における最先端エレクトロニクスの技術者・研究者としての経験や海外と日本における70件近い発明特許の実績を持つ。

本ページ内の情報は2016年11月当時のものです。

再編や統合など、激動の変化が行われている半導体業界。半導体と一口に言っても、設計だけ行う会社、製造だけを行う会社、製造装置を作る会社、検査装置を作る会社、これらの複数を1社で行う会社など様々である。

ザインエレクトロニクス株式会社は半導体ベンチャー企業ながら日本の従来のベンチャー企業とは一線を画している。工場を持たない「ファブレス」メーカーとして1991年創業。高速で画像データを送るミックスドシグナル技術を核として世界トップシェアとなった製品もあり、アジアを中心に拠点を拡大。そんな同社の特色や今後の展望について、代表取締役社長、野上一孝氏へのインタビューを通じて紹介していく。

日本とアメリカ 半導体ベンチャー企業の環境の違い

海外でご経験されて、日本人に足りないものとは何だとお考えでしょうか?

野上 一孝:
日本のエンジニアの質は優れています。ただ、大手メーカーのように大きな組織は、力を入れようとしている製品開発に社内でも選りすぐりのエンジニアだけを集めて開発に当たることが難しいのです。基本的に社内の各部署に有能なエンジニアを配置させるものですからね。その状態だと、アメリカには勝てないです。注力すべき時に集中投資することが必要と考えます。

99年当時はまだ日本の大手の電機メーカーには半導体部門が必ずあり、ほとんどメモリからプロセッサーに至るまでデパート経営で、全社が似た品揃えでしたが、アメリカは当時から一点に集中していて、例えばインテルはマイクロプロセッサーのみでした。

ザインエレクトロニクスに転職して強みだと思ったのは、高速のシリアルインターフェースに経営資源を集中していたことです。大手メーカーでは同じような高速のインターフェースを開発する場合、優秀なエンジニアは各部門に散らばっているため、結局、新製品の開発に携わる優秀なエンジニアは手薄になりがちです。ザインエレクトロニクスは戦略分野に優れたエンジニアが注力するから、大手メーカーにも勝てると確信しました。

自身を常にアップデートしていく

社員に求める能力、どういった人物像が理想でしょうか?

野上 一孝:
エンジニアにはその道に深い知識を持っていて、その分野の知見を常にアップデートできる人財であることを求めています。そして、社員全員に経営者意識を持って仕事をするように、と言っています。今の自分のポジションに甘んじるのではなく、自分が社長だったらこうすべきだ、経営者だったらこうするべきといった提案、実行できる人であってほしいのです。その人の力を最大限に発揮できるようにするには、やはり自発的にその仕事をしている、と思えることが重要です。

私も長年エンジニアを経験してきて、失敗から多くを学ぶ事を知っています。失敗しても大いに学ぶことを促す環境の中で、万が一失敗しても、会社もその人も致命傷にならないように開発やプロジェクトを進めることが重要だと思っています。そうすれば、また次にトライしてもらえますから。

プレイヤーとマネージャーの狭間で過ごした葛藤の日々

マネージャーへ昇進後、相当悩まれていたと伺いました。

野上 一孝:
マネージャーになると、色々な葛藤が出てくるのです。まだまだエンジニアとしてやっていきたいけれど、マネージャーの仕事をしなければならない。エンジニアで成果を出したからこそ、マネージャーになれたのですけどね。仕事をうまくこなせない人にどうやってこなしてもらうか、どう伝えればその人に響くか。正直、自分でやってしまうのが一番早いのですが、それではその人の能力はそこまでです。そういった人財育成・指導に注力しなければいけないことに日々悶々としていました。

半導体は移り変わりが早い分野で、昔成功したやり方は通用しない世界です。守りに入らずチャレンジしていく組織でなければならないでしょう。各部門が個々に経営者の観点から何をすべきか考えて挑戦していくことが重要です。

2020年東京オリンピックに向けて

海外で売り上げを伸ばす為にしていることは何でしょうか?

野上 一孝:
海外は4拠点あり、台北、ソウル、深セン、上海にオフィスがあります。今は拠点を増やすより、各拠点で地域毎の優良顧客向けに独自の付加価値をアピールすることによって、売り上げを伸ばす戦略に重点を置いています。

また、鍵となる企業と組むことによりビジネスを伸ばす戦略も採用しています。半導体ビジネスは世界的な分業が進んでいます。アメリカで設計して中国で量産するといったように。このため、アメリカの大手企業のような、システムの核となるような製品を作る企業とコミュニケーションをとり、我々の製品をこうした大手企業のリファレンスデザイン(半導体製品を用いたシステムの設計仕様)上に搭載して、両社の製品の付加価値がより一層、鮮明になる形にしてもらうことにより、ビジネス拡大効果を狙っています。そうすれば、おのずと中国や台湾では売れます。

過去には米半導体大手のNVIDIA(エヌヴィディア)のリファレンスデザインに載って台湾で売れましたし、台湾のNovatek(ノヴァテック)では車のドライブレコーダーのリファレンスデザインに載っています。オフィスで使われるコピー複合機は日本の企業が強く、コピー複合機向け半導体は売り上げで一番大きい分野です。日本の企業が世界的にもトップシェアを誇っており、その分当社の製品も多く売れています。

「世界で勝てる技術を磨くため、オリジナル技術の開発を進めている」と今後の展望を語る野上社長。

今後の展望をお聞かせください。

野上 一孝:
世界で勝てる技術を磨くことです。当社の核となる高速で画像データを送る技術があります。今注力しているのは、2020年東京オリンピックで8Kテレビが普及することが予想されますので、それに向けて我々オリジナルの技術を開発していくことです。すでに4Kテレビの内部機器間の情報伝送では、当社の「V-by-One® HS」(電気信号を伝送するザインエレクトロニクス独自の高速インターフェース技術)がデファクトスタンダード(事実上の世界標準)になっています。五輪に向けて8Kテレビでもデファクトスタンダードになれるように努力しています。

それ以外の分野ではアナログ技術で差別化していくことです。アナログ設計は職人芸のようなところがあって、少人数で良いものを作りやすいのです。マイクロプロセッサーのように大多数で作り上げるものは個人の能力が評価しづらいが、エンジニア個人の力で勝負できるようなところで差別化して、アナログとロジックをミックスしたような製品で我々の規模でも差別化して製品を出せるのではないか、と考えています。

御社が必要としている人材についてお教えください。

野上 一孝:
アナログ、ミックスドシグナルといった分野で世界と競っていきたいと考える人に是非来て頂いて、そういった製品を開発して当社を引っ張っていってほしいと思いますね。

編集後記

野上社長のお話を聞く限り、当社は日本の大手企業とは体質が異なり、有能なエンジニアだけが結集してクオリティの高い製品をつくり出し、その製品が世界標準となっていく、まさに今も成長中の企業だと言える。野上社長の海外で得られた広い視野、ご自身のエンジニアとしての豊富な経営経験が活かされて、現在のザインエレクトロニクスが在るのだと思う。2015年末には電源モジュール市場への参入と開発を発表している。開発した電源モジュールは、ビッグデータ解析やIoTシステムを構築する装置などに搭載され、高性能プロセッサーへの電源供給に適した仕様となっており、今後の同社の更なる成長に期待したい。