リフォーム業界の中でも、塗装業は特に好調だという。建物の外壁メンテナンスは欠かせないため、常に安定した需要があることがその理由だ。近年では下請け専門の塗装業者が元請け化するなど、新たな動きもみられる。
そんな中、行政から民間まで幅広い塗装案件を受注している会社が、横浜塗装工業株式会社だ。社会貢献にも積極的な同社の代表取締役社長、立澤明氏に、社長就任の背景や事業内容、今後のビジョンなどについてうかがった。
逆境の中、自身の信念と周囲の励ましを力に5代目社長に就任
ーー立澤社長が横浜塗装工業の5代目社長に就任した経緯を教えてください。
立澤明:
私は創業者の孫ですが、入社当初から社長になることが決まっていたわけではありませんでした。入社した当時、私は3代目社長の下で経理の仕事に携わっていました。世間はバブル経済の好景気の真っただ中で、弊社は特定の1社の仕事だけを受けることで、十分に利益を得ることができていました。
しかし、私はそのような事業のあり方に「1社からの仕事だけでは、その会社に何かあったときに困るのではないか」と疑問を持つようになりました。そこで、民間、行政、個人事務所など、多方面からの仕事を受注できるように、営業に力を入れ始めました。
最初は利益率が低く、社内で叱責される始末でした。仕事を教えてくれる先輩もおらず、協力業者やお客さまに頭を下げて、管理の仕方や見積もりの仕方を教えてもらいました。そのうち、1人で取り組んできた仕事の売上が4〜5億円に伸びてきて、35歳の頃には「40歳までに独立しよう」と決心しました。5年計画でプランを立て、営業や現場管理、総務など、社内の業務全てにかかわりました。
ちょうど私が40歳のときにバブル経済が崩壊して、それまでの主要取引先からの売上が8億円から2億円に激減しました。そのとき、4代目社長から、私自身が社長に指名されたのです。会社は厳しい状況で、株の買い取りなどのために3億円の借金をする必要があり、非常に悩んだ末の社長就任でした。
「負けずにやっていこう」と決断できたのは、家族がつくった会社を存続させたいという思いと、妻の励ましや、社員、協力業者、取引先の後押しのおかげです。
塗装に関する幅広い業務を手がけ、地域貢献活動にも参加
ーー現在はどのような事業を中心に展開していますか。
立澤明:
塗装のほかに、マンションや団地・ビルの外壁の大規模改修が今の主な仕事です。外壁の改修は、塗装だけでなく防水工事なども含むため、「塗装業」という括りで幅広く総合的に事業を展開しています。塗装関連の仕事は、行政やゼネコンの案件、プラントなどオールマイティに取り組んでいます。
ーーボランティアとして実施されている公園塗装についてお聞かせください。
立澤明:
一般社団法人日本塗装工業会という、約2300社の塗装業者で構成された全国団体に所属しています。各県に支部があり、ボランティア活動に力を入れています。
私が理事長を務める横浜市塗装事業協同組合でも、15年前よりCSRの取り組みが行われており、組合員を派遣して横浜市内の公園の遊具を無償で塗装する取り組みを始め、昨年度はのべ500公園の塗装をおこないました。
これからも諸先輩方の指導の下、しっかりと塗装業界の組織団体を運営し、県や市に貢献して地域の経済活動を盛り上げていきたいと思います。
新規事業「BETTER HOME」で土地開発への参入も視野に!
ーー将来的に注力していきたいのは、どの分野の事業ですか。
立澤明:
5年前から新規事業として始めた、アメリカンタイプの内装リフォーム事業、「BETTER HOME」を盛り上げていく方針です。これは不動産や土地を購入してアメリカンホームを建て、売買するもので、コロナ禍で移住者が増えたといわれる軽井沢周辺はインバウンドもあり、経済成長も見込めるでしょう。
ただ建てて売るのではなく、お客さまに喜んでいただける住まいづくりを提案します。将来的にリフォームや塗装だけでなく、家そのものを売る展開を実現するための基礎固めをしていきたいと考えています。
ーー最後に、今後の抱負を聞かせてください。
立澤明:
私は人とのつながりを大切にしています。弊社の社員もご縁があって入社したわけですし、豊かに暮らしてもらうために給与やボーナスを上げていく。それが私の信念です。社員には、失敗してもいいから積極的に取り組んでほしいですね。
勇気を持って行動した結果、失敗して落ち込むこともあるかもしれません。落ち込んだとしても周りの人の励ましがあれば、這い上がって次のステップに進めます。それを繰り返すことで、人は成長していけるのです。
私も社員や協力業者がいてくれたからこそ、社長に就任することができました。彼らのおかげで今の横浜塗装工業があります。これからもその思いを大切に、会社を成長させていきたいですね。
編集後記
バブル崩壊からリーマン・ショック、コロナショックなど数々の荒波を乗り越え、現在に至るまで老舗企業の舵取りを続けてきた立澤社長の精神力には目を見張るものがある。新規事業を始めた背景にある考え方は、「無理のない土地開発」であり、お客さまにとって最高の住まいづくりを目指している。社会貢献への意識も高く、社員との間に強い絆を育ててきた立澤社長であれば、今後の事業においても成功をつかむに違いない。
立澤明/1958年、横浜市生まれ。日本大学を中退後、横浜経理学校を卒業。1979年横浜塗装工業株式会社に入社。経理、総務を担い、現場管理や営業に従事。1998年、代表取締役社長に就任。大手電力会社の下請け工事が主な事業であった同社で、民間工事や諸官庁工事の請負受注を増加させ、社長就任後から現在までに75%の売上増加を果たしている。