株式会社森光商店は、1877年創業の老舗食品卸売企業だ。米穀商としてスタートし、戦後は穀物問屋として再起した。現在はお米と穀物、ペットフードなど、時代の変化に対応しながら事業を展開してきた。
食の安全を守るという使命のもとに、大規模な設備投資を行い、クリーンで安全な製品提供に力を入れている。新しいことにチャレンジしながら、食品業界の未来を見据えた経営を展開している。今回は、1993年から社長を務め、2024年には会長に就任した森光栄一氏に、同社の歴史や強み、そして人材への思いを聞いた。
米穀商の家系に生まれ、問屋の道を選ぶ
ーー家業を継ぐことになった経緯をお聞かせください。
森光栄一:
私は3人兄弟の次男として生まれました。会社を継ぐことは考えていませんでしたが、兄が大学時代に病気で突然亡くなってしまったのです。父から「お前が後を継ぐんだ」という話はなかったのですが、そうなるのだろうと思い準備をすることにしました。
ただ、いきなり家業に入るのではなく、まずは日本橋にある問屋で3年半ほど修行をしました。人の下で働く経験ができたのは非常に大きかったですね。当時の仕事は基本的な事務作業が中心でしたが、サラリーマンとしての基本的な心構えや仕事の進め方を学ぶ、いい機会となりました。
ーーその経験は現在の経営にどのように生かされていますか。
森光栄一:
当時はコンピューターが導入され始めた時期だったので、仕事をするなかでITの基礎も学ぶことができました。これが後の弊社のDXにもつながっています。また、オイルショックの真っただ中だったということもあり、危機管理の重要性も学びました。スーパーの棚が次々と空になっていく様子を目の当たりにし、問屋の役割の重要性を実感したのです。こうした経験が、後の米事業への再参入や新規事業を展開する際の判断に生きていると感じています。
変化を恐れず進化し続ける、食品問屋の挑戦
ーー貴社の事業内容と、他社との差別化ポイントを教えてください。
森光栄一:
現在は「米穀」と「穀物」、「ペットフード」の3つを軸として事業を展開しています。弊社は創業以来、米穀商として歩んできましたが、戦前の食糧管理法の影響で一時撤退を余儀なくされました。その後、穀物問屋として再起すると、ペットフード事業にも参入することとなります。
きっかけは、熊本支店での取り組みです。当時、熊本支店は九州でさまざまな穀物を集荷し、小鳥の餌を配合する全国の問屋さんへ送っていました。しかし、輸入品の自由化が進み、安い海外産に国産では太刀打ちできなくなっていったのです。
そこで熊本支店の支店長が、輸入品を商社から仕入れ、小鳥の餌の原料として販売するビジネスを始めました。その後、日本ペットフード株式会社が「ビタワン」という国産のドッグフードを発売し始め、弊社のルートで売ってほしいと依頼があり、本格的にペットフード事業が始まったのです。
私が社長に就任したころは、米市場が自由化されたタイミングだったので、再び米事業に参入する決断をしました。多くの人が「儲からない業界になる」という中で、あえて参入したのは、ペットフード事業で学んだマーケティングの発想、つまりマーケットインの思想を活かせると考えたからです。厳しい局面もありましたが、お客さまのニーズに応える商品開発や提案を行い、品質と信頼を重視する姿勢を貫いたことで、今では安定した事業の柱となっています。
ーー貴社の強みについて、具体的にお聞かせください。
森光栄一:
弊社の強みは人材ですね。父の代から「社員は財産だ」と言われ続けてきました。現在は公益財団法人日本生産性本部の協力も得ながら、徹底した人材育成を行っています。以前は年間利益の半分以上を教育費に充てていたこともあるほどです。具体的には、評価制度の充実に力を入れており、社員と上司で目標を設定し、半年ごとに進捗を確認するシステムを導入しました。
問屋の役割は、お客さまの不満や要望をいかに吸い上げて解決策を提案できるかだと考えています。仕入先からの情報収集力はもちろん、データ分析や提案力の向上にも力を入れ、お客さまに的確な提案ができる人材の育成が重要です。そのため、社員一人ひとりのコミュニケーション能力を磨くことを大切にしています。
次世代を見据えた投資と人材育成
ーー今後の貴社のビジョンについてお聞かせください。
森光栄一:
現在、大規模な設備投資を行っていますが、これは既存の仕事をより安全に、そしてお客さまに安心していただけるようにするための投資です。お米の新しい工場を建設し、食品加工工場を建て替えることで、よりクリーンで安全な製品を提供できるようになります。既存のお客さまとの関係を大切にしながら、新たな販路を開拓していきたいですね。
ーー人材育成においてはどのような取り組みをされていますか?
森光栄一:
基本的に新卒採用を重視しており、毎年4名ほどの新入社員を迎えています。採用にあたっては私自ら、内定者の家庭訪問を30年以上続けています。これは入社後の早い段階でぶつかる壁を乗り越えるためのサポートと位置づけており、ご家族に会社を知っていただくことで、社員の長期的なキャリア形成を支援しているのです。こうしたサポートを得ながら社員が立派に成長していくのを見ると、とても嬉しくなりますね。
また、弊社の特徴として上げられるのが、風通しの良い企業文化です。社員が自由に意見を言える環境を大切にし、新規事業の提案なども積極的に受け入れています。いいアイデアだと感じたら、とりあえずやってみる。この文化が、社員の成長と会社の発展につながっていると確信しています。変化の激しい時代ですが、食の安全を守るという使命は変わりません。次世代を担う人材の育成と時代に即した事業展開を通じて、これからも社会に貢献していきたいと思っています。
編集後記
取材を通じて、森光氏の「食の安全」への揺るぎない信念を見た。米穀商からの撤退と再参入、ペットフード事業への進出など、時代の荒波を乗り越えてきた歴史が、今の強さにつながっているのだろう。特に印象的だったのは、人材育成への徹底したこだわりだ。サラリーマンを経験した会長だからこそ、社員一人ひとりを大切にする文化が根付いているのだろう。変化を恐れず、しかし軸はブレさせない。その姿勢こそが、100年以上続く老舗企業をつくってきたのだと感じた。
森光栄一/1950年、福岡県久留米市生まれ。1973年、福岡大学商学部卒。同年、株式会社森光商店入社、株式会社小網へ出向。1993年取締役社長就任、2024年取締役会長就任。