※本ページ内の情報は2024年2月時点のものです。

新型コロナウイルス感染症の影響で当たり前となった手指のアルコール消毒。今や生活には欠かせないアイテムとなった消毒液だが、兼一薬品工業株式会社は、1990年代末から病院だけでなく、さまざまな場面で使用できる消毒液を開発してきた。そんな現代における消毒液開発の先駆者である兼一薬品工業、社長の大上兼一氏に、これまでの消毒品開発について、そして今後の営業戦略や商品開発、人材育成について展望をうかがった。

西がダメなら東へ、ピンチをチャンスに新規開拓

ーー社長になられるまでの経緯を教えていただけますか。

大上兼一:
私が社長になったのは1990年です。父に続いて2代目になります。中学3年生の時から徳川家康などの本を読み漁り、私は社長とはどうあるべきかを研究してきました。

長男だったので周りからは当然後継ぎと見られていて、厳しく怒られることや、お人よしであることを咎められることもありました。しかし、たくさん自問自答した結果、「人が良いというのはやはり社長として本来あるべき姿ではないか」と思いました。

ーー入社前はどのような企業に勤務していたのでしょうか。

大上兼一:
大学卒業後、医薬品を販売する会社で1年間お世話になりました。ノルマがあり、「病院なら1日2件、開業医なら5件訪問しなさい」と上司に言われたのですが、私は合計で1日25件ぐらい訪問していました。

先輩にもとてもよく面倒を見てもらったのでもっと長く働きたかったのですが、父親から「早く帰ってこい」と言われ、1年で退社し家業に入ることになりました。実は父親が病気になってしまったんです。

しかし、退職直前に任された大きなプロジェクトがありました。かなり厳しい目標であったため誰も手を挙げず、仕方なく引き受けることになったのです。
結局、最後の最後まで働き「3月31日の午後6時、埼玉で無事目標到達を見届けて、翌4月1日の朝8時に大阪へ初出勤する」という慌ただしい初日を迎えました。

ーー社長になって最初に取り組んだことは何ですか。

大上兼一:
社長になって、社内の状況を見てみると、社員の離職が目立つことが気になりました。潜在的に不満を持っている社員が多かったのだと思います。そこで、「社員と共に生きる会社、社会と共に生きる会社にしよう」と思いました。「社員がいるから私が社長でいられるのだ」と考え、「感謝の気持ちを持たないといけないな」と思いました。

そこで、感謝の気持ちを行動で示すために、朝早く来てトイレ掃除をすることから始めました。6時前に会社に来てトイレ掃除をしたり、冬には暖房を入れたりポットでお湯を沸かしたりしました。これら全ては社員が出社した時に、快適に過ごせる環境を整えるためにおこなっていただけなので、特に社員には自分がやっていることは伝えていませんでした。そのほかには、あまり特別なことではないかもしれませんが、営業担当とはよく食事に行って悩みごとを聞いたりして、コミニュケーションを多くとるように心がけました。

ーー入社してから会社が変わる転機はありましたか。

大上兼一:
20年くらい前、当時の大口の納入先は西日本の病院でした。しかし、ある時、他社にその病院への医薬品納品の権利を取られてしまったのです。弊社にとっては大打撃で、「どうしようか」と頭を抱えましたが、幹部で話し合い、「西がダメなら東に行こうよ」ということになりました。早速、新幹線に乗りレンタカーを借りて東京近郊の病院を新規開拓したものです。

当時はとても大変でしたが、その成果もあり、現在は東日本での数字も好調です。

業界初の紙パックの消毒液

ーー新商品の折りたたみ式の消毒液カネパスエコについて教えてください。

大上兼一:
もともとは紙パックのお酒から発想を得ました。紙パックのお酒があるのにどうして紙パックの消毒液はないのだろうと思っていました。医療用廃棄物は専用の容器に入れて廃棄する必要があるので、できるだけ小さく畳める方が良いはずです。最近、凸版印刷(現TOPPAN)が似たような商品を開発したとテレビで見てすぐに問い合わせ、開発に協力してもらいました。

廃棄の際に、折り畳むとコメントやデザインが出てくるように工夫して、楽しく折り畳めるような仕組みになってます。畳む時はポンプを外して畳めるため、かさばることもありません。

昨今SDGsへの注目が高まっていますが、この商品も脱プラスチックなので環境にも配慮した商品になっています。

ーー営業についてはどのような戦略をお持ちでしょうか。

大上兼一:
病院へ直接営業しています。最近では「消毒の勉強会をさせてください」と、病院に依頼し「私たちの商品はこのような効果がありますよ」と説明しています。

勉強会の目的は病院と接点を持つことです。病院向けに勉強会をしている大手企業が少ない中で、弊社は地道に病院を回って開拓していくやり方をとっています。勉強会の開催については、特に専門の部署があるのではなく、各営業担当者が講師を務めるため、社員教育はしっかりおこなっています。

ーー今後の目標はありますか?

大上兼一:
2030年までに売上高100億円を目指しています。MR(医療情報担当者)の社員を増やしてさまざまな情報を医療機関に伝達できる体制をつくるほか、さまざまな商品開発も進めていきたいと考えています。

また、滋賀県に約1300坪の工場用地を取得しました。そこに新たな工場を建設して、消毒液の研究をしています。少しずつですが、すでに規模の拡大を始めています。

ーー最後に貴社で最も大切にしていることを教えてください。

大上兼一:
「社員を大切にすること」に尽きると思います。社員募集の要項にも必ず「社員を大切にします」と記載し、「社員が喜んで働けるような職場づくり」を常に心がけています。

たとえば、子どもが不登校で悩んでいる社員がいたら、納得のいくまで子どもに寄り添ってほしいと伝えます。仕事はそのあとです。一人ひとりの悩みを聞き、社員に寄り添える会社でありたいからです。

ほかには、全社員に対して海外で勉強できる機会を設けています。欧米の展示会へ出張に行ってもらい、自分の琴線に触れるような学びをすること、また、それを仕事に生かしてもらうことが狙いです。

編集後記

社員を大切にすると言い切る大上社長からは、社員の生活を預かっているとの覚悟も感じ取れた。

業界初となる折りたたみ式消毒液は、人々を病気から予防するだけでなく、地球も環境汚染から予防できる製品だ。柔軟な発想から生まれる同社の次の商品に期待したい。

大上兼一(おおがみ・けんいち)/1949年8月11日、兵庫県芦屋市生まれ。1971年3月甲南大学経済学部卒業。1972年4月サンド薬品株式会社(現ノバルティスファーマ株式会社)に入社し、1年の修業期間を経て(父親の大病により)1973年に兼一薬品工業株式会社へ入社。1990年に同社代表取締役社長に就任。寄付や物資支援を通して社会貢献活動にも注力している。