オーマイグラス株式会社 ~通販では難しいと言われてきたメガネのECを成功させた起業家~

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幼少期~大学時代

オーマイグラス株式会社 代表取締役社長 清川 忠康 (2015年10月取材)

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―幼少期~大学時代―

【聞き手】

今やインターネットで何でも買える時代となりますが、まさかメガネまで、ネットで買うことができる時代になったとは、というところで、このメガネの業界にもですね、新風を巻き起こしておられます、今伸び盛りの、オーマイグラス株式会社代表取締役社長清川忠康社長にお話しを伺っていきたいと思います。
それでは社長、よろしくお願い致します。

【清川】

よろしくお願いします。

【聞き手】

非常に面白いビジネスをされてらっしゃるということで、今日はそういったビジネスのコースに至った経緯ですとか、社長の経営や人生についてのお考えなどもお伺いさせていただこうと思っておりますので、よろしくお願い致します。

【清川】

よろしくお願いします。

【聞き手】

お生まれは、東京

【清川】

大阪です。

【聞き手】

大阪ですね。関西っぽさってどうですか。

【清川】

あまり出ないんですよ。高校1年生から東京に1人で出てきましたので、割と東京生活のほうが長いんですよね。なので関西弁はあまり出ないです。

【聞き手】

環境としては、本当にこう周りにいわゆるサラリーマンという人よりは、いわゆる経営者、事業家という人ばかりの中で、お育ちになられたわけですね。

【清川】

そうです。

【聞き手】

小さい頃から、ご自身も、いつか将来はそういう自分も事業家経営者の道を歩みたいなというふうには考えてらっしゃった。

【清川】

そうですね、やはりよく父に言われたのが、「牛のしっぽよりも鳥の頭のほうがいい」ということわざがあるじゃないですか。そのことわざをよく言われたのを覚えていますね。

【聞き手】

将来的にはそういう道を歩んでいくのかなと、漠然と感じて。

【清川】

漠然とはありましたね。

【聞き手】

性格的なところで言うと、どういうお子さんだったんですか。

【清川】

割と、一人っ子だったってこともあって、わがままに育っていたと思います。自己主張も、今でもそうですけど、割とやると決めたらやるっていうのは、昔から今でも変わっていなくてですね。
例えば、高校1年生の時に、東京に1人で行きたいという時も、両親の反対を押し切ってきたこともありますので。

【聞き手】

ご自身の中では、東京に出ようというのは、何かこう、大きな目的があって望まれたことですか。

【清川】

最近、昔から思うことなんですけども、世の中ってただ知っているか知ってないかだけの差で、結果が大きく違うことが多いなと。
そうなると、自らの人生の選択肢を、知らないと選べない、となるじゃないですか。そう考えていた時に、やはりテレビを見ていても、東京の情報がほとんどですし、政治にしても、東京なんですよね。そうなると、大阪にいると、本質的に中心で何が起きているのか掴めないなと思ったんですよね。日本の中心は東京で、そこでまず身を置いてみて、生活することで、自分が知らない世界があるんじゃないかなと、とにかく東京に行かなければならないと思っていました。

【聞き手】

いざ東京に、高校生の頃から出てこられて、いかがでしたか、そのイメージされていた日本の中心の東京は。

【清川】

精一杯だったので、やはり1人で生活をして、もちろん仕送りはしてもらいますけど、部屋掃除して洗濯してとか、食事なんとかして
とか、日々生きることでいっぱいいっぱいでしたね。

【聞き手】

でも学業も、出てこられたからには、ご両親を安心させるような形で、きちんと結果を残していかなければならないっていう。

【清川】

そうですね。

【聞き手】

大変でしたね、そう考えたら。

【清川】

大変でしたね。

【聞き手】

1人で身の回りのことをやりながら勉強もしてっていう。

【清川】

はい。

【聞き手】

そのなかで、進学されたのが、慶應義塾大学。

【清川】

はい、そうです。

【聞き手】

慶応の大学生の頃はどんな感じだったんですか。

【清川】

ずっとスポーツをやっていましたので。

【聞き手】

スポーツは何を。

【清川】

ゴルフをやっていました。

【聞き手】

そうなんですね。
普通に考えれば、4年で、3年時くらいから就職活動どうしようかなっていうふうに、皆さん思われると思うんですが、ご自身の進路に関してはどのようにお考えだったんでしょう。

【清川】

途中までずっと、ゴルフやってましたので、正直深くは考えてなかったんですね。その時に芽生えてきたものとして、アメリカに行きたいっていうのが出てきたんですね。

【聞き手】

大阪から東京に出て、今度は東京からアメリカに行きたいってなったんですね。

【清川】

そうです。それは高校大学生活を通じて、強く感じたこととして、世界の中心はアメリカなんだなと、思ったんですよね。やはりアメリカからきているビジネスも多いし、政治などの影響もアメリカからくるし、すべて連動してますよね。そうすると、東京にいると、世界の最先端の情報であったりとか、世界の仕組みっていうのが掴めないんじゃないかって思って、それでアメリカに行くべきだと思ったんです。

社長プロフィール

President's profile
氏名 清川 忠康
役職 代表取締役社長

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