
1964年に設立された株式会社坂本金型工作所は、金型づくりにおいて70年以上の歴史を持つ会社だ。設計から製造までをワンストップで手がける生産体制と、DSI金型(組立成形)をはじめ、高難度・高品質なモノづくりを可能とする技術力を武器に、幅広い業界に向けて精密プラスチック金型を供給している。代表取締役社長の細田智彦氏に、入社の経緯やモノづくりへの思い、今後の展望をうかがった。
モノづくりの魅力にふれ、未経験で製造業の営業にチャレンジ
ーーご経歴や入社の経緯をお話しいただけますか。
細田智彦:
情報通信に関する専門学校を卒業したのち、電算部門の技術者として、東京の土木系会社に就職しました。電話交換機のソフトウェア開発に出向するなど、1年半のうちにいろいろな経験ができました。一方で、地元・長野が恋しくなったのも事実でした。
そのため退職して、長野県の商工会連合会電算センターに転職することにしたのです。中小企業をお手伝いする経済団体ということで、転職後は簿記の勉強に励み、経営指導員の資格も取得しました。経営指導員として、工業コースの研修に参加する中で、私は日本のモノづくりについて学び、技術力の素晴らしさに魅了されていったのです。
たまたま妻の実家である坂本金型工作所は、まさに本格的なモノづくりを体現している会社でした。そこで、ぜひ事業に携わりたいと先代にかけあい、入社の許可をいただいたのです。
ーー入社後のご経験もうかがえますか?
細田智彦:
営業部を新設するタイミングだったことから、営業担当として入社しました。営業先は大手企業から中小企業まで幅広く、本当にいろいろなタイプの経営者や製造部門、管理部門の方々とお会いしましたね。また、金型づくりに関する専門知識も、当時の先輩方に徹底的に指導していただきました。
私が常に心がけたのは誰とでも腹を割って話す姿勢です。会社の仲間はもちろん、お客様を含めて、業界内で出会った皆さんに鍛えられたといっても過言ではないでしょう。
ーー社長として大切にしている考えをお聞かせください。
細田智彦:
現職に就いてから、日本のモノづくりの技術を残していきたい、という思いがより強まりました。技能は一朝一夕では覚えられず、時間をかければ確実に身につくものでもありません。それでも、事業者としてお客様に満足し続けてもらうことが、優れた技術の継承につながると考えています。
弊社が製造している金型は、モノを量産する装置の元であり、「モノづくりのマザー」と呼ばれています。生産性が良いだけでなく、トラブルや破損が起きにくいことも重要で、金型を扱うお客様にとって安心と安全が担保できるモノづくりに注力するというのが今の経営方針です。
顧客の要望に応える高度な金型づくり×巧みな応用技術

ーー事業内容を教えてください。
細田智彦:
弊社は、自動車部品や医療・医薬・バイオ・半導体関係、家電・モバイル機器など、幅広い分野で使われるプラスチック射出成形用の金型を設計・製造しています。
金型とひとくちに言っても、それぞれに特色があり、弊社は日本で最も多くのDSI金型を製造している会社です。DSI(ダイ・スライド・インジェクション)は、金型内に組立工程を取り入れる技術で、かつては業界に新風を吹き込んだ日本の大発明です。弊社が日本一の出荷量を誇るということは、組立て成形金型において世界一生産しているとも言えますね。
ーー貴社の強みもうかがえますか?
細田智彦:
難しい製品の金型依頼が多い中で、弊社の強みになっているのが、技術やパターンの応用力です。プラスチック製品に加飾を施す技術をはじめ、いろいろなパターンを組み合わせることで、お客様のリクエストに柔軟に対応しています。
メーカーのお客様は、魅力的なデザインを製品化したいと考えます。モノづくりの工程が複雑であるほど、製造工程の短縮をしたいという課題も生まれ、弊社とのすりあわせの末に最終的なモノづくりの全体像が見えてくるというわけです。
自ら考え、すぐに行動できる人材を育てて「生き残る企業」へ
ーー貴社が求める人物像もお話しいただけますか。
細田智彦:
とにかく、モノづくりが好きな人に来ていただけるとうれしいですね。物事を考えることをいとわない人や、素早く行動できる人も好ましいと言えます。この世のあらゆることは、思考と行動によって変化するため、考える力は何より大事ではないでしょうか。
ーー今後の展望をお聞かせください。
細田智彦:
弊社のモノづくりはオーダーメイドであり、一つの製品に集中することの連続です。人の手が大事な仕事なので、IT化がとても難しい世界でもあります。今後は人材を育てると共に、日本のモノづくりを残すためにも、組織全体で技術の研鑽を続けていく必要があるでしょう。
近年は同業者の廃業も多く、金型屋が淘汰されている実感があります。弊社としては、しっかりとしたモノづくりを提供していくことで、存在感をより示していきたいところです。
編集後記
日本のモノづくりに惹かれ、未経験での業界入りを志願した細田社長。そのキャリアからは、思考力と素早い行動がセットになった揺るぎない生き方がうかがえる。金型づくりの会社は、表立つ製品が少ない縁の下の力持ちだからこそ、もっと業界にスポットライトを当ててほしいと語る姿にも、モノづくりの技術を残すという思いの強さを感じた。

細田智彦/1966年生まれ。1988年、東京の土木系会社に入社後、NTTデータの前進であるデータ通信本部に出向。退職後、長野県商工会連合会に就職。2ヶ所の商工会勤務を含めて、約12年間務め上げる。2001年、義父が社長を務める株式会社坂本金型工作所に営業として入社。2006年、取締役に就任。2019年、代表取締役社長に就任。