再生可能エネルギーの普及や住宅のオール電化により、エネルギーガス業界ではガス需要の低下が課題となっている。そんな中、環境事業や水素事業など複数の事業を展開し、業界をけん引しているのが、ガスメーカーの福岡酸素株式会社だ。
社長に指名されたときの思いや、新たに事業を立ち上げる理由、日本のエネルギー問題などについて、代表取締役社長の福田寛一氏にうかがった。
高圧ガスを軸に多岐にわたる事業を展開。新たなエネルギーとして期待される水素事業の取り組み
ーーまず貴社の事業内容について教えてください。
福田寛一:
産業用ガスや医療用ガス及びエネルギーガスの製造販売と、付帯する設備、機器、汎用プラント工事から研究開発用プラント工事(新エネルギー、CO2削減及び貯留設備、高効率化燃焼装置)を手掛けております。
また、脱炭素やBCPソリューション(※)、労働・衛生環境の改善など、自然や労働、衛生といった各分野における環境ソリューション事業にも取り組んでいます。具体的には、自然分野ではCO2排出量の削減や災害発生時のLPガス非常用発電装置による電力供給、水改質機器による飲料水の確保、保存食などによるソリューションを進めております。労働分野では人口減を見据えた産業用ロボットなどの省力化機器の提案や、さまざまなニーズに対応する自社開発ロボットの製作、衛生分野ではウイルスの拡散・蔓延を防ぐための除去対策、触媒利用技術機器などのソリューションをしています。
さらに、代替エネルギーとして注目される水素事業にも注力しています。このように複数の事業を展開することで他社との差別化を図り、お客様に弊社ならではの価値を感じていただくために、新たな挑戦を続けています。
(※)BCP(事業継続計画)ソリューション:緊急事態が発生した場合において、事業を復旧・継続するための事業継続計画の策定を支援して課題解決に導くこと。
ーー複数展開している事業のうち、今後は特にどの分野に注力したいとお考えですか。
福田寛一:
今後注力していきたいのが「水素事業」です。昨今では生活に必要なエネルギーを確保しつつ、環境への配慮も求められています。そのため、化石燃料を使用しCO2を大量に発生させる火力発電から脱却し、自然エネルギーを活用して水の電気分解によって水素を作り、エネルギー源として利用するのがベストですが、未だ実用化には問題があります。将来的にこの問題をクリアして利用していくことが国策としても非常に重要と捉えています。
そこで、弊社では水素ステーションの開設や排出された炭酸ガスを回収して液化炭酸ガスに再生するプラントを他社から受注して施工し実証運転をするなど、将来を見据えた環境に配慮した取り組みを進めております。環境への負荷を大幅に軽減でき、日本の豊かな水資源を活かせる水素発電こそ、エネルギー資源が乏しい日本が生き残る道ではないでしょうか。
社内教育の徹底で提案力とお客様の信頼を高める
ーー貴社の強みについて教えてください。
福田寛一:
九州全県に拠点があるため、すぐにお客様の元へ駆けつけ、スピーディーな対応をできるのが最大の強みです。長年の信頼構築により、地域の方々との関係性が強固であることもポイントです。それに加え、お客様のニーズの変化に合わせた提案やソリューションの提供も行っています。
このような強みを活かすためには、社員教育と育成が重要と考えており、社員育成を強化するために、2022年に本社改装のタイミングに合わせてアカデミー施設を整備し、社内研修を営業や技術、製造、管理の部門毎に年に50〜60回実施しています。
部門毎に実機を利用して、機器導入時の取扱い説明からトラブルシューティング対応に至るまでの研修や、実際に稼働している装置を見ながら、ガスの製造工程や各種設備の利用状況を把握し、装置や容器などのカットモデルを利用して五感で体得させております。
知識の定着に対するフォローアップも積極的に行いながら、各製品についてきちんと理解することで、お客様に自信を持って提案できるように指導しています。また、高圧ガスの供給のみならず、高圧ガス設備や付帯機器などの設計から施工、維持管理などもワンストップで対応出来る事も当社の大きな強みです。
ーー会社を経営する上でどのようなことを意識してきましたか。
福田寛一:
働きがいのある環境づくりです。会社の業績は必ずしも右肩上がりが続くというわけではないので、売上だけを原動力にしているとモチベーションが下がってしまいます。そこで重要なのが、上司や部下、同僚とのつながりです。
従業員同士の関係を良好に保つため、日頃からコミュニケーションの重要性を伝えています。また、私自身は役員や部長との距離を適度に取り、社内の風通しが良くなるように心がけています。
業界体質を少しでも改善!就任後に行ってきた組織改革
ーー社長に就任した経緯についてお聞かせください。
福田寛一:
当時は業界が閉鎖的な雰囲気で、現状にあぐらをかいているままではだめだと感じていました。この状況を打破するために、40代後半から「自分がリーダーとして会社を引っ張っていかねばならない」という気持ちが芽生えました。
そして、この使命感を強く意識して何事も前向きに取り組み、新規のお客様との取引拡大に努めてきました。その結果、強い使命感を高く評価していただき社⾧へ使命され、経営者になってからはこれまでの悪しき習慣を取り払い、既存のお客様との関係構築や新規お客様との取引拡大、粗利益率の改善に注力してきました。
ーー労働環境の改善にも注力してきたそうですね。
福田寛一:
ガス業界は3K(きつい・汚い・危険)というイメージが浸透しています。こうした負のイメージを払拭すべく、全事業所の労働環境の整備に取り組んでいます。取組みの1つとして、運搬時に負担となっているガスを充填する容器(ボンベ)について、軽量容器の導入を進めていき40%軽量化が出来ております。
また、鹿島建設様と共同で高規格な賃貸オフィスビル「博多コネクタ」を建設し、弊社もテナントとして入居しています。その他、全拠点の社屋について、移転を含めた新築改装や大規模改修工事などで職場環境の整備も95%改善しております。福利厚生から給与体系などの見直しも行い、従業員の労働意欲の向上に努めています。
さらに「社員の健康=社の決算数値」と考え、福岡県の「ふくおか健康づくり団体・事業所宣言」にも参画しています。全員に健康診断および該当者への再検査を必ず受診してもらっています。禁煙を推進するため、禁煙外来の費用負担や社内の喫煙室の撤去も実施しました。
ーー評価制度についても教えてください。
福田寛一:
以前は上司が一方的に評価する方法でしたが、部下と話し合い、お互い納得した上で評価する「対話型」の仕組みに変更しました。評価項目を一つずつ確認し、1〜11等級で判定しています。自分自身を評価するとどうしても甘くなってしまうので、他者の視点も入れて伸ばすべき点や改善すべき点を探り、自己成長につなげています。
さらに、私たちの仕事がどのような形で社会に貢献しているのかを重点的に示すために、教育方法も見直しました。たとえば、窒素や酸素、水素などは家電やパソコン、携帯、輸送機器などの身近にある装置の半導体製造時に欠かせないガスとして使われており、さまざまな産業界を陰で支える重要な役割を持っている企業であることを伝えています。
社会における自社の役割をそれぞれが認識し、自分の仕事に誇りを持ってもらいたいという考えからです。ガスは目に見えないからこそ、お客様からの信頼を得ることが重要だということも伝え、意識の転換を図っています。
「食」にフォーカスした新規事業の始動。時代の変化を先読みし次なる一手を
ーー新規事業についてお聞かせください。
福田寛一:
「食」をテーマとし、廃棄予定の食材を活用した液体肥料の開発事業に着手しています。3年かけて実証実験を行い、国からの認可を得られたため、来年(2025年)から試験販売をスタートする予定です。
水耕栽培での活用を進め、作物の成長を早めることで農業の効率化を支援していきたいと考えています。また、魚の餌としての需要も見込み、農水産関係の大学や高校と共同で研究を行っています。
ーー最後に今後の展望を教えていただけますか。
福田寛一:
これまでさまざまな分野に提供していた当社の主力商品である各種ガスについて、今後は使用量が減少し衰退していくことが考えられるのと同時に、新分野におけるガスの成⾧は見込めると考えております。そのためにも、今後もガスの製造販売にとどまらず、あらゆる領域に裾野を広げていこうと考えています。社会環境の変化を先回りして捉え、新たな事業展開を通じて社会に貢献し続ける企業並びに社員や家族にとって明るく希望に満ち溢れる企業体を目指していきます。
編集後記
自らの手で会社を変えるため、従業員の前で社長就任を宣言した福田社長。地元でも名の知れた老舗メーカーの組織改革は、一筋縄ではいかなかっただろう。それでも時代の変化に柔軟に対応しながら改革を進めてきた。福岡酸素株式会社はリーディングカンパニーとして、日本のエネルギー活用のあり方を大きく変えていくことだろう。
福田寛一/1953年、長崎県生まれ。1972年、鹿町工業高等学校卒業後、福岡酸素株式会社に入社。技術部門から営業部門へ転籍し、営業開発部部長、エネルギーガス部長を経て、2018年に代表取締役社長に就任。