「水のマエザワ」たる前澤化成工業株式会社は、日本における水分野のパイオニアだ。水の安心・安全を通して快適な住環境を支えてきた。日本で初めて、加工しやすくするための物質を添加しない「無可塑剤」継手の成形に成功。以来、水道用の「硬質塩化ビニル製」継手など、さまざまな上・下水道製品を世に送り出してきた。その製品の多くは普段あまり目にすることはないが、生活に欠かせないものばかりだ。代表取締役社長の久保淳一氏に、社長就任に至る経緯、事業内容と今後の展望についてうかがった。
同族会社を飛び出し、自らの手腕で社長へ
ーー前澤化成工業に入社したきっかけを教えてください。
久保淳一:
徳島県の出身で、祖父が鉄工所の創業者でした。親族の多くがそこに勤めており、私も営業職として6年間勤めました。しかし、同族経営の外の世界に触れたくなり、前澤化成工業の四国営業所の求人に応募して、1991年に入社したのです。退職時に上司から「外の世界では通用しない」と言われたことから、「外の世界でも成功してみせる」という思いで、四国営業所長を目指しました。幸いにも、上司や同僚に恵まれて早く昇進することができ、2003年にはその目標を叶えることができました。
ーーどのような経緯で社長に就任したのですか?
久保淳一:
所長に就任した当時、四国営業所は赤字続きで、私は構造改革の必要性を感じました。そこで、拡大路線をとる会社とは逆に、営業拠点と倉庫の統合を進める縮小戦略を選びました。地元意識が強い社員の中で転勤してくれる人を探し、転勤者の待遇についても営業本部長に直談判しました。そして、赤字体質を脱した成果が認められて本社に異動になり、2年後には東京支店長に大抜擢されたのです。その後はずっと東京で勤務し、2021年に代表取締役社長に就任しました。
ーー社長就任後、最初に取り組んだことは何ですか?
久保淳一:
私が社長に就任したのは、コロナ禍の最中でした。まずは社内の組織体制を整え、多岐にわたる製品の中から、注力製品を明確にしました。最大の決断は値上げを実施したことです。シェアが低下するリスクを覚悟の上で値上げを実施し、その結果、収益性の改善に成功しました。コロナ禍で物資が不足したこともあり、価格が上がっても安定供給を求めるお客様の要望が強かったことが、成功の一因だと考えています。
「現場」で築く信頼関係と、上・下水道製品トップシェア企業の強み
ーー貴社の事業内容と強みを教えてください。
久保淳一:
弊社は上・下水道に関連するさまざまな製品を製造、販売しています。排水管の点検口である「マス(枡)」の樹脂化に早くから取り組み、現在でもトップクラスのシェアを誇っています。樹脂製品はコンクリートやレンガに比べ密閉性が高く、汚水の漏出や雨水の流入を防ぎます。従来は戸建住宅向けの製品が中心でしたが、先代社長の頃から集合住宅向けの製品「ビニコア」も増加しています。
弊社の強みは、全国に多くの拠点を持ち、お客様との密接な接点を保つことができる点です。弊社は「三現主義」を掲げ、「現場」で「現物」を確認し、「現実」を直視することを何よりも大切にしています。現場に足を運ぶことにより、お客様から「もっとこういう角度のものがほしい」など、お知恵をいただいて製品化してきたのです。お客様からの要望を反映した、使い勝手の良い多種の製品を開発することで、多くのお客様からご支持いただいています。
ーー社内の雰囲気づくりのために取り組んでいることは何ですか?
久保淳一:
社員が自由に発言できる環境は、弊社で代々受け継いできた伝統だと思っています。会社の新しい方針が出された際には、一斉発表だけでなく、営業本部長が各部署に出向いて、背景と目的を一つひとつ丁寧に社員に説明しています。また、研修を盛んに行っていますが、そこには私も参加しています。
革新的な水インフラの未来を目指して、売り上げ1000億円を狙う
ーー中長期的な目標をお聞かせください。
久保淳一:
今、売り上げが240億円程度ですが、企業として成長を続けるためには、一定の規模が必要です。そこで、まず300億円を目標に掲げ、最終的には1000億円を目指したいと考えています。その第1歩としての300億円という位置づけです。1000億円の達成は後進に託さなければならないでしょう。しかし、業界内での統合が進む中で、独立した経営体として生き残るために、実現しなければならない挑戦だと感じています。
ーー目標の達成に向けて、どのような取り組みをしますか?
久保淳一:
現在、3つの事業戦略を展開しています。1つ目は次世代リーダーの育成です。弊社は決まったコースで昇格していく「単線型」の人事制度であるため、私も製造現場を知りません。やはりすべての部門を知ってから経営者になるのが理想なので、後継者となり得る人材を慎重に選んで、多様な経験を積ませたいと考えています。
2つ目は、新製品開発と既存製品における新たな付加価値の創造です。たとえば、逆流防止機能、防音性の向上、結露や凍結防止などの技術開発を進めています。さらに製品の軽量化を通じて、工事現場の作業負担を軽減することも目指しています。
3つ目は海外市場への展開です。現在、インドネシアの企業と技術提携を進めており、東南アジアへの展開を計画しています。人口が増加し、下水道が未整備であることも多いこの地域に、日本の技術を提供し、現地の水環境を守りたいと考えています。最終的には現地での生産を視野にいれた合弁企業の設立を計画していますが、これは5年先を見据えた仕事です。現在は、海外展開のための部署を新設し、マーケット調査や人材確保をしている段階です。
ーー就職・転職を考えている方に伝えたいことはありますか?
久保淳一:
水はインフラの中でも重要度が高い分野です。私たちは水に関するインフラを整えることで社会に貢献し、さらには水をきれいにする事業にも携わりたいと考えています。水インフラを守り続けることが、私たちの使命です。これから水資源の重要性が世界的に高まっていく中で、新しい製品や展開を生み出していくための人材にぜひ加わってほしいですね。
編集後記
誰に対しても穏やかな印象を与える久保淳一社長だが、語られるエピソードは挑戦にあふれている。「外の世界では通用しない」どころか数々の役職に大抜擢されてきたのも納得できる。精力的に製品開発を進める一方で、後進の育成にも力を入れたいと語る久保社長。前澤化成工業株式会社において、社長の精神がどのように引き継がれ、新たな展開を見せていくのか、今後の飛躍が楽しみだ。
久保淳一/1958年、徳島県生まれ。駒澤大学卒業。祖父が創業した地元企業である機械メーカー(鉄工所)に就職。6年勤務の後、1991年に前澤化成工業株式会社に入社し、四国営業所に配属。2021年、代表取締役社長に就任。