日本政府は、温室効果ガス排出量を2030年までに2013年比で46%削減する目標を掲げている。とりわけ、地球温暖化に大きな影響を与えるCO2(二酸化炭素)に注目すると、日本の製造業の中でも鉄鋼業が排出するCO2は、全体の約3分の1を占めている。
このように高い割合を占める鉄鋼業のCO2排出量に早くから着目し、一般的な鉄材の熱切断方法に比べてCO2排出量を5分の1に削減する技術を導入した企業がある。それがクマガイ特殊鋼株式会社だ。今回は代表取締役社長の熊谷憧一郎氏に、その技術導入への思いと、同社の理念についてうかがった。
社内外に通用する人材を育て、属人的にならない組織を目指す
ーー貴社に入社するまでの経歴をお聞かせください。
熊谷憧一郎:
家業を継ぐことは当初より念頭にあり、大学卒業後は修業のために、三菱商事の鉄鋼部門に入社しました。2003年にその部門が分社化され、私は株式会社メタルワンに移籍したのですが、その約4年間の経験は、特に数字に強くなる上で大いに役立ちました。お客様は、弊社と同規模の企業が多く、経営者と直接関わることができたことは、今でも大きな財産となっています。
ーー経営者として、特に大切にしていることは何ですか?また、社員や業務に対する考え方について教えてください。
熊谷憧一郎:
社員と業務に関してそれぞれに大切にしていることがあります。まず社員に対しては、弊社だけでなく、社会全体に通用する人材を育てることを目指しています。そのため、外部研修や資格取得を積極的に推奨しており、その結果、多くの有資格者が誕生し、社員の知識レベルも格段に向上しました。
特定の個人に依存しない組織づくりを目指していますが、これは私が入社した当時に、属人化による組織の課題を解決したいと考えたことがきっかけです。業務面では、自動化と生産性の向上に重点を置き、積極的に設備投資を行っています。
たとえば、2023年に導入した水素ガス切断機の稼働には苦労しましたが、30代の若手リーダーが4ヶ月で実現にこぎつけました。水素は燃焼速度が速いため、従来よりも2〜3割速い切断が可能となり、プロパンガス2台分の作業を水素ガス1台で行うことができます。ガス代は約3倍かかりますが、CO2排出量が5分の1に削減され、環境にも優しい取り組みです。社員の知識と設備投資の成果であると感じています。
製造業の魅力を顧客だけでなく世の中に発信
ーー特殊鋼の加工や販売というと、かなりニッチな市場だと思いますが、貴社が強みとしている点を詳しく教えていただけますか?
熊谷憧一郎:
弊社は、多種多様な特殊鋼の加工と販売を行っています。特に、厚板の特殊鋼において独自の強みを持っています。特殊鋼と聞くと自動車をイメージされる方が多いですが、弊社は厚板に特化しているため、建設機械や輸送機械(トレーラーやフォークリフト)などの分野にも対応しています。今後は、この厚板分野のシェア拡大にさらに注力していく所存です。
ーー製造業でオウンドメディア「製造タイムズ」を運営されているのは、ユニークな試みだと思いますが、その狙いや背景を教えていただけますか?
熊谷憧一郎:
製造業の後継者問題が深刻化する中で、製造業の魅力をより多くの人々に伝えることによって、後継者であるにもかかわらず家業を継ぎたくないという人を少しでも減らしたいと考えています。製造業の技術を求めている人が想像以上に多いことを実感しているからです。
2016年に「製造タイムズ」を立ち上げましたが、現在、1日の閲覧数は、自社ホームページが1,000PV強であるのに対して、「製造タイムズ」は1,500PVです。今後も、製造業界全体がより注目され、製造業に従事する方々がその努力に見合った評価を受けて、より豊かに生活できる社会を目指して取り組みを続けていきたいと思っています。
ーーWEBを活用した問い合わせも増えているとのことですが、今後の展開や計画についてお聞かせください。
熊谷憧一郎:
はい、WEB経由で毎日新規の問い合わせが寄せられています。現在、弊社は中部地方のお客様が多いのですが、WEB上では全国から、さらには東アジアや東南アジアからも問い合わせが増えており、将来的には海外展開も視野に入れています。また、車両だけでなく、土木建築業界にも販路を広げたいと考えています。
これらの多くはWEBマーケティングの効果ですので、今後もWEBの活用を一層拡充させていきます。現状、私一人で対応していますが、今後は組織として体制を整えていくつもりです。そのために、BtoBのWEBマーケティングやブランディングの経験者、新規事業の立ち上げ経験者などを広く募集しています。
ーー貴社で活躍できるのはどのような人材でしょうか?
熊谷憧一郎:
最も重要なのは意欲です。弊社は、資格取得制度や研修制度が整っているため、意欲さえあれば成長できる環境です。また、「製造タイムズ」を活用したビジネスや、安全に寄与する保護具の製造、作業服の制作、鉄鋼業界向けのシステム開発など、多種多様な新規事業を視野に入れており、新しい価値を社会に提供できる点も魅力です。
私たちは、社員一人ひとりが積極的に価値を生み出し、それをしっかりとサポートする企業です。社会人として成長したい方にとって、これ以上ない環境だと考えています。
ものづくりを超えた付加価値の創造
ーー多くの新規事業を検討されていますが、最も大切にしている考え方は何ですか?
熊谷憧一郎:
多様化が私たちのキーワードです。弊社は特殊鋼を販売していますが、それに付加価値をつけることが重要だと考えています。たとえば、水素ガス切断機の導入は環境に配慮したものづくりの一例です。また、WEBを活用して顧客と直接つながり、ニーズに応じた製品を提供することもその一環です。
さらに、土木建築分野では、弊社オリジナルブランド「KN-BLOCK」を開発し、販売を開始しました。これは、国土交通省が推進する無電柱化計画に基づき、埋設物を保護するために開発した特殊な鉄板です。
このように、外部環境の変化に対応し、顧客ニーズに応えるための取り組みを、今後も積極的に展開していきます。
編集後記
熊谷社長は、自社だけでなく、業界全体の未来を見据えた確固たるビジョンを持ち続けている。社員に対しても「理想はずっと弊社で働いてくれること」と述べつつ、必要な知識を身につけて社会にも貢献してほしいという思いが感じられる。社会や業界の動向を素早く捉え、新たな事業を次々と立ち上げるその手腕は、日本の製造業の未来を明るくしていくに違いない。
熊谷憧一郎/1977年、愛知県生まれ。成蹊大学卒業。2000年に三菱商事株式会社に入社後、株式会社メタルワンに籍を移し、約4年間の修業を経て2004年にクマガイ特殊鋼株式会社に入社。2014年に代表取締役社長に就任。