株式会社串カツ田中 ~苦難を乗り越え躍進を続ける串カツ屋の“夢実現”の手引き~

Vol.2 思い描いた夢と実現するための苦労

株式会社串カツ田中 代表取締役社長 貫 啓二 (2016年10月取材)

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―思い描いた夢と実現するための苦労―

【貫】

一ヶ月くらいで今の副社長の田中がアルバイト第一号で入って来まして。その副社長の田中が、あれが駄目だ、これが駄目だ、こういう計画を立てていかないといけないと結構言われまして、そこからですね。どんどんネガティブではないですが、大丈夫かなという不安から目標の方が大きくなっていった感じですかね。

田中が最初に入ってきたイメージは、どこかのショットバーで修行されて、満を持しての独立と勝手に思い込んで来たみたいですが、暇な時に話していたら、脱サラで、飲食で働いたことが無い、と。その時は、僕はお酒が一滴も飲めなくて、ショットバーなのに。大丈夫かというようなところから、将来どういう計画があるのか、というような。あんまり考えて無いと言ったら、文字起こししようみたいな、紙に書かないと絶対叶わないから、理想像はしっかりと紙に日付を書いていこうということを言われまして。それから目標を一緒に立てたことは覚えていますが、そんな感じですかね。その時にちゃんと目標を設定して、それに向かうという行動をし始めた感じですね。

目標をノートに書いていって実現してきたという思いがあるので、株式会社串カツ田中の前の名前は株式会社ノートという名前でやっていたのは、それを取ってやっていましたが。

今ではあたり前に言う事業計画というところ、それはもう本当に事業計画とは言えないようなものでしたが、やはり計画を立てるとそれに対してトライアンドエラーしながらターゲットに向かうので、なんとなく仕事をしていたらなんとなくでしか、頑張っているつもりとか、何に頑張っているのと言われてもよく分からない状態になると思うので、しっかりとターゲットを決めるということは大事かなと思いますね。

本当にメモ書きで何年の何月までに貯金をいくらにするとか、個人経営なので貯金という感じでしたが、いくらにするとか、物件をこの辺から探し出すとか、いつまでに資金調達をするとか。二店舗目が結構大きい目標を立てまして。たしかショットバーをオープンして二年半後くらいの設定で、資金を6000万円用意して、デザイナーズレストランを堀江という心斎橋で一番人気のあるエリアに立てるという目標を立てたので、結構ハードでした。

田中がその時にトップのデザイナーと知り合ったということで連れて来てくれて、このデザイナーに頼めたらなと言っても僕らみたいなのは頼めないだろうなと思いましたが、出会ったから連れて来るということで連れて来て。うちのバーを見た時に、この人、金あるのかなと思ったと言っていましたからね、デザイナーさんが。確実にデザイナーさんと知り合い、店舗も探し出して、資金調達も色々と動いてやりまして。

店自体は上手くいっていましたが、財務整理とかを知らないまま大きいお店に入っていったので、もう常にお金は無いし、ずっと現場にいる状態というのは変わりませんでしたね。

ショットバーも半年くらいでそのデザイナーさんに頼んでリニューアルをしまして。その時はリース会社に全部借りたのかな、そんなことで。売り上げは上がっても利益は全部借金の返済という感じで、売り上げが下がったら一発でアウトという感じですごく苦しかったですね。

デザイナーズレストランで和の焼酎とか、焼酎ブームが来る前に焼酎に手を付けたこともあって一気にその勢いに乗っていきまして。良かったは良かったのですが、ブームに乗っかったとか、デザイナーさん頼りとかに乗っかっていった方なので、堀江がすごく流行っている時に堀江の一等地に出していたので、ブーム頼りみたいなところがありまして。やりながら1年もしないうちに10年、20年と食べ継がれる店にはならないなということに気付いてしまったんですよ。大借金していますから、少し危ないな、と。自分らの生涯をかけた商売にならない気がどうしてもして。一生涯、10年、20年、30年と食べ継がれるような店にしないと駄目だということに気付いたのがちょうどその頃、13、14年前くらいですかね。

田中と、僕らの店は10年、20年、30年ということを絶対にコンセプトとしてやろうということをその時に決めたことを覚えていますけど。そこから、経営がそこまで落ち着いていないのに、今度は東京に進出ということで東京に行くんですが、その時に京懐石で出ていますが、本当は、田中は串カツでいきたいということを言っておりまして。家に死んだお父さんがやってくれた時のメモ書きがあって、大阪の西成出身なので、近所で美味しいレシピを聞いてきたというようなメモだと思いますが、そのメモがあるから探すということで探しましたが見当たらなくて、じゃあ自分達でレシピ開発するかということで、自分達でやりましたが全然上手くいかなくて。あんなに簡単そうに見えて全然味が決まらない。田中は本当に串カツが好きでよく食べに行っておりましたから、納得出来るものにならないとやりたくない。東京に進出するということで、少し高級な京懐石で。それは僕の提案でしたが、やることになりまして。それも表参道なので5000万円くらいかかってしまいまして、大変でした。

社長プロフィール

President's profile
氏名 貫 啓二
役職 代表取締役社長
生年月日 1971/1/27

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