アルコール離れと嗜好の多様化に伴い、国内の日本酒の販売は落ち込みを見せている。国税庁の「酒のしおり」によると、清酒の販売数量は1975年には167万キロリットルだったところから、2021年には40万キロリットルと、4分の1にまで減少した。
そんな中、日本酒のラグジュアリーブランド「SAKE HUNDRED」を展開しているのが、株式会社Clearだ。
同社は手頃な価格ばかりだった日本酒に高価格帯市場を新たにつくり出した。需要の高まりにより抽選販売でしか入手できないフラッグシップ「百光(BYAKKO)」や、阪神淡路大震災を乗り越えた29年熟成のヴィンテージ「現外(GENGAI)」など、付加価値のある日本酒を次々と生み出している。
日本酒に特化したスタートアップ企業を立ち上げ、日本酒業界の発展に注力する生駒社長の思いを聞いた。
退職を余儀なくされ、どん底の状態を救ってくれた日本酒との出会い
ーー会社を立ち上げたきっかけについてお聞かせください。
生駒龍史:
私が起業したのは「自分の可能性を試してみたい」などといった美しい理由ではなく、新卒で入った会社でパワハラを受け、1ヶ月半で退職し、やむなくフリーの状態になったからです。
当時は起業したりフリーランスになったりする人は少数で、企業に就職して働くのが一般的だったので、早々に社会のレールから外れてしまった自分はこの先やっていけるのだろうかと不安でした。
ーーそこから日本酒の販売を始められるまでの経緯を教えていただけますか。
生駒龍史:
起業してから1年ほどは具体的に何をするのか定まらず、試行錯誤していました。そんなときに家業の酒屋を継ぐことになった同級生から「一緒に日本酒の販売事業をやらないか」と誘われたのです。
しかし、私はもともとお酒に弱いため、日本酒にも“アルコールが強くて得体の知れない怖い飲み物”というイメージを持っていました。自分が好きでないものは売りたくないと思い、彼に協力できないと伝えたところ「おすすめの日本酒を持ってくるから試しに飲んでみて」と言われたのです。そこで試しに飲んでみたところ、その美味しさに感動しました。
当初は「日本の一次産業を盛り上げたい」などの、やるべき意義や意味を持っていたわけではなく、単純に一消費者として美味しいと思ったのが、日本酒業界に参入するきっかけでした。その後日本酒市場をリサーチしてみると、インターネットを活用できていなかったり、特有の商流があり販路が限定されていたり、新規参入が進んでいなかったりなど、いろいろな課題が見えてきました。
こうした日本酒業界の現状を知ったことで、自分でも何か貢献できることがあるかもしれないと思い、2013年に株式会社Clearを設立しました。
ーー事業が失敗する心配などはなかったのでしょうか。
生駒龍史:
新卒で入った会社を辞めることになり、大きな挫折を味わったどん底の時期だったので、これ以上最悪な状態はないだろうと思い、創業に踏み切りました。
それと、成功する経営者は「悲観的に準備し、楽観的に行動する」と当時から言われており、過度な心配は返って成長を遠ざけると、意図的に前向きに構えていました。
「SAKE HUNDRED」の強みは「美味しい」こと
ーー貴社の強みについてお教えいただけますか。
生駒龍史:
弊社が提供している日本酒ブランドの強みは、「美味しい」ことに尽きると思っています。さまざまなところでコラボレーションをしているため、ブランド力が強いと言われることが多いのですが、その根本は商品力だと思っています。
そもそも味が美味しくなければ、たとえマーケティングに力を入れて商品自体が有名になっても意味がないわけですね。美味しいからこそ有名店で提供され、著名な人々が飲むことでブランド価値が認められ、結果として売上が伸びるのです。
また、日本の特産品である日本酒は、アルコールの市場で世界にとって唯一のプロダクトとして出せるので、そういった意味で事業ドメインの強さがあることも強みの1つだと思います。
ーー新商品の開発は随時行われているのでしょうか。
生駒龍史:
私と杜氏(とうじ)経験のある担当者の2人で、商品開発を行っています。商品開発にあたってオリジナルの種麹を開発したり、米の品種改良の研究をしたり、熊本までフィールドワークに行き、微生物の検体サンプルを採取したりもしています。
年に1種類以上はお客様に新しい商品をお届けできるよう研究と試作を続け、今もいくつかの酒蔵さんと何銘柄か話を進めているところです。ただ、弊社は最高品質の日本酒を提供している分、お客様の期待値が高くなるため、期待に応えないといけないという生みの苦しみが強いですね。
「美味しいけれど99点。100点満点とは言えない。」というお酒を堂々と売るわけにはいきませんし、私自身もそのような商品をお客様には出したくないと思っています。そのため、「まずまずの味」では商品として提供できず、断念せざるを得ないケースも多くありますね。その分弊社が販売している日本酒は100点を超える、本当に美味しいものしかないので、ぜひみなさんに飲んでほしいですね。
新たな市場の開拓について
ーー海外進出についてはどのようにお考えでしょうか。
生駒龍史:
これまで「海外向けのブランドを作り、日本に逆輸入したらどうか」と言われることもありました。しかし、日本国内なら言葉も通じますし、日本酒についてある程度知識があり、1日あれば日本全国どこでも行けるわけですから、ビジネスの環境としては日本が一番いいはずなんですよね。
また、日本で評価されないものは海外に出られるわけがないと思っていたので、まずは国内での販売に力を入れてきました。
ようやく国内では弊社のブランドが浸透してきたので、海外進出に本腰を入れようと思い、特に日本酒人気が高まっている中国で交渉を進めていました。そこで一度パートナーが見つかったのですが、ロックダウンの影響で話がすべて白紙になってしまったんです。このように昨年(2023年)は予定通りに進まなかったので、今年(2024年)こそリベンジしたいと思っています。
ーー海外進出の足掛かりとして、まずはアジアから攻めていく予定なのでしょうか。
生駒龍史:
日本酒の輸出量のうち、アメリカと中国、香港が67%を占めています。そのため、まずは単価が高いアジア圏内の国から展開していきたいと考えています。次にアメリカに進出し、更に次のステージとしてヨーロッパでの販売を目指す予定です。
日本酒産業全体に貢献できる存在でありたい
ーー最後に生駒社長が目指す株式会社Clearの姿についてお教えいただけますか。
生駒龍史:
弊社が提供しているようなラグジュアリー商品は、別に富裕層だけのものじゃないと思っています。たとえば大学生でも時給1200円のバイトで何十時間も働いて、頑張ってルイ・ヴィトンの財布を買う人もいますよね。
このように学生さんに「SAKE HUNDREDの日本酒をようやく買えたから、今度俺の家でみんなで飲もうよ」と言ってもらえるよう、弊社の商品が頑張って稼いだお金で買いたいものになったら嬉しいなと思っています。
また、私たちの目的は高級なお酒を売ることではなく、日本酒市場の規模を大きくすることです。つまり、自社の売り上げを10倍にするのではなくて、市場規模を10倍にすることが目標だと、社員には日頃から伝えています。
日本酒市場が拡大すれば、業界全体が利益を享受でき、酒米を作っている農家の方々も恩恵を受けることが増えるでしょう。そのため今後も自分たちの利益だけでなく、産業全体に貢献できる存在で居続けたいですね。
編集後記
新卒で入社してすぐに退職に追い込まれ、将来を模索していたときに、日本酒の魅力にはまり、今の事業を始めたという生駒社長。
「もっと多くの人に弊社のお酒を飲んで笑顔になってもらうために、これから事業を大きくしていきたい」と話す姿から、日本酒の魅力を国内外に広めたいという強い思いが伝わってくる。株式会社Clearは、これからさらに日本酒業界を盛り上げてくれることだろう。
生駒龍史(いこま・りゅうじ)/1986年東京都生まれ。2013年に株式会社Clearを設立。日本酒のサブスクリプションコマース、日本酒ダイニングバー創業を経て、2014年に日本酒メディア「SAKETIMES」を創業。2018年7月に有限会社川勇商店を買収し、日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を創業。これまで総額18.3億円の資金を調達。国税庁主催「日本産酒類のブランド戦略検討会」委員(2023年8月任期満了)を務める。