
原材料費の高騰や人手不足の深刻化など、食品業界は多くの課題を抱えている。そんな中、日本の食肉加工機械の未来を支えようと奮闘しているのが、2025年に創業100周年を迎えた株式会社なんつねだ。業界トップクラスの食肉スライサーメーカーとして知られる同社の代表取締役社長、南常之氏は、顧客企業の利益に貢献することを第一に考え、赤字だった同社を発展させてきた。先代の急逝により突如社長に就任した南氏が、いかにして会社を牽引してきたのか。過去の苦難から、異分野の知見を取り入れた現在の革新的な取り組みまで、その軌跡と新たな挑戦を辿った。
20代の成長ポイントは「知識欲」と「無知の知」
ーー入社までの経緯とご自身の原点を教えてください。
南常之:
父が3代目の社長だったこともあり、幼い頃から社員さんたちと一緒にバーベキューをしたり、朝ご飯を食べたりする機会がありました。そのときから社員さんたちには「4代目」と呼ばれており、私が将来会社を継ぐのだと意識してきました。
大学を卒業して弊社に入社した後は、アメリカのコミュニティ・カレッジへ留学しました。この経験を通じて、自分には「知識欲」があること、そして自分は何もわかっていなかったのだという「無知の知」に気づくことができました。これが、20代の大きなポイントだったと思います。このときに勉強の楽しさに気づき、最終的にアメリカの大学でMBAを取得しました。
ーー社長就任の経緯を教えてください。
南常之:
先代の社長であった父が事故で急逝したため、急遽その跡を継ぐことになりました。突然の交代であったことから業務の引き継ぎも一切なく、就任当初は経営幹部のポジションに20代や30代の人材を置きながら模索する数年間でした。
苦難の連続ではありましたが、このときに同年代の経営幹部を育成できたことは、今振り返れば大きな財産となりました。現在では執行役員クラスにも多様な世代のメンバーが揃い、組織を力強く支えてくれています。
提案先を変えることで会社のピンチを打破
ーー社長就任後に直面した最大の試練は何ですか。
南常之:
就任した当初の弊社は赤字経営に陥っており、過去に開発されたスライサーの売上高でなんとか持ちこたえている状態でした。当時は顧客から厳しい値引きを要求される場面が多々ありました。しかし、提示された価格を下回る値引きではなく、それ以上の利益をもたらして貢献すれば、値下げの要求はなくなるのではないかとひらめいたのです。
コストを削減することには限界があります。それよりも顧客の売上高増大をお手伝いするほうが、ビジネスとして大きな価値を生み出せると確信しました。
ーー顧客の売上高拡大に貢献するため、どのような行動を起こしましたか。
南常之:
それまでは購買の担当者へ機械の導入を提案していましたが、提案先を商品の企画担当者へと変更しました。企画の担当者であれば、単に設備を安く購入するだけでなく、会社全体のトータルの利益を拡大させるための投資として意思決定を行ってくれるからです。
その結果、以前のような価格交渉の場から、製造ラインの構築によって数億円の売上高を創出するための前向きな対話へと変化しました。この提案先の転換こそが、弊社の飛躍的な発展を支えた重要な鍵となっています。
伝統の継承と新たな知見の融合で挑む次の百年

ーー100周年という大きな節目を迎えられたお気持ちはいかがですか。
南常之:
2025年に弊社は100周年を迎えました。これは創業社長だけで到達できるものではなく、先代たちが歴史を紡いできた結果であり、私はたまたまその節目に立ち会ったに過ぎません。これまでの歴史を築いてくれた父や祖父、曾祖父への感謝の思いが改めて強くなりました。弊社がこの先も200年、300年と続いていくために、次代へどのようなバトンを渡していくべきかという経営者としての責任を重く受け止め、自らの行動で示していく所存です。
ーー次代を見据え、ご自身として新たに取り組まれた学びや挑戦はありますか。
南常之:
個人的な大きな取り組みとして、2024年に得度を受け僧侶になったことと、2025年に経営学の博士号を取得したことが挙げられます。曾祖父は経営のバトンを祖父に渡した後、僧侶となりお寺を建立した経緯があります。私も将来、曾祖父の建てたお寺を守れる状態にしたいと長年考えており、大先輩の経営者から背中を押されたこともあって僧侶になる決意を固めました。
また、経営学の博士号については研究を重ね、2025年に学位を取得しました。長年の経営者人生で培った個人の知見を一般化し、先人たちの経営理論を実際のイノベーション創出の実務へと落とし込むために、この学問の知見が大きなプラスになると確信しています。
引き算の戦略と新結合がもたらす製品の技術革新
ーー製品開発において、近年どのような新たな試みを行いましたか。
南常之:
新たに開発した鶏肉のダイスカット(角切り)を行う機械は、あえて機能を鶏肉だけに絞り込む「引き算の戦略」を取り入れました。競合他社は多様な食材に対応させることで機械を大型化させていましたが、弊社は後発として特徴を出すために思い切った決断を下したのです。
これにより、処理能力を維持したまま、設置スペースと価格を従来の半分に抑えることに成功しました。予算やスペースの都合で導入を諦めていた国内の小規模な工場だけでなく、省スペース化によって複数台を配置し生産量を拡大できるため、海外の大規模な工場からも非常に強い引き合いをいただいています。
ーー既存技術の新しい組み合わせが生み出したイノベーションの事例はありますか。
南常之:
イノベーションの源泉は、既存のもの同士を新しく組み合わせる新結合にあります。たとえば、弊社の肉を細かく削る機械が、現在はパン工場において固いバターを効率的に削る工程に応用されている事例があるのです。
肉を加工する側からは生まれにくい発想であっても、別の業界のニーズと掛け合わせることで、新しい市場が開拓されます。市場が小さいからと諦めるのではなく、コア技術を明確にして他分野へ応用していく姿勢が重要です。
日本の食文化を世界へ広げ食品加工の技術枯渇を防ぐ
ーー海外市場における食文化の変化をどう捉えていますか。
南常之:
近年、海外の食文化には大きな変化が見られます。一例を挙げますと、アメリカのスーパーで「しゃぶしゃぶ」という名前で薄切り肉が販売されるようになりました。現地ではしゃぶしゃぶとしてではなく、さっと炒めてサンドイッチの具材にするという新しいニーズにローカライズされています。
かつては存在しなかった薄切り肉の需要が、現地の文化と融合しながら広がっている事実に、大きな可能性を感じています。日本の高度な食品加工技術を世界へ提供し、各地の食生活を変革するだけでなく、そこで独自進化した食文化を日本へ逆輸入したり、両国間でイノベーションが双発するような関係性を築くことが、弊社のさらなる勝機となるはずです。
ーー食品機械業界の技術枯渇という課題にはどう対応していく方針ですか。
南常之:
日本の食品機械業界では高齢化や後継者不足が進んでおり、近い将来に企業数が半減するのではないかと懸念されています。企業が無くなることは避けられなくても、先人たちが築いた優れた食品加工技術が失われることは、人類にとって大きな損失です。
こうした技術の枯渇を防ぎ、次世代へと紡いでいくプラットフォームの構築を目指して、GASTROTEC Holdings株式会社を設立しました。さらに、一般社団法人日本食品機械工業会の副会長としての活動を通じても、業界全体の舵取りや技術継承の仕組みづくりを一貫して推進しています。
ーー自社工場における生産性向上の取り組みについて教えてください。
南常之:
顧客へ省人化を提案する一方で、弊社のスライサーの組み立て工程は職人の手作業に依存しているのが実態でした。そこで生産性をさらに高めるため、開発や生産などものづくりに関わるすべての部署からメンバーを集めた品質改善プロジェクトを社内で立ち上げました。職人の技術が必要でありAIには代替されない組み立てや修理の領域に人手を集中させ、その前後にあるダンボールの運搬や開梱といった単純作業の自動化・効率化を進めています。無人化そのものを目的とするのではなく、人の強みを最大化するための試行錯誤を組織全体で続けています。
組織の意識を変革する評価制度と求める人物像
ーー社内の評価制度はどのような変遷を辿りましたか。
南常之:
かつて、何か大きな成功を収めた場合に最高のS評価を与えるという、挑戦や長所を伸ばすための仕組みへと評価制度を変更したことがありました。しかし、この運用は必ずしも成功したとは言えませんでした。すべての社員が極限まで挑戦してS評価を目指すことを望んでいるわけではないと気づかされたのです。そのため現在は、個人の細かい成果や貢献を丁寧に拾い上げること、そしてチーム全体の目標達成を評価する運用の見直しを進めています。
ーー今後の事業成長に向けてどのような人材を求めていますか。
南常之:
弊社のミッションやビジョンに深く共感し、それを原動力に変えてくれる人材を求めています。特に今後は、同じ思いを共有して強みを伸ばしていける新卒の育成に注力していく方針です。一方で中途採用においては、BtoB向けの製品開発経験者や食品製造メーカーの経験者を重視しています。世界の食品機械市場は、2025年の16兆円から2040年には33兆円規模へと急成長が見込まれる有望な領域です。ユーザーの視点から困りごとを理解している専門家の知見を取り入れることで、弊社の開発体制をさらに強固にしていきたいと考えています。
ーー次なる100年に向けた未来の構想をお聞かせください。
南常之:
職人の手を介することなく日本の優れた食を世界へ届けるため、機械によって料理が完成するまでの工程を一気通貫で提供していくことが重要であると考えています。今後は自社単体での展開にとどまらず、多くの企業と強力な座組を構築していく方針です。国内の人口減少を見据え、世界100億人の胃袋に向けてどのような新しい価値を提供できるかが、これからの重要なテーマとなります。次なる100年に向けて、世界中の食を豊かにするための挑戦をこれからも続けてまいります。
編集後記
創業100周年を経て次なる未来を見据える南氏。得度や経営学博士号の取得といったトップ自身の探求心は、同社の革新的なものづくりへと還元されている。あえて機能を絞り込む引き算の戦略や、既存の技術を掛け合わせる新結合による価値創造など、固定観念にとらわれない柔軟なアプローチこそが強みだ。自社のみならず業界全体の技術枯渇を防ぎ、世界100億人の食を豊かにするための飽くなき挑戦は、これからも続いていくだろう。

南常之/1975年大阪府生まれ。1998年関西大学文学部卒業後、南常鉄工株式会社(現・株式会社なんつね)入社。2002年カリフォルニア州立大学経営大学院卒業。2010年株式会社なんつね代表取締役社長就任。2011年神戸大学大学院専門職課程修了。2022年GASTROTEC Holdings株式会社設立。2025年甲南大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了。一般社団法人日本食品機械工業会副会長、EO Global Standing Finance Committeeメンバーを務める。