※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

健康促進や筋肉増強、ダイエット、アンチエイジングなど、さまざまな効果を期待して日常的に摂取されるサプリメント。近年では、老若男女問わず利用者が増えているが、その中で「シクロデキストリン」という環状オリゴ糖が注目を集めていることをご存じだろうか。

今回は、30年以上にわたりシクロデキストリンの研究に従事し、その機能性を活用した製品の開発・販売を手がける株式会社シクロケムの代表取締役社長、寺尾啓二氏に、シクロデキストリンの特徴や摂取を推進する科学的根拠、そして「パーソナル化サプリメント」に込められた思いについて話を聞いた。

化学分野のドイツ人研究者との出会いをきっかけに日本総代理店を起業

ーー起業に至るまでの経歴を教えてください。

寺尾啓二:
私は1986年に京都大学大学院工学研究科博士課程を修了後、ドイツに渡り、ワッカーケミー社のミュンヘン本社に入社しました。中央研究所で医薬や農薬に関する研究に携わる中で、シクロデキストリンの製造法を確立したドイツ人研究者、ゲーハート・シュミット氏と運命的な出会いを果たしました。

シクロデキストリンとは、ブドウ糖がα-1,4結合で環状に連なったオリゴ糖であり、別名「環状オリゴ糖」とも呼ばれる物質です。実は、シクロデキストリンの工業化は、1970年代に日本でβ(ベータ)シクロデキストリンの製造から始まりました。一方、ワッカーケミー社では、シュミット氏の功績により、日本で製造されていたβシクロデキストリンだけでなく、製造が困難とされていたα(アルファ)やγ(ガンマ)の3種類の製法を確立しており、これが大きな違いとなっています。

シュミット氏との出会いから数年後、私は日本に帰国しました。ワッカーケミー社の日本法人であるワッカーケミカルズイーストアジア社の社員として研究を続ける傍ら、中央大学や神戸学院大学で講師を務め、学生たちとともに自分のアイディアを実現するための研究にも取り組んだのです。

転機が訪れたのは2000年のことです。ワッカーケミカルズイーストアジア社が、化学大手の旭化成とシリコーン事業の合弁会社を設立したことで、少人数体制だったシクロデキストリン部門を維持するのが難しくなりました。このとき、シュミット氏から「日本でシクロデキストリンの会社を立ち上げてほしい」という依頼を受けたことが、私にとって起業のきっかけとなりました。それまで研究一筋だった私にとって、起業はまったく予期していない展開でしたが、2002年に「3種類のシクロデキストリン」を扱う日本でオンリーワンの企業として、ドイツワッカーケミー社の日本総代理店である株式会社シクロケムを創業するに至ったのです。

シクロデキストリンの「包接現象」に注目し、幅広い分野に応用

ーーシクロデキストリンとは、どのような物質ですか?

寺尾啓二:
シクロデキストリンは、自然界にも存在する物質で、主にトウモロコシなどのデンプンから作られる環状オリゴ糖の一種です。この物質は分子の中心に空洞があり、そこに他の分子を取り込む特性を持っています。この特性は「包接」と呼ばれ、シクロデキストリンの大きな特徴です。この包接現象は、食品や医薬品をはじめとした幅広い分野で活用されています。

起業にあたり、シクロデキストリンの用途を食品分野に限定することを決めた理由は、日本の食品関連企業が、以前から環状オリゴ糖についての知識を持っていたことにあります。特に、機能性食品やその素材としてシクロデキストリンを組み合わせれば、事業化が比較的容易だと考えました。この選択により、シクロデキストリンの特性を最大限に生かした製品の開発と市場展開を進めることが可能になったのです。

ーーシクロデキストリンには、どのような効果が期待できますか。

寺尾啓二:
私は現在、研究者として医師や薬剤師、管理栄養士などの医療従事者に向けて、シクロデキストリンに関する講演を行う機会を多くいただいています。その中で特に注目されているのが、LDL(悪玉)コレステロールの治療薬「スタチン系薬剤」との関係です。動脈硬化を抑える効果がある薬ですが、最近の研究では糖尿病を発症するリスクが高まる可能性があることも明らかになっています。

スタチン系薬剤を服用すると、細胞内のミトコンドリアでエネルギー産生の補酵素として働く「コエンザイムQ10」という化合物が減少してしまいます。コエンザイムQ10は強い抗酸化作用を持ち、生活習慣病や老化予防に役立つ成分とされていますが、減少すると糖尿病になるリスクが高まり、糖尿病患者が増える一因となっているのです。

多くの方が「糖尿病を予防するためにも、コエンザイムQ10をサプリメントとして摂取すれば良いのでは」と考えるかもしれません。しかし、コエンザイムQ10だけを摂取しても、体内に吸収されにくいという特性があります。そこで活躍するのがシクロデキストリンです。弊社ではシクロデキストリンを用いることで、コエンザイムQ10の吸収性を大幅に向上させたサプリメントを開発しています。スタチン系薬剤と併用することで糖尿病発症のリスクを抑える効果が期待できるのです。

こうした知見を多くの医療従事者に共有することで、シクロデキストリンの可能性をさらに広げ、患者さんの健康に寄与したいと考えています。

サプリメントの常識を変える「パーソナル化サプリ」を発信

ーー今後の展望をお聞かせください。

寺尾啓二:
弊社では、一般消費者向けにシクロデキストリンを活用した機能性食品やサプリメント、マヌカハニー関連製品の開発・販売を行うグループ企業、株式会社コサナを運営しています。その中で、パーソナル化サプリメントの普及を目指した戦略に力を注いでいます。

弊社が開発したパーソナル化サプリメントは、プロテイン、αオリゴ糖、キウイフルーツパウダーをベース成分とし、利用者の健康状態や目的に応じた成分をトッピングできる仕組みになっています。この仕組みでは、シクロデキストリンの包接現象を活用して、パウダー状の安定化された栄養素を調合することで、個々のニーズに合わせたオーダーメイドのサプリメントを提供可能です。これにより、複数のカプセルや錠剤を飲む手間が省け、自分に必要な栄養素を簡単に摂取できる点が大きな魅力です。

また、パーソナル化サプリメントの普及に向けて、大手スポーツジムとの提携をはじめ、さまざまなプロジェクトを進行中です。一人でも多くの方が、パーソナル化サプリメントを日常生活に取り入れることで、健康的で充実した生活を実現できるよう、今後も貢献していきたいと考えています。

編集後記

分子の中心に空洞を持ち、他の分子を取り込む「包接現象」という特性を持つ環状オリゴ糖、シクロデキストリン。その独自の性質が、食品や医薬品、さらにはサプリメントの分野に新たな可能性を切り拓いているという話を、今回の取材で深く知ることができた。

単なる製品開発ではなく、一人ひとりの健康と向き合い、生活の質を向上させるという熱い使命感。その情熱がシクロデキストリンという素材をさらに輝かせ、多くの人々の生活を豊かにしていくことは間違いないだろう。科学と情熱が融合した「シクロデキストリン」の物語が、これからどのように新しい章を紡いでいくのか、大いに期待したい。

寺尾啓二/1957年岡山県生まれ。1986年京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士号取得)。ドイツに本社を構えるワッカーケミー社、ワッカーケミカルズイーストアジア株式会社勤務を経て、2002年株式会社シクロケムを設立、同社代表取締役社長に就任。神戸女子大学健康福祉学部、モンゴル国立大学客員教授。ブログや著書、ラジオ番組出演を通じて、健康に役立つ情報発信にも注力している。2024年東大で行われた総会において、シクロデキストリン学会会長に就任。