『マジックインキ』を生んだ創業100年の老舗メーカー、
次の100年を見据えた新たな挑戦


寺西化学工業株式会社 代表取締役社長 寺西 和男

※本ページの情報は2017年3月時点のものです。

?(クエスチョンマーク)がラベリングされた『マジックインキ』。誰しも一度ならず手にし、目にしたことがあるのではないだろうか。1953年の発売から半世紀以上を経てもなお、広く利用され続けるロングセラー商品を開発したのが、大阪市に本社を置く寺西化学工業株式会社。2016年には創業から100周年を迎えた。

驚異的な大ヒット商品を生み出した寺西化学工業。それ故の苦悩と次の100年を見据えた展望を、代表取締役社長、寺西和男氏に伺った。

※『マジック』『マジックインキ』は、株式会社内田洋行の登録商標である。

寺西 和男(てらにし かずお)/近畿大学理工学部卒。寺西化学工業株式会社の研究室に籍を置き、学童用絵の具やクレヨンといった画材、工業用マーカーなどの研究に従事する。経営改革に伴い、2014年2月代表取締役社長に就任。需要低下が続く一般向けBtoCをフォローしつつ、産業向けBtoBの営業にシフトすべく、社内改革に取り組む。

60年以上愛され続けるベストセラー商品『マジックインキ』

-現在の御社の事業内容をお聞かせください。

寺西 和男:
やはり『マジックインキ』に代表されるマーカーです。60年を経てもご愛顧いただいているのは、妥協しない品質を認めていただいているからだと思います。地方の店じまいした商店から返品された定番品マーカーが、30年経ってもまだちゃんと書けたという例もありました。現在でも、開発を進めながらも同じように品質を保つ努力をしています。

例えば昔のリンゴ箱などは木箱でした。当社はざらざらした木板面に殴り書きしても耐えられるようなペン先として羊毛のフェルトペンを使用したり、漁業など濡れている場でも書けるようキシレン(有機溶剤)を使った耐水性のあるインキを開発したりしました。

品質を高める努力をしながら普及が進むと、お客様の方からこちらが思いもつかない使い方を教えていただくこともありますね。札幌の雪まつりで雪像を作る際に、氷にも書けるからとマジックインキで下絵を描かれていたのには驚きました。世の中の役に立つようにというこだわりを崩さずにきた成果にも感じられて嬉しかったですね。

国内需要低下に備えて切り開く、次の一手

-2014年に社長に就任されました。事業に変化はございましたでしょうか?

寺西 和男:
昔に比べ、国内のマーカーの需要はかなり減ってきています。小包の伝票ひとつにしても、今は手書きではなくパソコンで打ち出します。何もしなくても売れていた時代ではありません。
就任してから、まずは社員に意識改革を促しました。やはり当社は『マジックインキ』の成功例が大きすぎて、守りに入ってしまっていたことは否めません。モチベーションを上げるために成果連動型を賞与に取り入れたり、変化を目に見えて印象付けるために建物の外装を変えたりもしました。

今注力しているのは、産業向けマーカーの開発です。実は一般向けの消費は落ち込んでも、産業向けの需要はまだまだ可能性を秘めています。現在でも証書の偽造防止用のインキなど、お客様業界の要望に合わせて商品を提供していますが、これからは例えご依頼いただく数が少なくとも、面白いテーマであれば研究室でお預かりさせていただき、技術向上のための課題にしたいと思っています。

例えば、液晶フイルムや弱電関係のメーカーの製造工程でのチェックに使われるマーカー。キャップをしなくても3日間や1週間乾かないペンは市販されている物にもありますが、当社はそこにプラスチックやアルミのような非吸収面であっても早く乾く性質を持たせました。1分しないと乾かないインキでは、1分間に1つずつしか重ねていけません。30秒で乾けば倍、15秒で乾けばさらに生産能力は上がります。キャップをしなくて乾かないのに筆跡の乾燥は早いという相反した特性は、業務の効率をかなり向上させるのです。このような付加価値を高めた商品の開発に注力しています。

当社のWebサイトに“御社の問題をオリジナルマジックで解決しませんか”という特設サイトを作りました。ご要望に合わせたマーカーインキを開発する窓口なのですが、驚くほどの反響をいただいています。このような取組みを進めていく中で、当社の技術はスタンプインキの改良にも応用できることがわかりました。また、塗料を扱う我々の業界を広くとらえた場合には、化粧品にまで発展させることが可能です。すでに進行中のプロジェクトもあります。このようなニーズをもっともっと掘り下げていきたいですね。

『マジックインキ』の成功例が弊害となっていると申しましたが、よく知られたブランドがあることは、新規に取引させていただくにあたってはかなりの強みになっています。この財産を生かしつつ、チャレンジを続けていきます。

求める人物像と従業員に求めること

チャレンジ精神を持って取り組むことが、進化に繋がると語る寺西社長。

-御社で活躍されている方に、共通点はありますか?

寺西 和男:
共通しているのは、素直に話を受け止めて、何とかやろうとしてくれる姿勢ですね。例え失敗しても、チャレンジしてくれる人はありがたく思います。当社は輸出の方も再構築中でして、最近では中米コロンビアへ貿易の担当者が行きました。トライした国が駄目な場合でも、また違う国に足を延ばしてくるような人は期待できますね。

人は慣れてきたり、知識が付いたりして固定観念が強くなると、できない理由を先に言ってしまうように思います。例えば、押したり振ったりしなくても使えるようなペイントマーカーを開発したいと思った時に、「顔料(成分)の比重が重いから無理」というような答えが返ってくると、話は前に進みません。固定観念を捨て挑戦することで、進化が生まれるはずです。新しい製品を開発して世の中に提供できるような環境を整えていきたいです。


-採用に当たって、社長が望まれる人物像についてお教えください。

寺西 和男:
それもやはり素直な方です。そして社会人として常識のある方ですね。当社が強化したい部分である、新しい企画をどんどん出せるような人材を求めます。特に商品企画に長けている方は魅力的ですね。また、私の身近にいてほしい人物としては、今後、事業展開して社員が増えていった場合に、100人単位の人員を任せられる人でしょうか。


-社長が思われる強い組織とはどのようなものでしょうか?

寺西 和男:
何をすべきなのか、部署として、個人として問題を探し、解決できる。そんな組織が強いのではないでしょうか。やはり組織のどこかには弱点が存在するはず。互いに指摘し合い、立場関係なく話し合えるような、現状に満足しない姿勢が組織を強くすると思います。良い会社には、良い社員が多い。やはり大切なのは人づくりです。成果評価を新しく導入しましたが、評価の低かった社員には改める点を具体的に指導するなど、ボトムアップも欠かさずに行いたいですね。


-従業員に期待していることはございますか?

寺西 和男:
社員には、仕事の面白さを感じてほしいと思っています。私は当社の研究室に30年余いましたが、その時に開発したキャップをせずとも乾かず、書いたものはすぐ乾くマーカーは依頼されたメーカーにとても喜んでいただいて、その年の忘年会にまで呼んでいただきました。非常に感激しましたね。営業の場合でも仕事を取れたら嬉しいはず。私は一生懸命という言葉が好きなのです。情熱をもって仕事をしてほしいですね。

編集後記

「文具メーカーにもかかわらず、創業時に社名に“化学”と名付けたのは、文具業界に留まらずに新しいものを手掛けていきたいという希望があったからこそ。」

手堅い業績を上げ続ける寺西化学工業だが、100年の歴史を引き継いだ寺西社長には、『マジックインキ』での成功に甘んじずに発展的な挑戦をしていきたいという思いがあった。自らも研究者として多くの時を過ごした寺西社長は、自身が開発に携わった製品がユーザーに届き、役立てられる喜びを知っている。仕事をする上での原動力ともなる経験に、全ての社員が出会ってほしい。それは寺西社長の、会社の繁栄のためだけではない偽りのない気持ちだろう。守りから、さらなる攻めへ。寺西化学工業は、次の100年へのスタートを切る。