株式会社イエローハット ~業界No.1の利益を誇る「イエローハット」快進撃の秘密~

株式会社イエローハット  代表取締役社長 堀江 康生  (2020年8月取材)

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【ナレーター】
多くのメーカーがひしめく自動車大国、日本。

「自動車離れ」がまことしやかに囁かれる中でも、乗用車の保有台数は直近10年間で増加傾向にあり、2020年に起こった新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、その価値観が見直されつつある。

そんな中、より安全・快適な移動を支援するタイヤ・カー用品を主に取り扱い、整備事業も手掛け、縮小傾向にある業界の中でも成長を加速させている企業がある。株式会社イエローハットだ。

黄色い帽子がトレードマークの同社は「思いやりの心を磨き、関わる人すべてに喜びと感動を与える」を企業理念に掲げ、2020年3月時点で国内外に741店舗を展開。

ECの台頭や業界の衰退といった逆風の中でも成長を続け、2018年3月期より3期連続で増収増益を達成。業界最大手企業としてその存在感を際立たせている。

そんなイエローハットも、2008年には極度の経営不振に陥っていた。その立て直しを任され、業績をV字回復させた後、業界No.1の利益を誇る企業へ導いたのが、現代表取締役社長の堀江康生氏だ。

経営不振と市場縮小という逆境をどのように成長へ変えたのか。その秘訣に迫る。

【ナレーター】
1976年に、イエローハットの前身である株式会社ローヤルに中途入社した堀江。

当時は二次問屋で小規模だったこともあり、その立場上悔しい思いをすることも少なくなかったという。

【堀江】
前の社名はローヤルというのですが、注文を出すと「なんだ、ローヤルはこれだけしか買えないのか」と、買っているにも関わらず文句を言われたり、馬鹿にされたりしました。

一次問屋と二次問屋で違うので、買う量も少ないわけですよね。それが入社以来しばらく続いていましたね。会社は伸びてきましたが、ハンデを負いながら仕事をしてきました。

きついという程ではありませんでしたが、「今に見てろ」と思うことが多かったですね。メーカーから直接買うと当然安いのですが、納入が少ない所には直接取引はないわけですよね。

その後、会社の規模が上がってくるとぽつりぽつりと直接取引をすることが出てきて、次第に優位的な商売ができるようになっていきました。その後はずっとその繰り返しでしたね。

【ナレーター】
成長が軌道に乗る中で、唯一辛いと感じたエピソードとは。

【堀江】
一回だけ辛いと思ったのが、商品を納入しても相手が倒産することが多かったんです。実際倒産したらお金や商品を取りに行かなくてはならない。

でもそれは全然苦痛ではないんですよ。ただ個人の家に催促しに行ったときに、中学生の女の子がボロボロの服着て出てきて、「お父さんお母さんまだ帰ってないよ」とか言われ、あの時はもう辛かったです。それだけでした。

【ナレーター】
その後、イエローハットは100店舗近くまで店舗数を伸ばし、会社の株式を証券会社で売買できるようにする「店頭公開」の準備を進めていたが、当時の本社の管理体制に問題があり、難航。

そこで仙台拠点で管理業務を行なっていた堀江に白羽の矢が立った。

【堀江】
証券会社も監査法人も含めて「これはあかんわ」となりました。これでは店頭公開できませんという話の中で、どうすればいいのか鍵山さん(前社長)に聞いたときに、「仙台にいる堀江さんを呼んでくれ」と。

それで鍵山さんから仙台に電話が来て「すぐ来なさい」ということで、店頭公開のために東京に移ってきたんです。店頭公開をした後は、2部上場、1部上場をやってとそういう順番です。

実はそろそろ呼ばれるんじゃないかなという雰囲気はあったんです。当時いた仙台拠点の問題の整理が終わったんですね。やっと楽できるなと思っていたんですが、嫌な予感が当たって呼ばれたってことですね。

【ナレーター】
当時多くの競合他社がいる中で生き残れた要因として、堀江は次のように語る。

【堀江】
その当時でいうと僕はトップ(社長)の考え方だと思いますね。

前社長の鍵山さんは、会社のお金は使わないようにされていましたからね。世間一般的に人格は素晴らしい人で、他の企業の問屋さんのトップはそうじゃなかったんですね。そこの違いだと思います。

他社も売上は上がっていたから、みんなそれなりのやる気はあったと思いますよ。そこのちょっとした違いですね。僅かな違いだと思います。それがやっぱり年数が経つと開いてくるんでしょうね。

【ナレーター】
入社後間もない頃から当時の社長であり、創業者の鍵山秀三郎氏と接点を持っていたと語る堀江。知られざるエピソードに迫った。

【堀江】
名古屋で寮に住んでいたんですが、その寮に鍵山さんが泊まりに来るんですよ。当時「なぜ寮に止まるんですか」と聞いたところ、社員と話をしたい、実態を知りたいから食事を一緒にとって社員と寝ると言うんですよ。

ともかく私の部屋にしかきませんでした。寝るのはいつも私の部屋です。そして夜、必ず本を読むんですよね。何時になっても本を読んでいるんです。ですので、いつ電気を消していいか分からないわけですよね。

向こうが本を読み終わったら「早く終われ」と言われるだけなんですが、僕が本を読み終わったら逆に本人には言いづらいし、どのタイミングで「そろそろ社長…」どうのこうのと言うのか、その辺は難しかったですね。大変でしたよ。

【ナレーター】
その後、堀江は、当時問題があったイエローハットの管理体制を次々と改善。その中で最も思い出深かった仕事とは。

【堀江】
当時の社長に「子会社をつくりたい」と直訴しました。私が社長兼任でやりますからと「愛媛イエローハット」というのを一から立ち上げてつくったんです。

結局直営店でやるから目が届かなくなるのですが、愛媛イエローハットや四国イエローハットなど子会社化することで目が届くようになります。

そうすると現地の人や社長との人間関係が割とスムーズにいくし、それから給料も東京に比べて安いんですよ。直営で東京の給料だと2~3割アップします。

有給も地方と東京とで考え方が全然違います。あとちょっとしたことで残業だ、なんだかんだと言われますが、田舎だと残業の話もありません。その代わり転勤がないとか通勤が楽とか家から通えるとか別のプラスがあります。

ですから人間関係もそうですが、ある程度の「塊」にすると人間関係がうまくいって離職率が少なくなる。そういうメリットがあるから子会社をつくっていったんですね。

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社長プロフィール

President's profile
氏名 堀江 康生
役職 代表取締役社長
生年月日 1952年1月27日
略歴 1976年 10月 当社入社
1997年 6月 取締役 営業管理部長
2000年 10月 取締役 営業副本部長 兼 営業管理部長
2001年 6月 常務取締役 営業本部長 兼 営業管理部長
2008年 6月 常務取締役
2008年 9月 代表取締役
2008年 10月 代表取締役社長(現任)
出身地 京都府
座右の銘 「もっと感動、もっとしあわせ」※
※人生は限られています。意外と残された時間は短いものです。「何にでも興味を 持って(感動する心を持って)、人生をもっと楽しく、もっとおもしろく、そし てもっとしあわせに過ごす」という考え方で生きています。その中で、特にカー ライフ(ドライブ)を通じて、「みんなで感動としあわせを創りだそう」という 想いです。
愛読書 百田尚樹 作品(海賊と呼ばれた男、カエルの楽園、モンスター、鋼のメンタル、etc)

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