※本ページ内の情報は2024年9月時点のものです。

大学発のベンチャー企業が次々と登場する一方で、起業家たちが抱えているのが研究開発投資と事業の収益化に対する悩みだという。産学連携が叫ばれている今、こうした起業家の光となっているのが、株式会社坪田ラボだ。今回は眼科学の教授としてキャリアを築き、大学発の医療ベンチャー企業として東証グロース市場上場を果たした坪田ラボを率いる代表取締役社長の坪田一男氏に、経営者としての戦略と哲学についてうかがった。

ビジネスとして成立する大学発ベンチャーの発足で、医療の未来に光を灯す

ーー創業のきっかけをお教えください。

坪田一男:
日本の医薬品や医療器具は、深刻な輸入超過問題を抱えています。株式会社坪田ラボを設立したのは、この問題を解決したいという思いからでした。

資源の少ない日本では頭脳、つまりノウハウや技術、知識を輸出して石油や農産物などを買っていました。医療分野は、まさに頭脳にあたる部門です。本来であれば医薬品や医療器具を輸出して外貨を獲得するべきなのに、実態は5兆3000億円の輸入超過に陥っています。

大学など、研究機関のイノベーションを社会実装させるコマーシャリゼーション(商業化)を考えたとき、慶應義塾大学で世界的にも先進的だったのがドライアイと近視に関する研究でした。いずれも世界トップクラスの研究だったので、私はこの分野で勝負をしようと考えました。

ーー輸入超過は国としても大きな損失ですが、ここにメスを入れたいと考えたわけですね。

坪田一男:
日本の医学研究は、世界的に見ても非常に高い水準です。これを生かして医学部発の製品をビジネス化するモデルを試してみたいと思ったのです。弊社がロールモデルとして大学発ベンチャーの商業化、収益化を実現できれば、医療分野の輸入超過問題の解決に多少なりとも貢献できるでしょう。

ーー社会的意義の大きい事業ですね。経営ビジョンをお聞かせください。

坪田一男:
「ビジョナリーイノベーションで未来をごきげんにする!」をミッションとして掲げています。ビジョンとは目を中心としたサイエンスです。私たちが取り組んでいる近視やドライアイ、老眼、脳疾患に対するイノベーションを通じて、社会的にも個人的にも、よりよい未来をつくりたいと日々、取り組んでいます。


ーー研究開発を手掛ける大学発ベンチャーが収益化に成功している例は、まだ多くありません。

坪田一男:
収益化はアカデミア発ベンチャーに限らずどの企業でも難しいですよね。実際、多くの人がシステムや環境を理由に収益化できないと捉えているようです。しかしながら、教授として学生を指導している私の立場から見ると、システムや環境を理由にすると自由な大きな発想に結びつきません。大切なのは、一人ひとりが情熱を持って取り組めるかどうかだと思います。医療分野のイノベーションを商業化するという価値観、起業をするという選択肢が絶対的に欠けているのが今の実情です。

ーー医療分野では、その傾向が顕著なのでしょうか?

坪田一男:
その通りです。医療は目の前の患者を治療する臨床、後継者を育成する教育、そして研究という3つの道しかないと多くの人が思っていますが、私は4つ目の選択肢として、イノベーションが入ってくるべきだと考えています。

研究開発中の赤字を回避するビジネスモデルを模索することで、既定概念を覆す

ーー改めて、事業内容について詳しくお聞かせください。

坪田一男:
弊社の事業の中でも大きな柱となっているのが、近視やドライアイを解決する分野です。

最近の研究で、外でよく遊んでいる子どもは近視になりにくいことがわかってきました。その理由は、太陽の光の中に含まれているバイオレットライトにあります。バイオレットライトは、室内にはない光で、近視の進行を抑制してくれることが研究で明らかになっています。

私はこの知見を生かして、子ども用のメガネの開発に取り組んでいます。すでに商品になっているものとしては、有名メガネブランドと一緒にバイオレットライト透過レンズを発売しました。月間で4,000個ほどの売り上げとなっています。

ーー研究とビジネスの両立には難しさもあるのではないでしょうか?

坪田一男:
研究開発期間中は、たいていの会社が赤字になりますが、黒字化できているのが弊社の強みです。私たちは、研究によってエビデンスや知的財産となる論文、そしてセオリー(理論)、さらに研究者としての社会的な信用を有しています。研究開発が現在進行しているプロジェクトは、研究開発や認可までの期間がある程度必要なため、投資するうえで不確実性が高いとされてしまい、赤字に陥りがちになるのです。

坪田ラボでは、「研究が進んでいる製品に対して、早くご契約いただけるなら、契約金を安くする」ということを企業に提案しています。その代わり、ロイヤリティ(Royalty:利用者が権利者に支払う使用料)は妥協せず、特許権が付与された後にはしっかりと収益を上げられる仕組みをビジネスモデルとして構築しました。私が代表を務めている慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会の会員である20社に、この手法を教えています。

海外にもマーケットを展開することで、「ごきげん」になる場所と時を増やしたい

ーー今後の夢や展望についてお聞かせください。

坪田一男:
将来的には、マーケットは海外をメインにしていくことを想定しています。近視の進行を抑制する強膜菲薄(きょうまくひはく)化抑制点眼液事業では、アメリカ・ヨーロッパの眼科領域に特化した企業と契約を結びました。現在、欧米以外の地域の企業とも、交渉を進めている段階です。

ーー研究開発環境においては、どのような取り組みをしていますか?

坪田一男:
10年後を見据えると、眼科のサイエンスだけではカバーしきれない分野も出てくるでしょう。精神科や生理学教室のサイエンスからイノベーションすることも考えて、慶應義塾大学病院内に設置された医療とヘルスケアを中心とした研究開発が行える場所に、オフィスを移しました。

ーービジョンに含まれる、「ごきげん」でいるための秘訣をぜひ教えてください。

坪田一男:
私が重視しているのは利益の最大化ではなく「ごきげん」の最大化です。これを意識すると、時間の使い方が変わってきます。普段から運動や食事、さらに睡眠やストレスマネジメントなども意識し、数々の工夫を重ねながら、自分自身を上きげんにしておき、事業でも「上きげん」をつくり続けていきます。

編集後記

インタビュー中、終始「ごきげん」なオーラを身にまといながら、冷静に事業環境や収益最大化に向けた戦略について語っていた坪田社長。サイエンスを追究する研究開発と、利益を追求するビジネスという異なるフィールドをつなぐ情熱の原動力は、大学発ベンチャーを商業化させるロールモデルをつくりたいという熱い思いだった。

坪田一男/1980年、慶應義塾大学医学部を卒業。1987年、ハーバード大学角膜クリニカルフェローシップを修了。1998年、東京歯科大学眼科教授に就任。2004年慶應義塾大学医学部眼科教授に就任し、アイバンクシステム導入や幹細胞移植で実績を残す。2012年、株式会社坪田ラボを設立。2017年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科EMBA取得。2019年、株式会社坪田ラボの代表取締役に就任。2022年、坪田ラボを東証グロース市場に上場させた。