株式会社アイビスは、主にスマートフォン向けのアプリ開発を行うベンチャー企業だ。
受託開発のほか、自社製品の開発・配信も積極的に行っており、なかでも2011年にリリースした、絵を描く楽しさを共有できるソーシャルお絵描きアプリ『ibisPaint(アイビスペイント)』は、3,500万ダウンロードを達成し息の長いヒットを続けている(2019年5月時点)。
創業者の一人である代表取締役社長・神谷栄治氏は、大学時代には日本初の日本語FTPソフト『小次郎』を開発・販売した経験を持ち、今もなお最前線で技術開発を続けている経営者だ。
Windows95やiモードの誕生、スマートフォンの普及といった激変するITの世界に常に向き合い、高度な技術力をもって加速度的に成長している株式会社アイビス。同社が目指す今後の展開について、神谷社長に伺った。
人生を変えたインターネット時代の到来
-神谷社長は20代で起業されていますが、いつ頃から経営者を志そうとお考えだったのですか?
神谷 栄治:
起業を意識したのは18歳のときです。コンピューターには小学3年生のときに初めて触れたのですが、毎日夢中になって画面に向き合っていました。
ゲームの創作もよくしました。当時のコンピューターはアルファベットしか使えず、計算処理速度も遅くて、スペックは今とは比較にならないものでしたが、それでも可能な範囲でゲームは必ず創れることを学びました。
コンピューターには中学・高校と親しみ続け、ソフトウェア開発を自分の仕事にしたいという思いが強くなっていったのです。
-学生時代にソフトウェア開発・販売をされていますが、起業を見据えてのご経験だったのでしょうか。
神谷 栄治:
インターネット時代の幕開けに刺激を受けたことが大きかったですね。
大学在学中の1995年末にWindows95が発売され大ヒットし、中小企業や家庭にもパソコンが普及し始めました。
同時期にはインターネットプロバイダが商用解禁され、今まで一部の人しかつなげなかったインターネットが一般に開放されました。
私は大学でインターネットが使える環境にありましたが、コンピューターの普及とWebの誕生は非常に衝撃的でした。
HTMLで記述するだけで簡単に世界に向けて配信できることに、「これからは誰もが情報を発信できる時代が来る」と感じました。
それで、インターネットプロバイダのサーバにファイルを送受信する日本語FTPソフトを国内で初めて開発したのです。これにより、起業資金を用意することができました。
起業のきっかけは携帯電話用ゲームサイト
-大学卒業後すぐに会社を立ち上げられたのですか?
神谷 栄治:
いえ、2年間は社会勉強をしようと思い、CADのベンチャー企業に就職しました。社会人としてのマナーや顧客との接し方、会社組織の仕組みを知ることができましたね。
そしてその2年が終わるころ、携帯電話がインターネットにつながるiモードが登場したのです。
すでに多くのプログラミングを経験していた私は、趣味で携帯電話用のゲームサイトをつくり、公開しました。するとすぐにヒットして、モバイルアプリケーションの将来性を確信することができたのです。
それをきっかけに会社の同期2人と独立し、携帯電話用ソフトウェア開発の会社として起業しました。
-事業は順調に立ち上がりましたか?
神谷 栄治:
すぐに軌道に乗せることはできませんでしたね。当初は浜松で有限会社を設立しましたが、1年目で名古屋の実家に戻ってきてしまいました。
名古屋で改めて株式会社に組織変更し、開発受注と人材派遣を並行して進めることにしました。
当時は必死で、午前中に営業に行き、午後は受注している顧客に赴き、夕方は面接、夜は経理、深夜に開発するというような生活を送っていましたね。
『アイビスペイント』ロングヒットの裏側
-ロングヒットを続ける『アイビスペイント』は、どのようにして誕生したのでしょうか。
神谷 栄治:
名古屋で再出発して5‐6年経つと自社製品を手掛ける余裕が出てきました。そこで携帯電話でパソコン用サイトを見るブラウザである携帯電話用アプリ『ibisBrowser(アイビスブラウザ)』を開発し、ヒットさせました。
ただ、従来の携帯電話の売り上げが減少し、時代の終わりが近づいていることは感じていました。
当時はiPhoneやAndroidが誕生したばかりで、スマートフォンの普及に懐疑的な見方がまだ大半だったのですが、私はスマートフォン用に切り替えることを決断したのです。
その後開発したモバイル用アプリ『アイビスペイント』は、広告を出していないのに口コミだけで広まり、8年かけてじんわりとヒットしています。
やはり早めに変化を見極めて舵を切り、新しいチャレンジをしたことが結果につながったのでしょう。
自社商品が地球の隅々まで届く世界を創る
-今後、どのような展開を考えていらっしゃいますか?
神谷 栄治:
3年後を目途に視野に入れているのは株式上場です。そのためには現在の主力である『アイビスペイント』の成長をもっと伸ばしていく必要があります。
今は国内の競合ソフトの中では8割のシェアが取れており、売り上げ全体の2割を『アイビスペイント』が占めていますが、3年後には5割超を目指しています。
特に注力しているのは海外展開です。『アイビスペイント』は、現在でも19ヵ国の言語に対応していて、ダウンロードの海外比率がかなり伸びています。最近のダウンロードは9割以上が海外からです。
株式上場を目指してはいますが、決してそれがゴールではありません。地球の隅々にまで自社の製品が届くような世界を創っていきたいですね。
生産性を高める独自の教育制度と求める人材像
-お仕事をされるなかで、社長が意識し、社内に発信されているのはどのようなことですか?
神谷 栄治:
私が大切にしているのはスピード感です。製品の開発速度にしても、アプリ自体の動作速度にしても、速さにはこだわりを持って臨んでいます。
開発速度を上げ生産性を高めるには、一人ひとりが意識して自分の能力を把握し、スピードを速めるトレーニングをしていくしかありません。
弊社では新人プログラマー向けの「教育委員会」があり、担当のトレーナーとともに課題をこなして成長していく教育制度を設けています。
最先端の技術を学び、発表する勉強会も開き、私も参加して社内で技術を共有しています。
-今後、どのような人材を求めていらっしゃいますか?
神谷 栄治:
事業を拡大しIPOを進めるうえでは、営業を経験しつつ契約書などの書類面にも強い営業部長のような立場の方が加わってもらえると心強いですね。
一方、エンジニアの方に私が望むのは、常に勉強し、それを楽しむ人であることです。
私も技術畑ですし、技術の話ならばいつまででもできてしまいます。高度な技術と学びに喜びを感じられる方と、ともに仕事ができるならば嬉しいですね。
編集後記
幼少期からコンピューターに親しみ、激変するITの世界を間近で見続けてきた神谷社長。その中でも常に新たな波を見極め、迅速に反応してきたからこそ、時代の変化に即したソフトウェアが生み出されてきたのだろう。
神谷社長がこだわる”スピード”は、アイビス株式会社の開発の速度も質も高めるキーワードなのだと感じられた。
神谷栄治(かみや・えいじ)/1973年生まれ、愛知県出身。名古屋工業大学 電気情報工学科卒業。2000年有限会社アイビス設立、2001年株式会社へ組織変更。幼少期からコンピューターに親しみ、学生時代には国内初の日本語FTPソフトを開発した。趣味でロボット開発も手掛ける。