「日本の貿易業界で長年、煩雑な手続きとアナログなプロセスが足かせとなる中、注目を集めている企業がある。貿易業務のデジタル化推進により「貿易の未来をつくる」ことを使命とするスタートアップ企業、株式会社トレードワルツだ。京セラでの経験をもとに貿易の未来を切り開くため尽力する代表取締役 執行役員社長CEOの佐藤高廣氏に、経営哲学とビジョン、そして企業が目指す方向性について詳しくうかがった。
新卒で就職した会社が倒産、京セラで今後の指針となる経営哲学の土台を築く
ーー卒業後の仕事の遍歴をお聞かせください。
佐藤高廣:
私が大学を卒業した当時は旧ソビエト連邦が崩壊した頃だったこともあり、現場に飛び込むべくロシアに留学し、ロシア語を習得し、人脈を広げるために大学院まで進学しました。
卒業後に入社した会社は1年半で倒産し、その後、京セラに買収されました。すると、わずか1年半で黒字化し、業界ナンバーワンの利益を出す会社に生まれ変わったのです。京セラには、故稲盛和夫氏の経営哲学が浸透していました。その中で私は「経営者とは世のため人のために働き、従業員もお客様も幸せにできるすばらしい仕事で、非常に重要なポジションである」と強く実感しました。ここから私の経営者人生が始まったのです。
37歳で社長として赴任した京セラドキュメントソリューションズのフランス法人は、慢性的な赤字でしたが、京セラフィロソフィー(人間の生き方に正面から向き合う経営哲学)とアメーバ経営の手法を堅実に実践し、1年半で黒字化に成功しました。京セラで学んだこの経営手法をミスミグループ本社、日本電産(現ニデック)などでも実践し、経験を積んでいきました。
日本の貿易を変えたい一心でトレードワルツに飛び込む
ーー貴社に入社した決め手は何でしたか。
佐藤高廣:
日本の貿易手続きは、いまだに非常に煩雑なマニュアル作業が行われています。日本は島国で、輸出入は欠かせないのに、この状況のままでは世界競争を勝ち抜くことが難しいと思いました。そんなとき、「電子化によって貿易の未来をつくる」という非常に重要なミッションを掲げるトレードワルツが経営者を探していると聞き、迷わず飛び込んだのです。
ーー会社を経営していくうえで、大切にしていることを教えてください。
佐藤高廣:
私は京セラで稲盛和夫氏の経営哲学のもと、「世のため人のために働く」という教育を受けてきました。利他の心を持つという考え方は、京セラ時代から一貫して私の経営の軸であり、人生の指針として大切にしています。
貿易に関わる日本のトップ企業が集まり、貿易コンソーシアムを立ち上げ課題を抽出しました。貿易業界の電子化を目指し、その主要メンバー企業の出資によって創立されたのがトレードワルツです。よって日本の貿易を立て直し、未来を築いていくという強い思いで成り立っています。社員も常にその思いを抱いているため、いかなる困難があっても頑張ることができます。
データ駆動型により付加価値の高いビジネスを創出する
ーー貴社の事業の具体的なビジネスモデルをお聞かせください。
佐藤高廣:
貿易に従事する方々がデジタルでつながり、従来は紙や電話、FAXで行っていたプロセスを電子化するという貿易のプラットフォームを展開しています。ユーザーが増えるほど効率が上がり、データも蓄積されていきます。
銀行、保険会社に株主になっていただくと同時に、利用者としても加入していただいています。また、政府系機関のご賛同もいただき輸出入に不可欠なデータ連携を推進しています。弊社のプラットフォームにつながると業務の属人化から解放され、日本の貿易事業の効率化が劇的に進むことが予想されます。貿易のシステムを電子化し未来を変えるというミッションが、会社運営の根幹にあります。
ーー貴社のプラットフォームを導入すると、どの程度の時間が削減できるのでしょうか。
佐藤高廣:
多数の企業が弊社のプラットフォームを利用していただいた場合、44%程度の時間削減ができると考えています。日本の経済的観点から見ても、巨額の取引を動かすことになりますので、何としてもやり遂げなければならないという使命感を感じています。
貿易データが弊社のプラットフォームに蓄積され、可視化、分析され、オペレーションの最適化が進むでしょう。今後は、海外進出を試み、ユーザー数を増やしながらプラットフォームを成熟させ、データのハブとなる、付加価値の高いデータ駆動型のビジネスをつくりたいと考えています。
現在は大企業のユーザーが多いのですが、中小企業も海外を視野に入れることで市場は何倍にも大きくなります。弊社のシステムを使い、貿易のハードルを乗り越え、多くの企業が世界に進出するチャンスをつくることができれば、全体の国力が上がります。私たちは、そのような未来を目指しています。
貿易プラットフォームを展開するうえでの課題と展望
ーー今後のビジョンについて教えてください。
佐藤高廣:
経済産業省も貿易のデジタル化を促進するための「貿易手続デジタル化に向けたアクションプラン工程表(案)」を掲げているので、政府と足並みをそろえながら、5年後には日本の貿易事業の10%を電子化することを目指しています。
今後、米国や欧州も貿易電子化のプラットフォーム事業に参入することが予想されますので、世界でトップ3に入らないと淘汰されてしまいます。そのため、日本の友好国も含め、ユーザーを拡大することが課題です。
「日本の貿易の未来をつくる」という一心で集まり、葛藤しながら苦難に立ち向かっている弊社のすべての従業員に幸福感と、仕事に対して心の底からプライドを持てるようにしたい。そのためには会社が成長するしかないため、売上と知名度を上げ、従業員の努力に報いたいと思っています。
また、ユーザーの新規開拓とともに、既存のユーザーには限定的な取引から全社展開していただくことで、プラットフォームを一気に成熟させるところまで進めたいと考えています。
サプライチェーンマネジメントは、サプライチェーン全体で情報を共有することで経営資源を有効に活用するという概念ですが、現段階ではアナログな貿易業務が関わると円滑な情報共有ができなくなることも。いわば貿易プロセスはサプライチェーンマネジメントのアキレス腱のような状態です。貿易業界にデジタル化を浸透させることによって、国境を超えたサプライチェーンマネジメントの実現につなげたいですね。
貿易に関わる決済においても、日本の標準システムをつくり、取引のスタンダード化を目指す商品展開をしていきたいと考えています。
編集後記
「貿易の未来をつくる」という強い信念のもと設立されたトレードワルツ。デジタル化によって業界全体に変革をもたらそうとする意欲に心を打たれる。佐藤高廣社長が語る利他の精神や社会的責任に対する思いは、単なる利益追求にとどまらず、社会全体の発展を見据えたものだ。貿易業界をより良くし、ひいては日本経済を活性化させるために尽力する同社の今後の成長に大いに期待したい。
佐藤高廣/1996年に三田工業株式会社(現京セラドキュメントソリューションズ株式会社)入社。2007年に京セラドキュメントソリューションズ仏法人社長に就任。2014年に京セラドキュメントソリューションズ執行役員。2018年に株式会社ミスミグループ本社欧州企業体執行役員を務め、2021年、日本電産株式会社(現ニデック株式会社)執行役員などを経て、2023年に株式会社トレードワルツに入社。執行役員兼CEO補佐に就任。2024年、代表取締役 執行役員社長CEOに就任。