【ナレーター】
創業以来95年にわたり、お仏壇、お仏具の販売、開発を手掛ける「株式会社はせがわ」。
現在、関東・東海・九州を中心に130店舗以上を構え、業界トップクラスのシェアを誇る。
近年では、好きなキャラクターなどをまつる『推し壇』や、居住空間に合わせたお仏壇を家具メーカーと共同開発するなど、世の中のライフスタイルの変化に合わせた商品を次々に展開し、その存在感を際立たせている。
伝統と革新を融合させ、「心ゆたかな生活の実現」を目指す経営者の軌跡と、はせがわの成長の源泉に迫る。
【ナレーター】
自社の強みについて、新貝は、はせがわ独自の商品開発力と、包括的なサポート体制を挙げる。
【新貝】
私どもの仕事の中心はお仏壇とお墓の販売ですが、強みとなっているのはお仏壇に関する商品開発力です。
例えば家具のトップメーカーさんとコラボして、新たにリビング仏壇というものをつくりました。リビングにも合うように家具の視点からつくったという点が、従来のお仏壇とは違うところです。
また、注力しているのが第3の事業です。お客様はお仏壇を購入したり、お墓について考えたりするためにお店に来られますが、同時に、遺品整理や遺産処理の問題も抱えています。
「不動産を処分しなくちゃいけない」「一人になったので介護施設に自分が入らなくてはいけない」など、葬儀以降は供養以外に、解決すべき課題が山ほどあるのです。
お子さんやご兄弟がいればサポートしてくれるかもしれませんが、お手伝いしてくださる方がおられない方も多くいらっしゃいます。
そういった境遇の方々の窓口をはせがわでやりましょうというのが「PLS(ピースフルライフサポート)」事業です。
【ナレーター】
新貝がはせがわに入社したきっかけは、就職説明会での運命的な出会いにある。当時のことは今でも鮮明に覚えているという。
【新貝】
たまたま、友人が就職説明会に参加した後に一緒に遊ぼうということになり、私も就職説明会の会場に行ったのです。
私は会場の外で説明会が終わるのを待つつもりだったのですが、タクシーから降りてパッと走ってくる人物がいました。
その方からいきなり「君は就職説明会に来たんじゃないのか」と声をかけられたのですが、「いや、僕は4年生だけど、友達を待っているだけです」と答えました。
しかし「とにかく君も時間があれば入りなさい」と言われ、会場に入りました。その方が、はせがわの二代目社長でした。
今でも覚えていますが、はせがわの社長は「就職というのは一体どういうことなのだ」という感じで話を切り出されました。
ただお給料をいただくだけじゃなくて、周りの方々を楽にする、「傍(はた)を楽(らく)にする」ことが「働く」ということなのだと、そういうお話をされました。
まったく他の会社の説明会とは違っていて、私は二十数年間生きてきて、初めて非常に感銘を受けました。この人の下で仕事をしてみたいという思いがふつふつと湧きましたね。
後で調べて、その会社がお仏壇屋さんだということを知りました。お仏壇やお墓に興味があったわけではなく、経営者、トップの人間像にひかれて、はせがわとのご縁がスタートしたわけです。
【ナレーター】
入社後、着実に実績を重ねた新貝は、執行役員、取締役を経て、2021年1月に代表取締役社長に就任した。
当時落ち込んでいた業績の回復を目指すも、新型コロナウイルスが依然として猛威を振るっており、従業員の安全確保の観点から、全店舗の臨時休業を余儀なくされる。危機的状況下で、新貝が着手した施策とは。
【新貝】
コロナによって、お店を全店クローズしました。
私がまずやったのは、全店舗と全営業所150ヶ所を臨店(訪問)することでした。
この仕事の本当の目的とか、「お客様のお役に立つことが、本当の『働く』ということだ」といったことを、今一度お店の方々と共有したかったわけです。
社員やパートさんと、一方的にではなく、お互いに自分の意見を言い合えるような形で、私たちの仕事がどれだけ世のため人のためにお役に立っているのかということをお話しました。
そういったお話をすると社員、パートナーさんの目がものすごく輝きます。人は自分の欲望を満たすことが一番の喜びではなく、人のためにどれだけお役に立てたかということが、やはり究極の喜びじゃないかなというのを感じました。
当たり前と思ったことを当たり前にせず、もう一回原点に戻って、社長として自分の経営に対する思いとともに伝たのが、その後のはせがわにとって良かったのではないかと思いますね。
【ナレーター】
危機を乗り越えたはせがわは、従来のチラシ広告からWeb広告へと積極的に展開。公式アプリはリリースから約2年で登録者数が19万人を突破するなど、着実にシェアを拡大させている。
その理由について、新貝はこう分析する。
【新貝】
はせがわの仕事は「売れればいい」とか、「お客様に買っていただけさえすれば何をやってもいい」というのとは根本的に違います。お客様のために、もしくは亡くなった方のために、販売しているわけです。
だから、仕事の根本的な意義や、この仕事の尊さなどを真剣に考えている社員が多かったからこそ、業界で日本一になれたのではないかと思っています。
お客様がいる時といない時、上司が見ている時と見ていない時がありますが、お役に立ちたいという信念があれば、見られていようがいなかろうが全く同じです。若手時代も会社の経営陣とお話をする機会などがあると、そういったことを肌で感じましたね。