トマトケチャップでお馴染みのカゴメ株式会社は今、トマトの会社から野菜の会社へと事業領域の拡大を目指している。
2020年に代表に就任した山口聡氏は、製造現場でキャリアをスタートさせ、製造・商品開発でのバックグラウンドと経営者としての経験を糧に、2025年の長期目標「野菜の会社」への変容を実現すべく舵をとる。
会社として大事にしている価値観や目標達成に向けた具体的な施策について伺った。
学生時代から現在まで関わってきた「健康」
-学生時代に行なっていた研究が後のカゴメでの業務に生かされていると伺いました。どのような研究内容だったのでしょうか。
山口 聡:
私は理系の中でも自然と向き合う農学部に進学しまして、そこでの研究テーマが「食品の中に含まれる血圧を下げる成分の実証」でした。
民間伝承では、「血圧を下げるにはお茶がいい、貝がいい、そばがいい」などと言われますが、この食材の有効性について科学的根拠を探すという研究でした。その中で、私が取り扱ったのは、「あさり」でした。
実証研究とはいっても、日々あさりを乾煎りして、すりつぶし、細分化したものを蒸発させては粉末にして有効成分の有無を1つずつ調べるという、地道な作業の繰り返しでしたけれどね。
カゴメでは2015年から基礎研究の責任者として、トマトジュースの機能性表示食品、身体にいい成分を特定して表示訴求する業務に従事していました。
例えばリコピンが善玉コレステロールの増加に役立つことを証明したり、GABAが血圧降下に有効かどうかということの研究に携わったりしていました。
思い起こせば、機能性食品の表示研究の先駆的な実験を、30年以上も前の学生時代にやっていたこと、健康、とりわけ血圧に関する研究を永くやってきたことを思うと感慨深いですね。
若手時代に知った製造現場での「ものづくり」の苦労
ーカゴメにご入社されたきっかけと、入社間もない若手時代のエピソードについてお聞かせいただけますか。
山口 聡:
入社のきっかけは、身近な存在で地元密着であることに愛着を感じたことです。カゴメは名古屋本社で、入社当時1983年の売上高は700億円規模で、全国展開というより愛知県の会社でした。
実はトマトケチャップやソースは地方によって地元のシェアが圧倒的に高く、棲み分けがはっきりしていたのです。
私の生まれ育った静岡県も愛知県のお隣だったのでシェアが高く、カゴメのトマトケチャップやソースで育った身として、地元に根付いた商品に携わりたいという想いで入社を決めました。
技術系出身ということで、入社後の最初の配属は茨城工場で、製造課の製造ラインで2~3年、その後茨城工場の品質管理に携わり通算して6年間製造現場での業務に就きました。
この間の思い出をあげるとすれば、夏期のトマトの加工です。当時の茨城工場や栃木の那須工場などでは、毎年7月下旬から9月初旬まで、国内農場で収穫されたトマトが10トントラックで大量に運ばれてきます。
この時期にしか製造できないシーズンパックですから、8月は昼夜逆転、12時間勤務で休暇も返上して働きました。期間限定とはいえ、かなりの重労働でしたが、製造現場を知る貴重な経験でしたね。
身をもって経営の難しさを経験したJV(ジョイントベンチャー)代表時代
ーご自身を成長させられたエピソードを挙げるとしたらどんなことがありますか?
山口 聡:
45歳の頃でしたでしょうか。新規事業を提案する話が社内で持ち上がり、私が提案した「野菜たっぷりの惣菜の販売」が、これからの高齢化社会を見据えて支持されて採用となり、大都市近郊で始めることになったのです。
惣菜事業は、会社として経験がないため、カゴメと九州の総菜会社でJV(ジョイントベンチャー、以下JV)を立ち上げ、私が社長に就任しました。
当時の従業員数は4名で、カゴメからの出向者は私を含め2名、それにパート30~40名体制で、2007年に多摩センター、京王線のつつじヶ丘に出店しました。
社長とはいえ、小規模な組織ですから、あらゆる業務をこなさなければならず、パート社員の採用、店の設計、メニューレシピの開発、調理手伝いから接客もやりましたが、資金繰りが最も大変でしたね。賃金支払いやパートナー企業へ調整に出向いたりして奔走したことは今も忘れません。
また、共に奮闘してくれたもう一人のカゴメの社員から「今のままでは社員への賃金が支払えない」と言われて、カゴメの本社に融資をお願いしたこともあり、当時大変だったことを覚えています。
経営に携わる経験はその後の私にとっては貴重な財産になりました。
今でも、新入社員への講話でこのエピソードを取り上げると、つい熱くなってしまいますが、若いうちにこのような機会があれば一度経験するべきだと思っています。
社長就任で2016年に打ち立てた長期ビジョンの加速を目指す
―現場での製造・研究者としてキャリアをスタートされ、JVの代表としての経験を積まれた後、2020年に会社の代表に就任されたときの想いはいかがでしたか?
山口 聡:
寺田前社長が2016年に中期計画として掲げた10年後の2025年、長期ビジョンとしてのカゴメのありたい姿は明確で、野菜の力で社会課題を解決しつつ成長を実現させることです。
具体的には、下記の3つになります。
1.健康寿命の延伸に貢献する
2.地方創生・農業振興に貢献する
3.世界の食糧問題の解決に貢献する
2020年にバトンを引き継いだのはその途中で、ゴールははっきりしていましたが、問題は、「どうやって実現するか」でした。
従来のやり方をなぞるだけでは目標達成は難しいと思っていましたので、海外のベンチャーと共同開発した『ベジチェック®』※のように、オープンイノベーションを採り入れて新しい可能性を見出すことの重要性を提案したところ、経営陣からの賛同も得られたので、積極的に推し進めようと考えました。
LEDを搭載したセンサーに手のひらを当てるだけで「野菜摂取レベル」、「推定野菜摂取量」を表示する機器。
皮膚のカロテノイド量を測定することで、「野菜摂取レベル」と「推定野菜摂取量」を表示することを可能にした機器で、企業や自治体の健康増進支援ツールとして、健康管理や健康診断での食事指導などへの活用を呼びかけている。
122年かけて培った「ブランド」はコトビジネス参入へ欠かせない資産
ー貴社の強みは何だと思われていますか?
山口 聡:
カゴメブランドです。今年(2021年)で創業122周年を迎え、1899年の創業時から一貫して真面目に栽培・加工を続けてきました。
代々受け継がれてきた真摯な取り組みが、ブランドに対する安心、安全、信頼につながっています。これは、一朝一夕ではできない財産で強みですね。
モノが売れなくなっている環境下、コトビジネスに参入するにあたってブランド力は大きな資産です。先に紹介した『ベジチェック®』の普及においても、カゴメブランドは大きく貢献していると思います。
一方で食品業界では永年かけて築き上げてきたブランドを一瞬で失ってしまうケースを目にします。ブランドを守ることの重みを心に留め、信頼を損なうことはしてはならないというのを社内での共通認識としています。
2025年のありたい姿実現に向けた取り組み「野菜をとろうキャンペーン」
-貴社では2020年より「野菜をとろうキャンペーン」というのを始められています。厚生労働省では1日の野菜摂取目標量を350gと掲げている一方、平均60g不足しているという現状が10年も続いていることを考えますと、野菜の摂取量を増やす必要があると考えている人は少ないと思われます。一般消費者を説得させることは難しいのではないでしょうか?
山口 聡:
おっしゃる通りです。野菜が不足していると思っている人が少ないということですし、そもそも自身がどれだけ摂っているかも不明で、なぜ摂る必要があるのかもあまり認識されていないというのが現実です。
しかし、この野菜不足をクリアすることは、我々の社会課題の1つである健康寿命の延伸に貢献することでもありますので向き合っていかなければなりません。
最終的には消費者の行動にかかっているわけですが、それにはまず現状について自覚をしてもらい、納得してもらう必要があります。
先に述べた『ベジチェック®』の普及もそうですが、分かりやすく丁寧に野菜をとることの大切さを伝え、いかに行動してもらえるかがカギを握っていると思っています。野菜を手軽に取れる商品やメニューを増やすことも考えています。
「野菜をとろうキャンペーン」は実施2年目になりますが、今後も継続することによって、生活者の野菜不足の解決に貢献してきたいと考えています。
オープンイノベーションで、“野菜の会社“に
-「カゴメといえばトマト」というイメージを持たれている方は多いかと存じます。その中で従来のイメージを変えるのは容易ではないと思うのですが、どのようにお考えでしょうか?
山口 聡:
確かにトマトジュースやトマトケチャップのイメージが強いので、「カゴメといえばトマト」という印象が強いかもしれません。
しかし、野菜飲料の主力である『野菜生活100』は人参がベースですし、最近ではズッキーニやピーマンなどの冷凍野菜、野菜の幼葉ベビーリーフの販売にも力を入れています。
すでに野菜の会社になるための要素は取り扱っておりますので、今後はもっと認知してもらえるように努力していこうと思っています。
創業以来、扱っているトマトは種の開発から加工まで自社で行なっていますが、取り扱う野菜の範囲の種類が広範ですので、自社でカバーするには限界があります。
そこで、さまざまな組織や企業とネットワークを広げること、オープンイノベーションを推進していくことが重要になってきます。
第1号の取り組みとして、北海道の農業生産法人と生たまねぎの販売およびたまねぎ加工品の製造販売をする合弁会社「そうべつアグリフーズ」を立ち上げました。
2021年6月末には、同社の本社がある北海道の洞爺湖近くの壮瞥町で竣工式を実施しました。廃校中学校の体育館を改装し、グラウンドに工場を配置しています。
栽培は北海道の農業法人に、何を栽培してどのように加工するかについては弊社に知見がありますので自社で行ないます。
お互いに得意分野で役割を分担し、取り扱う野菜の裾野が広がれば組み合わせも広がります。主力商品のトマトに玉ねぎも加われば、トマトソースへの加工が可能になるなど、加工品、加工形態も広がります。
今回の取り組みでは、本来廃校になるはずだった施設が残り、地元の雇用も創出できますから、社会課題の2つ目である地方創生・農業振興に貢献することにつながります。地元住民の方からも快く受け入れられていますね。
今後もさまざまな地方で農業の6次産業化に貢献したいと考えています。
ダイバーシティと透明性の高い企業風土に
-ブランドという大事な資産を守っていくことや新たな取り組みに着手するにあたって、人材の育成は大事だと思いますが、その点に関するこだわりについてお聞かせください。
山口 聡:
“成長するためにイノベーションを興すこと”です。
イノベーションを興しやすくするカルチャー、風土にするには、社内外を問わず多様な人が集まって自由に意見を戦わせる、人材のダイバーシティが重要だと思っています。
当社が大事にしている企業理念やありたい姿、長期ビジョンや「野菜をとろうキャンペーン」などに共感してもらえるのであれば、それ以外はむしろ、さまざまなバックグラウンドや価値観を持った人に集まってもらいたいと考えています。その方が、議論した際に新鮮な考えが生まれるのではと思っているんですね。
多様な人に入社してもらえるように、2020年から新卒の採用に加えて他社での経験者を対象とした通年でのキャリア採用(キャリア登録制度)を導入しました。
さらに入社した多様な人材が、忖度なく自由に意見交換できるような風土づくりに取り組んでいます。
具体的には、心理的安全性を担保することを意識しています。そのために役員向け勉強会を実施し、実施内容を社長ブログで発信するようにするなど、透明性を高めるよう努めています。
また、2021年から社内公募で新プロジェクトに参加してもらう取り組みを始めました。これまで交流がなかった地域や部署間でDX推進に向けた意見交換を実施し、新しいアイデアが生まれようとしています。
どんな企業でも継続した努力が求められると思いますので、これからも意識して取り組んでいきたいですね。
編集後記
健康寿命の延伸、農業振興・地方創生、世界の食糧問題の解決。これら3つの課題を、野菜の力で解決すると同時に、企業成長を実現させるという確固たるビジョンの下、山口社長率いるカゴメは目標実現に向けて、着々と前進している。
今回お話いただいたこと以外にも野菜の裾野を広げる第2、第3の計画も温めているようで、カゴメが今後どのように変貌を遂げていくのか、期待したい。
山口 聡(やまぐち さとし)/1960年、静岡県出身。1983年東北大学農学部食糧化学科卒業後、カゴメに入社。執行役員イノベーション本部長、執行役員野菜事業本部長兼ベジタブル・ソリューソン部長、取締役常務執行役員などを経て2020年1月、代表取締役社長に就任。