日本の高齢化の加速が止まらない。
国内の総人口に占める65歳以上の割合は1950年に5%以下だったところから、1994年には14%、2021年には28.9%(※)と急速なスピードで進んでいる。
※令和4年版高齢社会白書(内閣府)より
高齢化と比例して需要が高まるのが「介護」だが、2020年に介護・福祉職から転職した者は19万人、そのうち他職種への転職者数は7万人(※)と、介護職員の離職率が高い傾向にあり、人材の確保に課題を抱えている。
※令和4年版 厚生労働白書より
その課題を、看護師が夜間オンコールの対応を行う『夜間オンコール代行™サービス』と医師がチャットで回答する『日中医療相談サービス』の導入で解決しようとしているのが、ドクターメイト株式会社だ。
2023年2月には、福岡県北九州市との実証事業が、内閣府主催の地方創生SDGs官民連携取組み事例として優良事例に選定され、地方創生にも寄与するサービスとして注目を集めている。
同社の創業者である青柳 直樹氏は、医師として病院勤務をしていたときに「介護現場の医療体制に危機感を感じた」と語る。
介護現場でのオンライン医療導入のモデルケースとして、国内だけでなく世界の課題解決を目指す、青柳社長の想いをきいた。
医師を志した幼少期の原体験
-医師を志したきっかけは何だったのでしょうか。
青柳 直樹:
自分が小児ぜんそくを持っていて、祖父がくも膜下出血で急逝するなど、医療と関わるきっかけがあり、小学校1年生ぐらいから何となく医者になりたいという思いが芽生えました。
中学校に入学した頃に「そういえば医師になりたいという夢に対して何もやってないな」と気付き、医学部合格を叶えるため都内の私立高校に進学し、その後千葉大学医学部に入学しました。
医療現場の実情に衝撃を受けた研修医時代
―そこから卒業して、夢が叶ったわけですが、まずは研修医からスタートしたかと思います。今でも印象に残っているエピソードなどはございますか。
青柳 直樹:
医学生だったときは生死をさまよう状態で若い方が入院してきて、治療を受けて元気になって退院していくというようなものを想像していたんですけれど、実際はご高齢で寝たきりの方が入院されるケースが多く、この状態でどう退院させるか調整にあたる現実に衝撃を受けましたね。
しかもご高齢の方は肺炎などの病状が改善したとしても、入院している間に認知機能が一段下がってしまうということがあるんです。
実際に、入院する前まではご家族の顔と名前が一致していたのに、ご自宅に帰る頃には顔を見ても誰だかわからなくなってしまったという方を何人も見てきました。
そうなると病院で治療して終わりという訳にはいかず、その後の日常生活もサポートして悪化を防ぐというところまでセットで考える必要があり、大変でしたね。
―苦労が絶えない日々を過ごす中で、当時課題に感じたことなどはありますか?
青柳 直樹:
私が勤めていた病院は、特に介護施設からの外来・入院というのが非常に多かったんです。
当初は「介護現場のプロフェッショナル意識が足りてないんじゃないか」と憤っていたのですが、あるとき「自分が思う介護現場の現実ってもしかしたら違うのではないか」と思い、介護施設に出向き、働いている方に話を聞く機会をいただきました。
そこで聞いたのが、「以前は日常生活を送れる方がほとんどだったが、今は8割~9割が寝たきりの方で介護施設は病院化している。しかし、医師は週に一度半日だけ往診に来るだけで、夜間は介護スタッフがすべて対応しなければならない」といった現場の声でした。
この事実を知ったことが、医療と介護が互いに支え合えるよう、仕組みそのものを変えなければいけないと、危機感を覚えたきっかけになりました。
国が社会保障費の適正化を議論している中で、医療と介護の連携ができていない状態を解決しないと、国民全体の負担が大きくなってしまう。
自分が医師として働くより、今ある課題を解決するための仕組みづくりをするほうが、社会貢献度は大きいと思い、大変悩みましたが、起業を決断しました。
倒産危機を救った夜間オンコールサービス誕生の裏側
―経営者としてこれまでとは全く違う道を歩むことになり、医師のときとは違った苦労があったのではないかと思います。どのように向き合い、乗り越えたのでしょうか。
青柳 直樹:
最初に私たちが提供したサービスは、介護職員や看護師の方々からは一定の評価をいただけたのですが、導入までの壁が高く、創業から2年ほどはなかなか収益が上がらなかったので、辛かったですね。
9回事業転換をして、サービスも変更を重ねるうちに銀行預金の残高が30万円を切りまして、あと20日で会社が潰れるというところまでいきました。
瀬戸際のところで銀行から何とか融資をしてもらい、その資金を使い切るまでに次のサービスを軌道に乗せないと会社が倒産してしまうというときに、現在のサービスの元となる夜間のオンコールサービスを2020年2月に開始しました。
実際の現場を経験してきて、このサービスの大変さは分かっていたので、正直、腰が重かったのですが、もうやるしかないと一大決心して取り組んだ結果、想像以上の反響をいただき、収益を上げられるようになり、危機を脱することができました。
医療者視点で良いものをつくったとしても、それが事業になるかどうかはまた別問題なんだと学びましたね。
事業づくりの秘訣は「チーム力」
―創業からこれまでの5年間、さまざまなチャレンジをされてきたかと思いますが、結果が実を結ぶまでどのようなことを意識されてきたのでしょうか。
青柳 直樹:
やってみないと分からないことが多いので、会社全体としてチャレンジを認め、そこからの学びを次につなげるというのは会社のカルチャーとして大事にしていますね。
もう一つは「事業は人である」というのがわたしたちのコアバリューなので、それぞれの場面で活躍してくれそうな人を配置し、その人を信頼して任せるようにしています。
採用をするときも、わたしたちと同じ方向を見て進める人なのかというところにこだわっています。
―ここまでお話を聞いていて、全員で一つの強いチームをつくることに重きを置かれているように感じました。
青柳 直樹:
そうですね。わたしたちは「社会の新しい仕組みをつくる」という大きな目標を掲げているので、多くの人が力を合わせることで初めて実現できることだと思っています。
チームで成果を出すことに徹底的にこだわり抜いていて、当社の強みを聞かれたときは「チーム」と答えるように言っています。
昨今の医療業界でも、あくまで司令塔という役割で医師がいて、各専門職がチームとして一人の患者さんを治療しようという考え方に変わってきています。
個々の専門性をしっかりと発揮できる環境が適切な治療につながる、ということを私たちの事業に置き換えたときに、バックグラウンドもスキルも違う人たちが最大のパフォーマンスを出すことで良い事業がつくれると考えています。
サービスの解約率は“ほぼゼロ“
―その他、貴社が強みとしている、他社と差別化できる部分はどういったところでしょうか?
青柳 直樹:
まずはお客様の声を聞き、そこで出てきた課題を解決するにはどうすればいいかという発想から事業を生み出しています。
営業やエンジニアも現場に出向き、顧客のニーズから必要なサービスを提供することを全社員が一丸となってやっています。
さらに医療の課題は医療職のスタッフに、ビジネス面で意見が必要なときはビジネスの知識が豊富なスタッフに任せるといったように上手く調和が取れていて、それがお客様の信頼につながっていると感じています。
また、わたしたちのサービスは現在、全国43都道府県750以上の施設で導入いただいていますが、サービスの解約率が1ヶ月で0.1%と、大変低いことも誇りに思っています。
これは、使いこなせるようになるまでのフォローや、不具合や困りごとがないかを定期的にヒアリングするなど、フォロー体制を手厚くしていることが、サービス満足度につながっていると考えております。
リリース初期の頃に導入いただき、現在も継続してくださっているお客様も多く、それだけきちんと現場に価値を提供できていると自負しています。
サポート体制や医療相談、夜間オンコールを代行する医療者のマネジメントなど、サービスの裏側もしっかり担保しないとこのサービスは広がっていかないと思っているため、特に力を入れている部分ですね。
世界の高齢化問題の解決に向けて
―今後はどのように事業を拡大していきたいと考えているのか、展望を交えてお聞かせください。
青柳 直樹:
当社が提供しているサービスの導入施設を増やすことはもちろん、現在、施設の医療教育をする新しい事業を立ち上げています。
施設の病院化によってスタッフの負担が増加し、人材が定着しない、入居者の重症化サインに気づかずに悪化させてしまう、そういった問題解決のために施設内の医療リテラシーを上げ、対応の質の向上をサポートしたいと思っています。
この仕組みが広がっていけば不要な救急搬送や入院を減らせますし、入居者の方も安心でき、さらに社会保障費の適正化にも貢献できる。まさにWin-Winな事業ですので、どんどん拡大してきたいですね。
今の日本は世界にも例がない高齢化最先端国なんですね。
この問題をどう乗り切るか、各国が注目する中、高齢者の医療介護の分野で問題解決の仕組みやモデルケースをつくることができれば、日本だけでなく、世界の課題解決につながるのではないかと考えています。
また、今後は当社のサービスが世の中に浸透することで、どういった効果があるのかをもっと多くの方に見える形にしていくために、会社の上場も視野に入れています。
ソーシャルスタートアップとして世の中に出ていくぞという姿を体現できるような企業になっていきたいですね。
編集後記
医師として病院勤務をしていたときに、介護現場が抱える課題を目の当たりにした青柳社長。
「憧れだった医師を辞めるのは苦渋の決断でしたが、課題解決の仕組みづくりをする方が社会貢献になると思い、経営者の道を選びました」と語る。
介護現場の人材不足や医療的サポートの問題、社会保障費の増加など、急速に高齢化が進む日本には課題が山積みである。この課題を解決するべく、新たな仕組みの構築を目指すドクターメイト株式会社から目が離せない。
青柳 直樹(あおやぎ・なおき)/1988年10月15日生まれ。千葉大学医学部卒業後、千葉市内の病院皮膚科医として臨床診察に従事。医師として従事する中で気づいた、介護業界の社会課題を解決すべく自身で起業。2017年12月に「ドクターメイト株式会社」を設立。2022年に資金調達が10億円を超える。2023年2月に福岡県北九州市との実証事業が、内閣府主催の地方創生SDGs官民連携取組事例の優良事例に選定される。