※本ページ内の情報は2024年9月時点のものです。

厳しい労働条件と低賃金が原因で、恒常的な人材不足が問題視される介護業界では、多くの企業が苦境に立たされている。しかし、その中で株式会社土屋は異例の採用数を記録し、同時にサービスのクオリティと売上の向上を実現している。

業界の難題を乗り越えた同社の代表取締役である高浜敏之氏は、どのように人材を確保し、どのような戦略で事業を拡大してきたのか。介護業界の現状を打破しようとする取り組みとその成果に焦点を当てた。

「論語」を軸に「算盤」とのバランスがとれた会社を志す

ーーまず、起業以前の経歴を教えてください。

高浜敏之:
大学卒業後、障害者の自立支援を行う会社に入社しました。その時点では経営者になるつもりは全くなく、大学で学んだ哲学や倫理学を活かし、現場でケアを担いたいという思いで働いていました。

介助者として働くうちに、重度障害者の人権を守る団体の方々と知り合い、その活動に参加するようになりました。その活動を通じて、社会的少数派の声を聴き、彼らのニーズに応えることの大切さを学んだのです。

当時は障害者だけでなく、ホームレスや難民といった社会的弱者の支援にも没頭し、30代は時給1,000円での生活でした。最近、渋沢栄一が新札になりましたが、彼の言う「論語と算盤」、つまり道徳と経済のバランスの点で言えば、私は「算盤」には全く興味がない偏ったタイプでした。

ーー現場のケアから経営者に方向転換されたのは、なぜでしょうか。

高浜敏之:
大きな社会問題を解決するには、現場での行動だけでは限界があると感じたからです。そのため「算盤」についても学びたいと思い、30代の終わりに介護系ベンチャー企業に転職しました。

しかし、会社が次第に「算盤」に偏りすぎていると感じ、私自身も算盤側に寄ってしまいそうになりました。ですが私の軸はあくまで「論語」であり、その上で論語と算盤のバランスのとれた会社をつくりたいと思うようになりました。自分の理想を形にするべく経営者になろうと決意し、起業に至りました。

ーー具体的には、どのように論語と算盤のバランスをとっているのでしょうか。

高浜敏之:
ビジネスを意識しすぎず、ソーシャル寄りの企業文化を築くことを心がけています。まず、社会問題の解決を第一とし、その解決に向けて全力で取り組んだ結果、ビジネスが大きくなっていく形が理想です。

介護事業には多くの人手が必要で、実際のところ、経費の70〜80%が人件費です。この業界は人材集めが難しいと言われていますが、それを克服するために、まず人材の労働条件の改善を考えました。できるだけ多くの資金を彼らの賃金に回せるよう、販売管理の効率化を徹底したのです。

スタッフの多くはリモートワークを採用しており、マネジメント関係も全国に分散させて、オンライン化を進めました。こうしたDXによる効率化の結果、会社の高利益体質を生み出し、採用投資に回せるようになったのです。

一時は毎月100名以上の応募があるなど、介護業界では異例の成功例として朝日新聞などのメディアでもとり上げられました。おかげさまで知名度も上がり、ブランドの確立にもつながって、さらに人材集めが進んでいます。

トータルケアカンパニーとしてプロの介護サービスを展開

ーーあらためて、貴社の事業内容についてうかがいたいと思います。

高浜敏之:
弊社は、高齢者や障害者の方々に対し、より良い生活を送るための介護サービスを提供し、さまざまな社会的ニーズに応える事業を展開するトータルケアカンパニーです。豊富な知識と経験を持つ介護のプロフェッショナルが集まり、一人ひとりに合わせたサポートを提供しています。

特に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や進行性筋ジストロフィーなど、医療依存度の高い難病に対応した重度訪問介護に力を入れており、全ての担当ヘルパーが医療ケアの資格を取得しています。たとえばALSは、脳から筋肉に指令を出す神経が委縮する病気で、次第に体が動かなくなり、やがて呼吸ができなくなって死に至ります。人工呼吸器での延命は可能ですが、選択権は本人にあり、7割が拒否するのが現実です。

家族に迷惑をかけたくないという思いからですが、私たちが介護を担えば一対一で24時間対応することも可能です。このようなサービスは、従来は人手不足で難しかったのですが、採用を拡大することで実現しました。家族の負担を軽減し、生きるという前向きな選択ができるような社会環境やインフラを整えることが、私たちのサービスの根本思想です。

それに関連して、業績悪化や後継者問題で継続が難しくなった介護事業者を、救済型M&Aで引き受け、事業を継続させることにも取り組んでいます。この4年間で約20件を手掛けており、介護難民問題の解決に貢献しています。

つくり上げたインフラを継承し持続可能な会社を目指す

ーー今後の展開についてお聞かせください。

高浜敏之:
メインとしている重度訪問介護に関して言えば、ALSなどの難病に加えて、強度行動障害といわれる認知障害や自閉症で自傷行為のある方々のケアにも力を入れていきたいですね。そして、引き続き難病、障害、高齢といった問題を抱えた方々の小さな声を、1つでも多くすくい上げることを使命と考えています。そういった方々にとっては、まさに死活問題です。

そのため、私たちを含めて介護事業を潰してはなりません。継続させることが大前提であり、事業継承は非常に重要な課題です。

私は今52歳ですが、私が関わらなくなってもこのインフラを守っていけるように、55歳くらいから徐々にバトンタッチの流れをつくっていこうと思っています。そのための事業拡大の目標として、創業5年となる来年には、グループの売上を100億円、2030年に200億円、2040年に500億円、2050年には1000億円を実現したいと考えています。

私はその頃には引退していると思いますが、後継者とともに、それくらいのインパクトのある会社に育てるための道筋をつくっていくつもりです。

編集後記

ゆっくりと穏やかに話す高浜社長だが、その言葉の端々から「マイノリティをとりこぼさない」という強い信念が感じられる。この信念は介護業界を支える原動力となり、他に類を見ない成果を生み出している。

高浜社長はビジネスとしての介護にとどまらず、社会貢献にも使命感を持ち、真摯に事業に取り組んでいる。その姿勢には社員への配慮や、ともに成長しようという温かさがある。事業の継承や次世代へのバトンタッチを見据えた準備も進められており、今後の発展が非常に楽しみである。

高浜敏之/慶應義塾大学文学部哲学科卒業。大学卒業後、介護福祉社会運動を行う。自立障害者の介助、障害者支援運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。2020年に株式会社土屋を起業し、代表取締役CEOに就任。