※本ページ内の情報は2024年6月時点のものです。

株式会社市瀬の創業は明治41年。出版の街・神田神保町で誕生した。祖業は紙の卸業。現在は紙の専門商社として「市場直結型」を掲げ、エンドユーザーの要望を提案に取り入れる事に注力している。紙需要の減少という厳しい市場環境のなか、紙の可能性についてさまざまな取り組みを続けている。会社を率いる市瀬社長にお話をうかがった。

ユーザーに直接アプローチする市場直結型の営業

ーーまずは事業内容について教えてください。

市瀬泰一郎:
大きく2つの事業があります。

1つ目は紙の流通業です。専門商社として製紙メーカーの代理店から紙を買い付けて、各企業へ提供しています。これが主力事業ですが残念ながら今後デジタル化が更に進み市場はますます縮小していくと考えています。一方で紙には紙ならではの素材感や優れた環境特性があります。それらを活かして、いろいろとチャレンジをしていきたいと思っています。

2つ目はペット事業です。ブランド名『ハチコウ』でペットサロンや動物病院などで使用されるドライヤー、ドッグバス、ケージ等の主にプロユース用品のメーカーとして全国で高い支持を得ております。ペット事業は2012年に事業買収したのが始まりです。

ーー「ここは他社とは違う」という強みはありますか?

市瀬泰一郎:
提案力には自信があります。たとえば、国内でいち早く2004年にFSC認証紙の販売を開始しました。FSC認証紙とは国際的な第三者機関が認証した適切に管理された森林から切り出されたチップを使用した紙です。

つまり、「違法伐採の可能性のあるチップは使っていません」とお墨付きを与えられた紙になります。今では当たり前のように流通し、スターバックスやマクドナルドなどでも全面採用されていますが、当時はそのような概念はほとんど浸透していませんでした。

私たちはそこに目をつけて「国際的な認証を受けた環境配慮型の紙があります。採用することが森を守り育てることに貢献します」と提案したのです。その提案の斬新さが一部上場企業を中心に受け入れられて、次々と採用が決まりました。

ーー一般企業に直接提案したのですね。

市瀬泰一郎:
はい、飛び込み営業の連続でした。このような活動を市場直結型と位置付けています。印刷会社様、出版社様にだけ紙を納めるのではなく、紙の最終ユーザーである一般企業に直接提案を試みました。名も知れない小さな紙屋が大企業相手にプレゼンするわけですからある種の爽快感がありました(笑)その点においては「業界をリードし市場を開拓してきた」という自負はあります。

紙の可能性にかけて歩んだ35年

ーー市瀬社長は今の会社に入社されることは最初から決めていましたか?

市瀬泰一郎:
大学生の頃は家業に入ることは考えておらず、新卒で富士ゼロックス株式会社(現富士フィルムビジネスイノベーション株式会社)に入社しました。数年間勤務し30歳になる頃、当時の社長である父から口説かれ(笑)後を継ぐことを決めました。1989年のことです。

ーー入社してからは、どのような業務に携わりましたか?

市瀬泰一郎:
紙業界は古い流通体系にある地味な商品ということで、当時は業界も当社もあまり活気があるとはいえませんでした。「変化を起こさないといけない!」という思いから先に話したようなFSC認証紙の営業などの施策を打ち出しました。それまでの営業スタイルを変えることにチャレンジしたのです。紙の最終ユーザーに提案が認められれば発注先の印刷会社へ当社からの購入要請が入ると考えたのです。

ーー今後の事業の展開にどのような期待や希望を抱いていますか?

市瀬泰一郎:
「紙の潜在的な価値はまだまだある」という強い思いを持って、今後も商品開発に注力していきます。

たとえば、紙加工会社と共同開発した紙のブロック『CUBLOX®(キューブロックス)』(特許第7470975号)や仙台七夕で使われた吹き流しを再利用して自分だけの色とりどりな作品作りを楽しむ『艶やか切り絵』(実用新案登録第3242170号)などの紙製品は、新規顧客の開拓に有効なアイテムです。これまで接点のなかった企業との商談のきっかけにもつながります。

営業担当者が現場から持ち帰る情報も重要です。さまざまな意見や要望を反映させて、商品開発や提案の質の向上を図っていきたいと考えています。

求める人物像は薩摩の教えにあり

ーー新しい仲間にどんな人物を求めていますか?

市瀬泰一郎:
トライ・アンド・エラーを恐れない人です。新しいものをつくるにしても、やり遂げるにしても、打率は関係ありません。どんなものがうまくいくかわからないので、一本の安打を打つためにたくさんの打席に立つ人、つまりどんどんチャレンジする人を求めています。中途採用の方であれば、今までの経験の全てを次のステージに活かそうという心意気のある人がいいですね。

島津義弘公の教えともいわれる「薩摩の教え」にたとえて言い換えてみましょう。

「①何かに挑戦し、成功した者②何かに挑戦し、失敗した者③自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手伝いをした者④何もしなかった者⑤何もせず、批判だけしている者」

5つのうち、もちろん①が一番良いわけですが、②③に当てはまる人も十分に評価に値すると思っています。

弊社は創業115年を超えています。長きにわたる積み重ねが奇跡的につながっている結果だと思います。これからも受け継いでいけるよう、共に歩む仲間を求めています。

編集後記

「市場直結型企業」という耳慣れない言葉は、市瀬社長をはじめ社員の方々がつくりあげてきた努力を端的に言い表している。旧態依然の商売のやり方を変革すべく、紙の最終ユーザーに直接アプローチする営業手法は業界をリードしてきた。FSC認証紙を普及させた立役者が従業員40名足らずの中小企業であったことにも心を打たれる。創業150年を迎える頃には、どんなチャレンジをしているのであろう。これからも目が離せない。

市瀬泰一郎/1958年生まれ。仙台市出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、富士ゼロックス株式会社(現富士フィルムビジネスイノベーション株式会社)に入社。同社退社後、1989年に祖父が創業した株式会社市瀬に入社。2000年に代表取締役社長に就任。FSCジャパン、財団法人福澤記念育林会などの理事を歴任。「紙と環境」の考え方を森林保全・育成の観点から積極的に発信してきた。