株式会社ラウンドワン ~年間6000万人の来場者を誇る『ラウンドワン』知られざる成長の裏側~

株式会社ラウンドワン   代表取締役社長 杉野 公彦   (2020年10月取材)

Chapter

[もっとみる]

【ナレーター】
ライフスタイルや趣味嗜好の多様化、技術の発展により、様々なコンテンツが目まぐるしく誕生する現代。数多くの選択肢の中から選んでもらうためには、コンテンツ提供者がいかにユーザーの目に留めてもらえるための創意工夫を凝らせるかが、重要となる。

そんな中、ボウリングやゲームセンター、カラオケ、スポーツコーナー等を併設した屋内型複合レジャー施設を展開し、老若男女問わず楽しめる娯楽の場を提供し続けている企業がある。株式会社ラウンドワンだ。

様々な種類のアミューズメントを1つの施設で楽しめる『ラウンドワン』は、あらゆる年齢層へのアプローチを実現。2020年10月時点で、国内103店舗のみならず、“日本の楽しい“を“世界の楽しい”へを合言葉に、北米を中心に海外にも43店舗を展開している。

近年では、他店舗のボウリングエリアやカラオケルームをライブ映像でつなぐ双方向サービス『ROUND1 LIVE』の提供を開始するなど、新型コロナウイルス感染症の影響が続くレジャー業界を変革させるべく、挑戦を続けている。

多くの苦難を乗り越え、誰もが楽しめるエンターテインメント空間を創り続ける経営者が語る、成長の裏側とは。

【ナレーター】
父親がローラースケート場を経営しており、学生時代にその手伝いにしばしば駆り出されたと語る杉野。しかし、業績は芳しくなく、立ち上げから1年半で存続の危機に瀕することとなる。

兼ねてから事業の可能性を見出していた杉野は、店を閉めようという父親に対して「やり方次第ではまだ可能性はある」と何度も進言をしていたという。

【杉野】
どうしたら流行るだろう、どんなレベルになれば収支が見合うだろうと、本当に基礎的なことですが、どの程度のお客様が入りどのような形になれば収支として成り立つんだろうというようなことをずっと考えていました。

そして父親に、こういう形でやれば儲かると思う、お客さんも来ると思うと考えを伝えたのです。

要は単品だとダメだということですよね。やはり学生というのは群れるわけです。当時は、連絡手段も何もなくて、明日や一週間後の週末にどこに行こうかとなった場合、場所も時間も全て事前に決めておかないといけませんでした。

さらに複数人で会おうとするのは大変なことですから前もって決めるのです。するとどこに行くかがなかなか決まらず、結局まとまりやすい所に行こうとなるわけです。

そうであれば、グループで目的地に行ってできることが5アイテム6アイテムと複数あれば、とりあえず行くかと思ってもらえる。そのニーズを満たすためにラウンドワンはスタートしたわけです。

【ナレーター】
ローラースケート場からの業態転換について、過去にボウリング場の経営で辛酸を嘗めた経験から大反対されるも、黒字化の根拠を示し、何とか父親を説得させた杉野。

当時の父親の心境について、次のように推察する。

【杉野】
ローラースケート場を完全にたたむことは、父親としてもやはりつらかったはずです。

もう少しやり方があるのではないかとも当然考えられるし、それの延長上で今のラウンドワンをつくったわけですからね。

一番に商売ですから、少しでも赤字を減らし、できれば黒字になるのなら、私の話の通りやってみようという、ぎりぎりの判断を当時父親はしていたのだと思います。

【ナレーター】
そして1994年にラウンドワンの1号店を大阪府にオープン。当時行っていた集客施策と楽しむための環境づくりとは。

【杉野】
一つは、高校や大学、中学校に行き、校門の前でビラ配りをしたことです。コピーを刷って、自分たちで切って、私とアルバイトでペアになって、毎日配りに行きました。もう一つは深夜営業ですね。毎年1時間ずつ営業時間を延ばしました。

当然延ばせば延ばすほど、お客様は必ず増えるわけです。ただ、やはり当時はいわゆるヤンキーといわれる人も結構多くて、それなりのトラブルもあったわけですね。

店をオープンする前には、近隣の住民のご不安に対し色々な説明会を何度も開いて、自分たちがトラブルに対して必ずコミットしますということを伝えます。

でもお客様は若いし元気があるし、トラブルは必ずあるわけです。でもそれを見て見ぬふりをしない。必ず解決していくという姿勢をずっと繰り返し繰り返しみせてきました。

ラウンドワンのハウスルールをお客様にお守りいただくという姿勢をずっと貫いてきたからこそ、子供同士でもグループ同士でカップルでも来てもらえる。

カップルが夜に来るということは、安心して来ていただける環境をつくってきたということだと思います。

【ナレーター】
順調に成長してきたラウンドワンだが、その一方で経営者として難しい決断に迫られていたことも少なくなかったという。当時のエピソードとその決断ができた背景に迫った。

杉野:
2000年にもう一本の柱を作ろうとして、共通ポイント事業、今の T ポイントの走りのようなことをやり始めました。エクイティファイナンスで得た資金もあったので大きな借金ではなかったのですが、大きな損失ですよね。

当時まだ経常利益が20億ほどでしたので、このままやめたら70億くらいの損失が出る状況でした。結果的に、特に金融機関からのアドバイスもあり長引かせても仕方がないと決断し、もう少しで黒字化できたのにやめるという判断をしたこともありました。

その後、リーマン・ショックに続き東日本大震災がありました。

一夜のうちに会計基準が変わり、これは連結でないと困る、自分たちの借金にしてくれるなら金融機関は大いに結構だと言われ、結果的に自分たちの借金で全部の土地建物を全て買うことになりました。

突然2000億近い借金を抱えてしまって、これは大変でしたね。

2期4年や3期6年ほどで社長交代するような会社であれば、そんな大きなマイナスを4年5年続けて出さないといけないような状態を続けることは、おそらくトップとして決断できなかったと思います。

私はたまたま任期の決まっている立場ではないトップだったので決断をして、まずは借金返そうとしました。そしてもう一度原点に戻そうと、4年間ほど非常に大きな赤字を出して借金を返していきました。

1 2 >

社長プロフィール

President's profile
氏名 杉野 公彦
役職 代表取締役社長
生年月日 1960年9月20日
略歴 桃山学院大学在学中に父親からローラースケート場を引き継ぎ、 現在の経営の元となる複合形態の店舗へ改装し、ラウンドワンとして営業を開始。

1980年12月 杉野興産株式会社を設立。
1984年3月 経済学部 経済学科 卒業。
1993年3月 株式会社ラウンドワンを設立。
1997年8月 大証二部へ上場。
1999年9月 東証一部へ上場。
2010年8月 海外1号店としてアメリカ・ロサンゼルスでも出店。
出身地 大阪府
座右の銘 為せば成る

あなたにおすすめのコンテンツ

この社長に応援メッセージを送る
この社長に直接提案