耐火被覆工事のプロフェッショナルが語る、若手社員の採用・定着のヒント

伏見工業株式会社 代表取締役 伏見芳直

※本ページの情報は2018年3月時点のものです。

東京オリンピックの開幕に伴う関連施設の新設や、都内再開発によるオフィスビルの需要増加によって、活況に沸く建設業界。品川区に本社を置く伏見工業株式会社も、耐火被覆工事の自社施工をメインとして、順調に業績を伸ばし続ける企業の一つだ。同社の施工事例には東京スカイツリーやポーラ銀座ビルなど、そうそうたる大型案件が多数並ぶ。特需の一方、慢性的な人手不足が叫ばれる業界でもあるが、伏見工業の社員構成は35歳以下が半数以上を占め、会社への定着率も良いという。若手社員を眺めながら、「一つ上の世界を見られる人材を育てたい」と語る代表取締役の伏見芳直氏に、同社の強みや今後の展望、人材育成の秘訣を伺った。

人の本質を学んだ幼少時代

-幼少期はどのようにしてお過ごしでしたか?

伏見 芳直:
祖父が釣り船屋を商っていたため、客商売を通じて人を見る目が養われたと思います。店を手伝う母親の目が鋭くて、ものすごく羽振りの良い客でも「あんなお金の使い方をする人は長くないよ」とか、反対に「あの人はとてもお金持ちだけど全然威張らずとても控えめ。でも身に付けているものが違うでしょう」とか聞かせてくれるのです。

また父は工事会社を興していたため、近くに職人さんたちが住み込むアパートがありました。母は食事の世話や洗濯までしていたので、私もそこで食事をとる機会が多かったのです。するとカリスマ的な存在の父がいるときといない時では、態度がまったく違う人がいるんですよね。子どもの前だからと不用意に話していたのでしょうが、人の本質のようなものを学べた気がしています。

時代に適した耐火被覆工事とは

-お父様の代から、耐熱材に特化されていました。主力とされる巻き付け耐火被覆工事とは、どのようなものでしょうか。

伏見 芳直:
耐火被覆工事とは、鉄骨建築の主要構造部を火災による崩壊から守るための工事で、建築基準法にも規定されています。火事が起こったときに火の回りを遅くするため、建物を守るだけでなく、人命を守ることにもつながります。

当社は耐火被覆工事に特化して30年以上です。主に実施している巻き付け工法では、この耐火被覆材を鉄骨等に巻き付けて固定ピンで溶接して取り付けます。吹き付け工法とは異なり材料の飛散なく施工でき、他の工事との並行作業も可能です。周囲に粉塵を撒き散らすことがなく残材も少ないので、近年好まれる工法です。

さらに、吹き付け工法では現場で材料を調合するので、どうしても品質にばらつきが出てきます。しかし巻き付け工法でしたら工場で製品化されたものを使用するので品質を一定に保てます。耐火材はどれほどの強度を保てるかが重要な商品なので、ばらつきがあってはいけないのです。ですから、吹き付けの方が安価であっても巻き付け工法を選ばれるお客様が増えています。


-世の中に防火に対する意識が高まってきたということでしょうか。

伏見 芳直:
1970年代や80年代に建てられたテナントビルなどが、そろそろ耐用年数に達しているため、特に首都圏で新たなテナントを確保していこうと考えると建て替えが必要になって来ているという背景もあります。スピード感が求められる世の中では納期の短縮が必要になるため、当社の行う巻き付けの乾式工法(※巻き付け工法はピンで材料を固定するため水を使用せず、養生を必要としない)が重要視されていきつつあるという流れもあるでしょう。

さらに、従来市場の8割程を占めていた吹き付け工法では、職人の高齢化が進み労働力がどんどん減少しています。それらのことから巻き付け工法というのは今後拡大傾向にあると考えています。

“安全靴”に投資する理由

-耐火被覆工事の現場でシェアを拡大されている御社の強みはどのようなものでしょうか。

伏見 芳直:
やはりスケールメリットがあることです。乾式工法を行う業者において、当社ほど正社員を抱えている会社はないと思います。導入できる労働力は業界でも1位2位を争うはず。そして30年以上培った技術力は、他社とは比べ物にならないと自負しています。

当社では熟練の職人たちが若手に余すことなく技術を継承し、通常の職人とは桁違いなレベルの教育をしています。さらに現場で着ている作業衣にしても、物自体の値段が違います。安全靴ひとつとっても、2,000円程度のものを使い捨てにする職人が多い中、当社では1万円以下のものを履いている者はいません。身に付けるものが重かったら疲れてしまいますから、当社はそのようなところにも気を使っています。社員に投資をせずに勝てている訳ではありません。給与水準も高いので、いかに機能性の高いものを使うかということに意識を向けて選ぶのです。社員にもそういう考え方を共有してもらえていると感じています。

自分自身がしっかりしすぎない

-社長の人材マネジメントをされる上でこだわっていることはありますか?

伏見 芳直:
自分がしっかりしすぎないことですね(笑)。自分が完璧すぎると周りが意見しなくなったり、疲れたりしてしまいます。そのかわり社員をちゃんと見て、どうしたら会社が良くなるかを考えて積極的に動いている社員には、その努力を褒めるし、ちゃんと見ていることを伝えています。

また、当社は極力手当などを付けるようにしていますが、“使うべき”場面をどの社員にも必ず作ります。その際にお金に必要以上に執着をしたり、どの様なお金の使い方をしたりするのかを見ているとその人の限界が見えるように思います。そのためいかに“お金を捨てられるか”は、実は重視しているところです。

人に慕われる人材を育てる

-今後の展望をお聞かせいただけますか。

伏見 芳直:
巻き付け耐火被覆で年商12億~16億、社員数を約120名に増やすことを目標としています。現在、超大型といわれる案件を一社で手がけられるのは当社くらいのはず。社員50名時に9億円でしたので、120名いれば14億~15億までいけるという感触を持っています。

現場でのミーティング風景。

-御社で活躍されているのはどのような方でしょうか?

伏見 芳直:
自分達が会社を良くするんだと考えている社員はいきいきと活躍していますね。安全勉強会などの場でも、社長の私がリードしなくても、現場ではどの様な課題があるか議題や役割を決めて意見を出し合い、真剣に現場の安全や新しい取り組みを考えてくれています。規模が少しずつ大きくなる中で、変化を恐れず対応していける社員が多いのは当社の特長でもあります。


-これからの課題についてはどのようにお考えですか?

伏見 芳直:
社員教育が一番の課題です。現在の社員約60名の内、35歳以下が約35名と半数を占め、20代は約30名です。この若手社員の教育には最も力を入れています。当社では若手の同世代の社員が多いことで居心地が良く、離職率が低下して会社に定着する社員が増えています。今後も若手を積極的に採用していく考えなので、働きがいがあると感じられるように、技術面の育成も強化をしていきたいですね。

ただ若いと思い込みが強い面もあり、仕事が多少できるようになると、仕事ができる者が一番正しいと思ってしまう傾向があります。仕事ができることと、人の上に立てることは別ですし、人に慕われない人間は上に立つべきではありません。気遣いができたり根回しができたりということも、社員教育として教えていきたいと思います。


-最後に、今後業界を引っ張っていく人材の方たちへメッセージをお願いできますでしょうか。

伏見 芳直:
私が今見ている景色よりも、一つ上の世界を目指してほしいと願っています。年商1億の会社は1億の景色しか見えませんが、10億になれば10億の景色となり、見えるものが変わってきます。売上規模が増えて様々な人と関わるようになると、「さすが」と思わせられる人物に出会う機会がやはり格段に増えるのです。もちろん、会社の規模を大きくすることが社員の幸せにつながるのかどうかは、その時の経営陣に考えていってほしい。ただ私の仕事は、視座を高めるために必要な選択肢をより多く作ることだと思っています。

編集後記

都会には多数のビルが建ち並ぶが、実は鉄骨は火災時の熱に弱く、350~500℃以上になると次第に軟化して建物が倒壊するおそれがあるという。その熱から鉄骨の軟化を防ぎ、人命や建物の保護に貢献する耐火被覆工事は、陰ながら街を支える重要な存在だ。若手を多数登用し、父の代から続く技術を惜しみなく継承していく伏見社長の次世代を見つめる姿勢は、これからの日本の大都市をも創っていくのだと感じた。

伏見 芳直(ふしみ よしなお)/1961年生まれ。父である先代が設立した耐火被覆工事専門の法人を引き継ぎ、社長に就任。幼少期は祖父が経営する釣り船屋の顧客や、自宅近くに住み込む職人など多様な人たちと接して育つ。趣味は釣り。