
長引くコロナ禍を経て活力を取り戻しつつある日本の外食産業は、今まさに変革期を迎えている。顧客のニーズが多様化し、さらにインバウンド需要も高まる中で、各企業は新たな価値提供と持続可能な成長モデルの確立を迫られている。
このような背景のもと、神奈川県を中心に10業態20店舗を展開する株式会社エイトは、独自の経営哲学と現場主導の取り組みによって、時代の変化に柔軟に対応し、業界内で際立つ存在となっている。同社は、社員一人ひとりの「笑顔」と「成長」を追求することを企業理念の根幹に据え、それによってスタッフが自ら考え行動し、顧客にとって満足度の高いサービスを生み出している。その独自の経営哲学と未来への展望について、代表取締役の近藤一美氏にうかがった。
挑戦と学びが育む、現場を輝かせる経営哲学
ーー近藤社長のこれまでのキャリアと、特に苦労された時期について教えてください。
近藤一美:
幼い頃から母親が営む飲食店が好きで、大人になったらこのお店で働きたいと強く思っていました。迷うことなく母が経営するエイトに入社しましたが、社長の娘という立場もあって苦労も多く、18歳で入社後、特に20代前半は試行錯誤の連続でしたね。
一度退職し、「牛角」などを展開する株式会社レインズインターナショナル系列の高級店に入社。自分の会社しか知らなかった私にとって、異なる環境で働くことがとても勉強になりました。そしてそこで得た知識をエイトに活かしたいと、復帰を決意しました。
ーー他社での学びを経て貴社に戻られた後、どのような経営改革に取り組まれたのでしょうか?
近藤一美:
復帰後はまず、企業理念を策定しました。「私達は感謝の床に立ち、魂の込もった場創りであふれる笑顔を∞(無限)に追求します」というものです。また、「エイト=8」を横にした無限大のマークを会社のロゴにしました。
また、この理念を基盤にスタッフが瞬時に行動できるよう「クレドカード」を作成し、人事・評価制度も可視化して、頑張りが正しく評価される仕組みを整備しました。これらは、現場スタッフが自信を持ってお客様と向き合える環境づくりに最も重要だと考えています。
ーー企業理念は、現場でどのように体現されているのでしょうか?
近藤一美:
以前はカリスマ創業者である母の意見が強い時期もありましたが、今はみんなが自ら考えて行動しています。たとえば、毎月のメニューや高級店のコースは幹部会議ではなく、現場スタッフが農家直送の自然栽培食材を見て考案しています。また、お客様に喜ばれるアイデアは、誰の発言でも積極的に採用する文化があり、鎌倉の「和彩 八倉」で大ヒットした「しらすのさつま揚げ」も、社員のアイデアから生まれました。
ーー貴社の業態展開について教えてください。
近藤一美:
現在、鉄板焼き、お好み焼き、焼き鳥、ラーメン、天ぷら、フレンチ、しらす丼、アイスなど、10業態20店舗を展開しています。
たとえば、20年以上前にオープンした家系ラーメン「壱八家」は、女性1人でも気軽に入れるよう、内装にこだわったり、臭みのないスープを開発するなど、細部まで配慮しました。
また、スープは、濃縮スープではなく水と豚骨ガラから朝から毎日丁寧に炊き出し、その瞬間のフレッシュな豚骨スープを提供していますが、全店舗で常に質の高い味を維持するため、独自の「マイスター制度」を導入しています。これは、麺の硬さや温度、スープの濃度など厳格な基準を設け、これらをクリアすることで「シングルスター」から最高位の「マイスター」へと段階的に認定される仕組みです。
高級店では、熊本の「走る豚」や自然栽培野菜など、日本全国から厳選食材を仕入れており、弊社の天ぷら店は、ミシュランガイドに掲載され「食べログ百名店」にも選出されています。
社員の夢と地域をつなぎ、世界へ広がる挑戦の舞台

ーー社員の夢を叶える「社内独立制度」について詳しくお聞かせください。
近藤一美:
飲食業界には「いつか独立したい」という夢を持つスタッフが一定数いると感じています。その夢を叶えるため、弊社では「社内独立制度」という業務委託契約を導入しました。
投資や信用などハードルが高い飲食店経営において、1店舗目の独立を支援することで、安心して夢に挑戦できる環境を提供することを目的とし、具体的には、会社が店舗の契約・準備を全て行い、独立を目指す社員が運営を担います。現在ラーメン店3名、焼き鳥店1名の計4名がこの制度を活用し、社長として活躍しており、今後も他業態での展開を目指す予定です。
ーーその他、貴社ならではの取り組みについて教えてください。
近藤一美:
東戸塚と共に成長してきた弊社は、地域密着への思いが強く、町や駅の発展に貢献してきました。東戸塚や鎌倉などの町づくり会議や商店街の会に積極的に参加し、地域とのつながりを大切にしています。私たちの店だけでなく、地域全体が「住みたい」「訪れたい」と思える魅力的な町づくりに貢献したいですね。
特に、フレンチレストラン「久右衛門邸」は、実家に残る築180年の古民家を再生しており、福祉就労支援施設も兼ねています。ここでは障害のある方々がホテル勤務などを目指し、畑で自然栽培の野菜を育て、レストランで提供したり、収穫した野菜でメンマをつくりラーメン店で提供するなど、地域・福祉・食を結ぶ活動も展開しています。
ーー今後の事業展開について、お聞かせいただけますか。
近藤一美:
まずは現在の店舗の質をさらに高め、お客様に弊社の店舗に足を運びたいと感じていただけるような体験型サービスを強化します。その上で、社員も希望している海外展開も視野に入れています。
過去にあったドバイ出店・撤退の苦い経験から、「本物の日本のおもてなしとおいしい日本食」を世界に提供したい思いは一層強くなりました。中東はイスラム教の戒律が厳しく、競合が少ないことからチャンスがあり、また高級店ニーズも高いため、ドバイやアブダビへの再挑戦に非常に興味があります。
海外経験のある娘の入社を機に、今後はインバウンド対策や海外サイトでの情報発信を強化し、海外のお客様へのアプローチも進めます。将来的には、日本で働いた東南アジアのスタッフが自国でラーメン店を開業する際、弊社のノウハウで支援することも考えています。
ーー最後に、外食産業で働くことの魅力や、読者へのメッセージをお願いします。
近藤一美:
外食産業は「人に喜んでもらいたい」という気持ちを持つ人が集まる業界だと感じており、料理人としてミシュランの星獲得を目指したり、サービスを追求してソムリエになったり、独立したりと、多様なキャリアパスが存在します。特に日本食は今、世界中で高く評価されており、海外からのお客様も非常に多く訪れます。
私がドバイにいた際、「ジャパニーズ」というだけで尊敬されることに驚きました。これは、先人たちが築いてきた日本の信頼と、日本人の丁寧な仕事、手先が器用なことによる仕事の繊細さがあるからこそです。外食産業には、そのような世界的なチャンスをつかむことができる面白さがあります。弊社は10業態を展開しており、さまざまなことにチャレンジでき、お客様に喜んでいただくアイデアは積極的に採用する文化です。いろいろなことに挑戦したいと考えている方には、とても良い環境だと思います。
編集後記
近藤社長の言葉からは、外食産業の原点である「人に喜んでもらうこと」への信念と、現場の社員への深い愛情が強く伝わってきた。他社での経験を経て築かれた「現場主義」と「社員の成長を支える仕組み」により、社員のアイデアが活かされ、地域貢献や海外挑戦へとつながっている。日本の「おもてなし」と「本物の日本食」を世界に広げたいという情熱を抱き、社員の成長と共に、エイトの挑戦はこれからも続いていくだろう。

近藤一美/1973年、神奈川県生まれ。1980年、飲食店を経営する母親が株式会社エイトを設立。高校卒業と同時に入社するが、27歳のとき他社に転職。翌年、エイトに復帰し、2002年、代表取締役に就任する。