株式会社串カツ田中 ~苦難を乗り越え躍進を続ける串カツ屋の“夢実現”の手引き~

Vol.1 未知の業界でのリスタート

株式会社串カツ田中 代表取締役社長 貫 啓二 (2016年10月取材)

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―未知の業界でのリスタート―

【貫】

うちの父親が町工場の工員のようなことをやっていましたので、勉強して良い大学に入って大きい会社に入ることが世の中の幸せなんだというような、そういった教育は受けてまりいましたので。なんとなく、それは小さい時から言われていて刷り込まれていて、私の兄は大阪府警に入って、私は郵便局とトヨタグループと両方に受かって、トヨタグループの方に行ったという感じですね。

趣味で土日にパーティーを100人くらいで開いたりとか、100人くらいバーベキューに連れて行ったりとか、社会人サークル的な感じでやっていまして。トヨタだと大企業なので、僕がやる仕事はデザインするわけでも車を組み立てるわけでも販売するわけでもなくて、トヨタのグループの中で一応は良い車を作ってお客さんに満足して頂くというミッションの中で、一つの小さい仕事をやっていたという感じなんですが、そのイベントの方は企画から全部やっていくので。リピートして頂くのも自分次第という感じで、それが非常に楽しくて。これが一生涯の仕事になればということで独立意識が芽生えていく感じですね。

そのイベントがどっちかというとサービス業だったので、一番近いのが飲食業で。料理は出来ないので、ショットバーだったら誰でも出来るかなという安易な発想でやりました。

飲食で一回も働いたことが無いので、初めてやるショットバーで差別感も何があるかということもそんなに考えずに、店開けたら入るんだろうくらいに思っているんですね。オープンさせましたが、家賃が坪2万くらいするので結構なので、それなりにちゃんとした店という感じなんですよね。今から言えば相当危ない商売でしたね。

一日に売上がショットバーをオープンして1万5千円くらいしか売れないので、家賃が1日1万円しますから、ほぼ赤字ですよね。だから、週末にイベントの時の絡みでたくさん人を入れて、週末だけで売り上げを立てていて、平日は本当に経費を出すだけという感じでしたね。トヨタの時は年間休日が130日をたしか超えていたので、それがゼロになって、給料は半分くらいになりましたから、本当に大丈夫かなということしか無かったですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 貫 啓二
役職 代表取締役社長
生年月日 1971/1/27

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