株式会社ビケンテクノ ~清掃、警備、設備管理などの総合ビルメンテナンス企業。介護ビジネスにも参入~

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歴史

株式会社ビケンテクノ 代表取締役社長 梶山 龍誠 (2013年3月取材)

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歴史

【梶山】

父親であります梶山 高志現会長が学生時代の下宿仲間と作った会社なんですね。最初は大阪市内のトイレ掃除の仕事からスタートしたと。ある時にですね、ビルの共用部でポリッシャーを回しているおじさんがいて尋ねたところ、ビルメンテナンスという仕事だと。それをきっかけにその人にやり方を教えてもらって、事業内容の中に清掃管理の仕事を取り入れたと。

ターニングポイントになったのは、JRA日本中央競馬会ですね。直営で清掃管理をしていたのですが、組合問題で困っておられて、そこをアウトソーシングで受注したのがまず最初のきっかけです。その後、大阪万博がありまして、その時にアメリカ館のメンテナンスを担当しまして、大きなテントの中で月の石とかを展示する大阪万博の中では目玉のパビリオンだったんですよ。そこでたくさんの人手が必要でして、第一段階が競馬場の施設の清掃管理を受注していたスタッフを、平日バスでピストン輸送しながら、泡を噴霧するような技術をアメリカから事前に持ってきていてですね、新しい技術とたくさんの人で一気に会場をきれいにすると。大成功を収めてアメリカ大使から「よくやってくれた」と感謝状と「なにか私にできることはないか」と。(それが)空港系の仕事です。

これからは飛行機の時代だと。伊丹空港と羽田空港の仕事をやるきっかけとなったと。機内食もケータリング会社から皿洗いの仕事を受注して、それが今のサニテーションという食品工場の衛生管理部門に発展しているんですけども。そういうきっかけで東京進出と、徐々に高度成長の波に乗りまして、建物もたくさんできますし、経済もどんどん上がっていく中で発展していったということです。

【梶山】

私は4人兄弟の次男でございまして、高校に入ってからアメリカンフットボールをやっていて、トッププレイヤーになりたいと。それを達成するためには東京に行くしかないと。常勝軍団になっている日本大学のフェニックスというチームにですね、当初は大変苦労していたんですけど、2年生からレギュラーになれました。ラッキーにも全日本3連覇ができたと。そこでの経験が非常に今の私のベースになっているんですけども。篠竹 幹夫さんという当時の監督から、4年間住み込みで厳しい中にも愛情たっぷりに指導をいただいたおかげで就職する際はいくつかの企業から「アメリカンフットボールで来てくれ」というお誘いがありまして、せっかく行くのであれば銀行に行った方が後々のためになるだろうと考え、三和銀行に就職しました。

家で会社を経営しているということは知っておりましたので、事業の発展に役立てるスキルを自分も身に付けたいなと思っていましたし、銀行で4年勤めまして、平成7年、その年に上場するということで会長から話があったので、父親の下、修行をさせていただくことになりました。いずれは引き継ぐときがはくるのだろうと思っていましたので、あまり構えていたという部分はないですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 梶山 龍誠
役職 代表取締役社長
生年月日 1968/7/26
出身地 大阪府豊中市
出身校 日本大学
座右の銘 尊重すべきは愛情と情熱
愛読書 海辺のカフカ 村上春樹

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