※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

フィットネス事業の「カーブス」を始め、SS事業やエネルギー事業、児童福祉事業など多種多様な事業を展開する株式会社東山。2026年に創業78年を迎え、100年企業へと歩みを進める同社の代表取締役社長であり、これまでに20以上の事業を展開してきた西村隆一郎氏に、事業の具体的な内容や立ち上げの背景などを聞いた。

エネルギー事業からヘルスケア そして福祉へ

ーー社長に就任されるまでの歩みを教えてください。

西村隆一郎:
大学卒業後、2002年にエクソンモービルという外資系の石油メジャー会社に就職しました。創業者の孫としていずれは東山に入社するつもりだったので、私にとっては修業のような感覚でしたね。その後、3年でエクソンモービルを退社して、2005年に株式会社東山に入社しました。ところが、入社3年後にリーマン・ショックの影響で原油価格が高騰してしまい、会社としては非常に大きなピンチを迎えてしまったのです。

このピンチを乗り越えるために、「何か新しいことをしなければいけない」と考えました。同時期に高齢化による医療・介護制度の崩壊が問題視されていたため、健康系の事業は間違いなく需要が高まると予測しました。そこで、フィットネス事業の「カーブス」を展開することを思いついたのです。「カーブス」を展開した当初は全国で赤字を出していましたが、若年層ではなく50代、60代の中高年層をターゲティングするやり方に手応えを感じていました。最初の10年間は新しい事業に専念させてほしいとお願いして、入社10年目の2015年に社長に就任した次第です。

ーーヘルスケア事業へと大きく舵を切った理由は何ですか。

西村隆一郎:
現在、弊社の売り上げベースで73パーセントがエネルギー関連、残りの27パーセントがヘルスケア事業となっています。エネルギー事業は生活必需品であり自動的に売り上げが立つ反面、どこで買っても同じものであるため価格競争に陥りやすく、戦争や国際情勢など外部環境の影響を大きく受けてしまいます。

一方、ヘルスケア事業はスタッフが頑張れば頑張るほどお客様がついてくださり、自分たちの努力が直接還元される事業です。だからこそ、外部要因に左右されにくい経営の安定化を目指すとともに、少しでも多くの方をサポートできるよう、事業を多層的に展開してきました。元気な方は「カーブス」で救えますが、年齢とともに体の不調が出てきて、このままでは確実に寝たきりになってしまう要介護手前の方もいらっしゃいます。そうした層をリハビリデイサービス「nagomi(なごみ)」でカバーしました。しかし、さらにその間から漏れてしまう「痛み難民」と呼ばれる方々がいることにも気づいたのです。

ーー救済の網から漏れてしまう「痛み難民」とはどのような方ですか。

西村隆一郎:
腰や膝などに痛みを抱えている方々のことです。痛みのせいで「カーブス」には通えず、かといって介護認定が下りていない方は「nagomi」にも通えません。こうした痛み難民は全国に約2000万人、およそ6人に1人がいるといわれています。

そこで、「カーブス」の新業態として痛みの改善に特化した運動施設「からだ動き回復センターピント・アップ」を展開しました。国内でも非常に早い段階で参入し、救えない人をなくすため、サービスを何層にもかぶせていくイメージで事業を拡大しています。

ーー高齢者向けのヘルスケアから一転し、子ども向けの支援事業にまで領域を広げた理由を教えてください。

西村隆一郎:
急増する発達障害の子どもたちを救い、日本の未来を守るための事業が必要だと強く感じたためです。文部科学省の調査によると、2007年から2017年の10年間で、発達障害の子どもの数が約5倍に増加しているというデータがあります。少子化が進む現代だからこそ、こうした子どもたちを救う事業が不可欠です。そこで現在、運動を通じて発達障害の改善を目指す児童発達支援事業「スパーク」を展開しています。

適切な環境やアプローチがあれば、発達障害は改善へと導けます。脳の発達には、運動、人との触れ合い、屋外で自然からの感覚刺激を受けることの3点が重要です。しかし、現代の子どもは放課後に家でゲームをする時間が長く、これらの要素が不足しがちです。このままでは日本の未来が危ぶまれると懸念し、立ち上げました。

撤退の決断と原点である炭・林業への回帰

ーー新規事業を次々と展開される中で、時にはうまくいかないこともあるのでしょうか。

西村隆一郎:
過去数年間を振り返ったときに、複数の事業を廃止して、大小含めて20以上の事業を立ち上げてきました。「会社を生まれ変わらせる」という意識で激しい世の中を生き抜くために柔軟に対応してきた結果です。

もちろん、立ち上げて1年足らずですぐに撤退した配食弁当の事業もありますし、長年続けてきた訪問入浴の事業も撤退を決断しました。配食弁当の事業は恐ろしいほどの物価高や食材の値上がりが理由であり、訪問入浴は働き手である看護師の確保が困難になったことや、国の介護報酬の大幅カットなどが主な要因です。やるべき事業には全力で取り組みますが、これ以上はお客様にご迷惑をかけてしまうと判断した場合は、会社や社員を守るためにも退く勇気を持つようにしています。その一方で、「エネルギー事業の原点に立ち返るべきではないか」と考えて、“薪炭”事業を本格的に立ち上げることに決めました。

ーー貴社の原点である薪炭事業の具体的な取り組みを教えてください。

西村隆一郎:
祖父が薪炭の配給を行っていたこともあり、薪炭は弊社の事業の原点でした。現在、弊社では宇治にある「笠取ベース」という拠点に、炭を焼きながら、その放出される熱を利用して薪の原料となる原木を乾燥させる工場ラインを建設しました。創業者の名前を冠した「太一郎」というブランドで展開しています。

この事業では、主にピザ屋さんなどの飲食店向けに薪をカスタマイズして提供しています。ピザ職人の方々は非常にこだわりが強いため、太さや長さ、皮をめくるかどうかまで細かく要望に応えています。現地見学会を開き、どれだけ手間暇をかけてつくっているかを見ていただくことで、価格競争に巻き込まれない独自の高付加価値を生み出すことができました。

ーー林業における、今後の構想についてお聞かせください。

西村隆一郎:
原木の仕入れに関しては、現在さまざまな問題に直面しています。原木を仕入れたくても山の持ち主がわからなかったり、山が荒れ果てて土砂災害の危険があったりするケースがあるのです。「原木の伐採を積極的にやらなくてはならない」という危機感を感じて、林業にも注力しています。原木を伐採しつつ、新たに植樹もする一方で、環境に配慮しつつ、炭や薪などのエネルギー資源の販売もする。そんなビジネスのサイクルを確立していきたいと考えています。

また、将来的にはこの林業を福祉と結びつける構想も持っています。社会に出づらさを抱えている方や、「スパーク」を卒業した子どもたちが、自然の中で感覚刺激を受けながら働ける就労の場として林業を活用したいのです。たとえば、京都の北部には多数の限界集落があります。人口減少が止まらず空き家だらけの村を市町村とタイアップしてリノベーションし、宿泊施設などをつくることで仕事を生み出し、ご家族ごと移住して大自然の中で働ける環境を整える。そうした社会課題解決の結節点として、林業をさらに発展させていきたいですね。

若手が活躍する組織づくりとDX・ブランディング戦略

ーー新規事業が次々と広がる一方で、主力のガソリンスタンド事業にはどのような変化が起きていますか。

西村隆一郎:
以前は年齢層が高かったのですが、現在は20代の若手社員が非常に増え、店長を任せられる人材も育ってきています。大きな理由は、リファラルでの採用が増加しているためです。

ただガソリンを売るだけでなく、車のコーティングなど高付加価値なサービスを強化し、社員が技術を身につけて努力した分だけインセンティブとして給与に還元される制度を整えました。しんどいことをしたら、その分の努力が正当に評価され給与ベースとして跳ね返ってくる環境があるからこそ、友人を誘ってくれるのだと思います。

ーー若い管理者が増える中での組織づくりの課題とマネジメントの本質は何ですか。

西村隆一郎:
たとえば、子ども向けの事業などはスタッフの平均年齢が20代後半と非常に若く、同世代の若い管理者が部下を指導するケースも多いため、人間関係の些細なすれ違いから不満が積み重なってしまう課題があります。業務上の小さな行き違いやコミュニケーション不足の積み重ねが、退職につながることも少なくありません。

それを防ぐためには、管理者が定期的に話を聞き、お互いに未熟な部分を素直に言い合える関係性を築くことが重要です。私自身も「できていないことがあったら教えてほしい」と伝えるようにしています。指導の場面で厳しく接することがあっても、根底に深い愛情と信頼関係があれば、ハラスメント等の問題に発展することはありません。結局のところ、マネジメントの真髄は相手への愛情に尽きると考えています。

ーー社員の働きがいや、エンゲージメントの高まりを感じる瞬間はありますか。

西村隆一郎:
最近非常にうれしかったのは、フィットネス事業で働く店長の姿を見た高校生の娘さんが、自ら「お母さんが毎日楽しそうだからここでアルバイトをしたい」と言って働き始め、ゆくゆくは正社員として入社したいと希望してくれたことです。

母親がいきいきと楽しそうに働く姿を身近で見て、自分もそうなりたいと感じてくれたことは、事業を続けてきて本当によかったと思える瞬間でした。今後も、親子で働きたいと思ってもらえるような会社づくりを進めていきます。

ーー古い体質が残りやすいエネルギー業界におけるDX推進の取り組みを教えてください。

西村隆一郎:
ガスの販売を中心としたエネルギー事業部では、ゴールド保安認定事業者(第一号)(※1)を取得しました。お客様に安心して使っていただけるよう、大きな投資をしています。弊社のすべての事業に共通することですが、付加価値を付けること、安心感を与えることを常に考えています。

さらに近年はDXを積極的に推進しており、災害時にお客様のガスを本社から遠隔でボタン一つで一斉に遮断できる通信システムを導入しました。請求書のWEB化なども進め、古い体質が残りやすい業界の中で積極的に新しい技術を取り入れています。事業はどこかで力を抜いてしまうと、一瞬でダメになってしまうと考えているため、常に全力で取り組む姿勢を貫いています。

(※1)認定LPガス販売事業者リスト

ーー自社ブランドを今後どのように確立させていく構想ですか。

西村隆一郎:
今後は、お客様に付随するあらゆるサービスをトータルで提供できるブランドへと進化していきたいと考えています。たとえば、長年お付き合いのあるガスをご利用のラーメン店のお客様が店舗を移転される際、建物の元請けから厨房機器の手配、さらには経理システムやホームページの制作に至るまですべて弊社でお引き受けした事例があります。

ガス事業を通じて築いてきた信頼関係があるからこそ、お客様にとっても安心してお任せいただけます。このように、一人のお客様や一社の企業が抱える多様なニーズに対し、「東山に頼めば何でも解決できる」と思っていただけるようなトータルサポートのブランドを築いていくつもりです。

創業100周年まで社員と一緒に走り続けたい

ーー創業100周年に向けた中長期的な目標を教えてください。

西村隆一郎:
会社全体の目標として、「100年続く企業をつくりたい」と考えています。実は、100年続く企業というのは、5,000分の1くらいしかないそうです。弊社は2026年で創業78年を迎えましたから、100周年まではあと22年ほどとなります。私が社長として次の世代にバトンを渡すタイミングもそのあたりになると想定しています。

社員にも、長く働いてもらえたらうれしいですね。そのためにも、フレックス制度の導入や女性社員の出産後の復帰支援など、働きやすい環境づくりにも取り組んでいきます。既存のエネルギー事業をより深く追求しつつ、日本が抱える社会課題を解決できるヘルスケア事業を広げ、不動産など安定した収入源も確保していく。100周年を迎えるその日まで、社員と一緒にずっと走り続けたいですね。

編集後記

社長になった今も、お客様や社員とふれあう機会を大切にしている西村氏。エネルギーからヘルスケア、林業に至るまで、一見すると異なる分野でありながら、その実すべての事業を社会の課題解決という線でつなぎ合わせる背景には、世の中が変化する中で「誰もが健やかに暮らせる社会を作りたい」という深い愛情と使命感があった。人と環境に配慮する温かい姿勢が、多くの事業を生み出し、同社の持続的な成長を支える大きな原動力になっていることは間違いない。

西村隆一郎/1980年、京都府生まれ。神奈川大学卒業。2002年、石油メジャーのエクソンモービル・ジャパン合同会社に入社し、営業職として勤務する。2005年に株式会社東山に入社。2015年に代表取締役社長に就任。2008年より多数の新規事業の展開を開始。