※本ページ内の情報は2024年2月時点のものです。

アパレルのOEMを中心に事業を展開する株式会社ラ・コロールは、ニット商品を中心に企画力や提案力の高さに定評のある会社だ。付加価値の高い商品やサービスで、50年近くにわたり顧客から厚い信頼を得ている。

そんな同社の代表取締役社長、殿本英希氏は、プライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)に10年強在籍した後、株式会社ラ・コロールの社長に就任した異色の経歴の持ち主だ。そんな殿本氏に、就任の経緯やこれまでの取り組み、経営哲学などを聞いた。

父の死をきっかけにラ・コロールの社長に就任

ーーはじめに株式会社ラ・コロールについて教えてください。

殿本英希:
当社は1978年に設立されたアパレルOEM企業です。アパレルOEMといっても多様な企業がありますが、当社はとりわけニット製品を得意としています。

企画力を大切にしていることが大きな強みで、顧客の仕様をそのまま作るだけではなく、トレンドに沿ったデザインや素材を提案し、付加価値を持たせるようにしています。また、国内外に多くの協力工場を有しており、上代(店頭での販売価格)やアイテムの種類など顧客の多様なニーズに応じた生産体制を構築していることも特徴です。

ーー社長就任前はPEファンドに勤めておられたそうですね。

殿本英希:
はい。前職では主に中堅中小企業を対象に投資を行うファンドに10年強在籍していました。その中でコールセンター、建設業者、自動車ディーラー、出版社、外食チェーンなど様々な業種の企業の成長戦略立案、実行に経営陣として関与しました。

ーーそんな経歴の殿本社長がどうしてラ・コロールの社長になろうと思ったのですか。

殿本英希:
当社の創業者は私の義父で、実はずいぶん前から会社を継いでほしいと打診を受けていたのですが、長らく固辞していました。

私の考えが変わったのは実父が亡くなったことがきっかけです。実父はいわゆる普通のサラリーマンでしたが、よく働き家族をとても大切にしてくれる人でした。そんな実父が定年を迎え、これから余生を楽しもうという時に急逝してしまったのです。

私は、その時人生が有限であることを感じ、残された人生で自分にしかできないことをやろうと強く思ったのです。前職のPEファンドには優秀な同僚、部下がたくさんいましたし、これからPE業界に入りたいという人たちもたくさんいました。

一方で、ラ・コロールの後を継ごうという人は当時誰もおらず、もし私が継がなければ廃業もやむ無しという状況でした。人生は有限で1度きり。それならば、自分にしかできないことをやろう、それが家族のためにもなるのであれば、実父の想いも繋いでいけるのではないかと思ったのが大きな理由です。

組織・集客・デジタルの3つのアプローチで社内改革

ーーラ・コロールの社長に就任してから取り組まれたことを教えてください。

殿本英希:
大きく3つの改革を行いました。

1つ目は組織改革です。当社は社員数が20人にも満たない会社ですが、私が入社したときにはオフィスが2か所に分かれていたほか、事業部が5つもありました。

ヤング事業部、ミセス事業部、通販事業部など独立採算性といえば聞こえは良いですが、行っている業務はほとんど同じ。そこで、風通しを良くするために、OEM事業部と管理部の2つの事業部に集約しました。また、オフィスも引っ越し、1つの拠点に統合しました。

2つ目は集客です。従来は、既存のお客様からの紹介でしか新規顧客の開拓を行っていなかったのですが、アパレルOEMの情報サイトを立ち上げたり、コーポレートサイトのリニューアル等をおこなうなどした結果、ウェブ経由でのお問い合わせを多くいただけるようになりました。

3つ目はデジタル化です。アパレル業界は華やかなイメージがありますが、現場は今でも紙とFAXが主流です。当社は時代の流れを見据えていち早くデジタル化に取り組み、グループウェア、会計システム、基幹システムなど社内の大半の業務についてシステム化、デジタル化を実施しました。

ーー様々な改革を進める中で社内からの反発のようなものはなかったのでしょうか。

殿本英希:
一度に様々な改革を行ってしまうと拒否感のようなものも生まれてしまうため、取り組みやすいところから徐々に進めていきました。

例えばデジタル化ではいきなり基幹システムには手を付けず、社内向けのコミュニケーションツールとしてLINE WORKSを導入し、タイムカードをICカード化することからはじめました。

社内に抵抗勢力のようなグループは存在せず、みんな私の方針に協力的でした。そのこと自体はもちろん良いことなのですが、社員にはもっと積極的に意見をしてほしいという気持ちもありますね。

自分も会社も常にアップデートさせることが大切

ーーアパレル業界は厳しい経営環境が叫ばれていますが、PEファンドからの転職ということでプレッシャーのようなものは感じられましたか。

殿本英希:
私はあまりプレッシャーを感じることがなく、PEファンド時代の上司にも「殿本君が慌てふためいているところを見たことがない。」と言われたほどです。「自分にしかできないことをやっているのだから、自分がやって上手く行かなければ仕方がない。」ぐらいの気持ちで経営に取り組んでいます。

一方で、社員の話を聞くと、ファンド出身の社長が来るということで、はじめはリストラが行われるのではないかなど戦々恐々としていたそうです(笑)

ーー経営者としてなにか意識されていることはありますか。

殿本英希:
実務と理論をバランスよく組み合わせることです。私は本を読むことが好きで、仕事で何か壁にぶち当たったときは、本を読んで学んだことを実践するよう心がけてきました。

私の頭で悩むようなことは、ほとんど先人がとっくに悩んでいることばかりです。本を読み、実践し、改めて本を読み返すというサンドイッチのような学習が重要だと考えています。

また、進化論を唱えたダーウィンの「強いものが生き残るのではなく、賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。」という格言をいつも意識しています。常に自分や会社をアップデートさせ、柔軟に考え方も変えていきたいと思っています。

ーー最後にアパレルのOEM企業として、今後どのようなビジョンを描いているか教えてください。

殿本英希:
弊社は創業から50年近く経ちますが、時代に合わせて何でも変えるのではなく、大事にしなければいけないものは守る必要があると思っています。創業者が立てた「真の商品をつくる」という理念は今後も変える気はありません。

変えるべきものは変え、守るべきものは守り、今後も成長を続けていきたいと考えています。

編集後記

殿本社長は取材中「大切なことは想像力。AIは答えを教えてくれるけど、質問は考えてくれない。問いを立てることが人間の価値」と話した。

自身や会社を常にアップデートさせる向上心、そして顧客や社員の立場に立ち想像する力が、長く愛される企業には必要なのだろうと感じた。

殿本英希(とのもと・ひでき)/1976年兵庫県生まれ、神戸大学経営学部卒。証券会社やベンチャー企業のCFOなどを経て、プライベート・エクイティ・ファンドの日本みらいキャピタル株式会社に入社。企業再生や成長戦略の立案、実行支援に10年強携わった後、2020年より株式会社ラ・コロールに転職。同年9月より現職。