
1905年に創業した奥野製薬工業株式会社。めっき薬品やアルミニウム用染料などの表面処理薬剤に加えて、ガラスやコーティング材料などの無機材料や食品向け品質改良剤の研究開発を手掛けてきた。家業を継ぎ、代表取締役社長のバトンを受け取った奥野直希氏に、社長就任の経緯や事業・研究における同社の強み、働く魅力についてうかがった。
教育分野から化学の世界へ!心を動かされた家業の歴史と重み
ーー家業を継いだきっかけをお話しいただけますか?
奥野直希:
特段、家業を意識せずに育ったことから、高校卒業後の進路は教育大学を志望しましたが、「化学を学んでほしい」という父の思いを聞き、化学に触れやすい理系コースを選びました。
奥野製薬は2025年4月に創業120周年を迎えます。私は就職活動を始めたタイミングで社史を読み、その歴史の重みを改めて知ることとなります。先代社長である祖父の遺稿から「奥野製薬における世襲制」について考え、家業はいずれ自分が継ぐべきだと認識しました。
ーー社長に就任するまでの経緯についてお聞かせください。
奥野直希:
奥野製薬工業に入社した後は表面処理技術の研究を通して化学の面白さを実感し、各部門の営業や製造にも携わりました。新会社設立のためにアメリカに駐在した3年間は多くの方に助けられ、一人では動かせない「会社の仕組み」と「従業員が安心して働けることの大切さ」を学びました。
2017年に弊社を一時退社して、海外の表面処理薬品メーカーの日本事業部で働いたこともあります。エレクトロニクス分野などのめっき加工を行う大阪の企業で1年間の研修を経て2021年に再入社し、今に至ります。
表面処理・無機材料・食品部門が事業の3本柱、半導体の領域にも注力

ーー事業内容と会社の強みを教えてください。
奥野直希:
弊社の歩みは、工業薬品の小分問屋「奥野藤商店」から始まりました。2代目が、1922年に初めてベーキングパウダーの国産化に成功します。戦後は工業製品市場の成長に着目するようになり、表面処理・無機材料・食品の3部門が事業の柱になりました。
素材の表面に機能を付与する「表面処理」の技術は、自動車部品やプリント基板などの工業製品に使用されています。弊社の強みは、装飾や防食といった汎用めっきだけでなく、半導体などの電子産業関連の分野でも最先端の技術を研究している「対応力の高さ」です。
プラスチックメッキなどに用いる六価クロムという物質は、この先ヨーロッパでの使用規制が強まることから、多くの会社が対策を講じている中、弊社はいち早く六価クロムを用いないプラスチックメッキプロセスを開発しました。本プロセスは国内にとどまらず欧州での採用も進み、手前味噌ではありますが、弊社の環境対応技術は他社より先んじていると言えるでしょう。
食感や日持ちの改良に役立つ食品部門の薬品もバラエティに富んでおり、おいしさと安全性を求めるメーカー様に選ばれています。無機材料部門においては、装飾用ガラスエナメル(商品名:ガラスカラー)で培ったノウハウを活かして、車載部品などの分野向けに自社開発したガラスペーストが、業界トップクラスのシェアを誇るという強みがあります。
ーー半導体分野の注力ポイントもお聞かせください。
奥野直希:
「プロセス」と「設備」の両面から開発に取り組んでいます。設備を導入する決め手となったのは、薬品と設備を同時開発することで「お客様が安心と品質の高さを享受できる」というメリットの大きさです。薬品メーカーが景気の波に左右されやすい設備部門を所有することは、とても勇気のいる決断でした。
結果的には、弊社としても表面処理加工の過程を管理できるメリットがあり、もし不良品が出ても「原因は設備か薬品か」と議論する必要がなく、あらゆる責任に対応可能となりました。
半導体向けメッキ薬として新規開発した「TORYZA(トライザ)」シリーズには、弊社の今の思いを込めました。商品名は、自社ブランドに古くから用いてきた「TOP(トップ)」と、ラテン語で「米(コメ)」を指す「ORYZA(オリザ)」に由来しています。
現代の生活に欠かせない「産業のコメ」と称される半導体、その半導体に関する事業を「奥野製薬のコメにする」という意思の表れは、開発会議に同席した執行役員から起案があり、同会議で決定されました。
社員のモチベーションを持続させる充実の福利厚生と表彰制度

ーー貴社で働く魅力についてお聞かせください。
奥野直希:
育児休暇や時短勤務制度、永年勤続褒章などがあることで、長く働いてくれる社員が多くいます。豊富な福利厚生の中でも好評なのは、全国約20ヶ所に拠点を持つ会員制ホテルと提携した保養所制度です。
活躍が目立った社員を年度末に表彰し、報奨金を授与する取り組みもあります。会議を活発化する施策としての会議室の置き菓子・ドリンクは「社長のおごり」となっています。大阪でスタートした社員食堂やビアパーティーは、全国の支店にも広げたい取り組みですね。
社内では新築の独身寮も話題です。奨学金を借りて進学し、研究員を目指している学生など、有能な方に入社してもらうためにもきれいな寮を用意するべきだと考えました。特技を伸ばせる専門職制度や語学サポート、アジアやアメリカの海外事業所で働くチャンスもあります。転勤は希望制で、ライフスタイルに合わせて働き方を選べることが魅力です。
ーー求める人物像や社風を教えていただけますか。
奥野直希:
新しいチャレンジに前向きな方は大歓迎です。営業・経理・研究部門および、海外で活躍できる人材を幅広く募集していますが、どの職種も基本的なコミュニケーションが取れることが大切です。
「社員がより幸せになれる会社」を目指し、今年は「心理的安全性」と「家族的経営」をキーワードとしています。安心して言いたいことが言える環境を作り、「社員は家族である」という考えのもと、困っている時は助け合い、嬉しい時は一緒に喜ぶ家族的経営を体現していきたいと思います。
「表面処理薬品といえば奥野製薬」と言われる存在を目指して
ーー今後の展望をお聞かせください。
奥野直希:
過去の延長線上ではなく、常にトライする方針の一環として、口臭予防やアルコールの分解を助けるグミを開発してきました。今後は新事業推進を担うグループ会社の株式会社FBイノベーションでグミを販売し、BtoCを強化していくほか、食品部門の海外展開も進めていく予定です。
「2025年度中に売上高400億円達成」という目標に向けて、表面処理業界で存在感を高めるためにも、インターネット上や展示会での情報発信は欠かせません。人財や市場に対して広い視野と考え方を持ち、「本当の意味でのグローバル展開」を実現したいと思います。
編集後記
「ほんとうに愛される製品をつくり、みんなに愛される人になれ」という社是に違わず、開発の背景や福利厚生に「愛」があふれている奥野製薬工業株式会社。いくら社員が胸を張れる会社だとしても「発信しなければ誰にも届かない」と考え、ホームページのみならずSNSやYouTubeも活用している。設備導入により開発製造の全プロセスを担う決断を含め、新しいチャレンジへの果敢な姿勢に脱帽だ。

奥野直希/1983年、兵庫県生まれ。2006年、国立大学法人大阪教育大学を卒業。小学校教諭を経て、2009年に奥野製薬工業株式会社に入社。表面技術研究部からキャリアをスタートし、表面処理営業部、国際部を経験。2012年、新会社設立のため米国に赴任。帰任後、2021年に執行役員新事業推進部長、2022年に取締役管理本部長、2023年に代表取締役副社長を歴任。2024年、代表取締役社長に就任。