少子高齢化による人材不足やコストの増大など、多くの課題を抱える建設業界。さらには「建設業の2024年問題」といわれる労働環境の整備も急務となっている。
明治39年の創業以来、地域密着を掲げ、京都で100年以上にわたって地元の建築業界をリードしてきた株式会社田中工務店。代表取締役社長の田中勝久氏に、ターニングポイントとなった出来事、代表取締役として心がけてきたこと、そして将来の夢についてうかがった。
入社後に芽生えた経営者としての自覚
ーーどのような経緯で貴社に入社しましたか。
田中勝久:
私は3代続く建設会社の長男として生まれました。周囲からは、家業を継ぐ事が当たり前のように期待されて育ちました。しかし、私はその環境が嫌で、大学を卒業して別の建設会社に勤めることにしました。株式会社藤木工務店に入社して、現場監督として経験を積み、5年目に倉敷支店から実家のある京都支店に転勤、実家から通勤するようになりました。そのタイミングで、親から「家業を継いでみないか」と話があり、入社することに決めました。
ーー入社してからターニングポイントになったことは何ですか。
田中勝久:
私が40歳くらいの時、当時弊社の中核を担っていた叔父と営業部長が相次いでがんを患いました。厳しくいろいろと指導してくれていた2人が病に倒れた中、自分はまだまだ力不足でしたが、次のステップに上がらなければならないと決心したのです。
それまでも、取締役として経営会議に出席していましたが、自分では決断ができず、会社に貢献できていなかったように思います。この厳しい状況がきっかけとなり、経営者としての自覚が私に芽生えました。社員にも「変わりましたね」と言われたのを覚えています。
お客様が新たなお客様をつなぐ好循環が生まれる理由
ーー貴社で最も大切にしていることは何ですか。
田中勝久:
お客様が満足する建築物を建てれば、とても喜んでいただけるだけでなく、その後も関係性が続きます。社是にもあるように、「お客様に喜んでいただくよい建築物を造りあげること」が第一なのです。
そのために必要なのは、まずは「技術力」。次に「提案力」、そしてお客様に対して誠意をもって対応する「ホスピタリティ」も大切です。建築物には修理、修繕工事がつきものですが、それらにもすぐに対応ができるよう、社内の態勢を整えています。
トータルに責任を持った仕事をお客様に提供することで、良い関係性が続き、そのお客様が新たなお客様へとつないでくれるという好循環が生まれるのです。
ーー貴社の強みを教えてください。
田中勝久:
大手建設会社では縦割りで仕事が進められることが多く、施工図面を書く人、予算を管理する人、設計事務所と打ち合わせをする人など、別々の担当者が分業で仕事を進めます。
しかし、弊社では同じ現場担当者が施工図面を書き、現場管理を行い、予算管理を担当するなど、1人で多岐にわたる工程を受け持ちます。業務量は多くなりますが、自分の作品という意識が高まり、それがやりがいとなるのです。結果として、お客様に喜ばれる仕事ができていると感じています。
また、古くから付き合いのある協力業者の存在も大きいですね。協力業者にも同じ価値観を共有して仕上げていただいています。弊社・協力業者・お客様が三位一体となって仕事ができることが弊社の強みです。
ーーさまざまな建築物を手がけてきた中で、特にやりがいを感じた仕事は何ですか。
田中勝久:
幼稚園や保育園の工事はやりがいを感じますね。完成した後、先生や子どもたちが大喜びしてくださる姿を見ると、モチベーションが上がります。竣工式では、施主の保育園の方からご出席になった別の保育園の方に「とても良い建設会社ですよ」と紹介していただき、そこから新たなつながりが生まれることもあります。
若者が働きたいと思える会社に
ーー社長に就任して心がけたことを聞かせてください。
田中勝久:
新卒採用に力を入れました。私は「育成」の重要性を強く感じており、新卒で入社して真っ白な状態で弊社と向き合って、社風や仕事への姿勢を一から学び、技術者として成長していってもらいたいと考えています。最近は少子化で人材確保に苦労していますが、若い人材に対する期待感を持って「育成」に取り組んでいます。
ーー今後のビジョンを聞かせてください。
田中勝久:
労働環境を整えたいと考えています。大手建設業者だけが生き残るのではなく、弊社のような地元密着の中小建設業者も生き残らなければなりません。
そのために、協力業者も巻き込み、パートナーシップを強化して環境整備に取り組んでいきたいですね。地元密着の建設会社として、仕事の魅力を発信し、若者に「地元で仕事をしたい」と思ってもらえるような業界・企業経営を目指します。
編集後記
「お客様に喜んでいただくよい建築物を造りあげること」は株式会社田中工務店の社是で真っ先に掲げられている言葉である。社長がこの理念をどれだけ大切にしているかを、インタビューを通して強く感じた。「お客様に喜んでもらえる建築物をつくる」ことで、顧客が顧客を呼び、ひいては会社のためにもなる。この循環こそが地域密着を掲げる建設会社が100年以上続いている礎なのであろう。
田中勝久/1967年京都府生まれ。金沢工業大学工学部建築学科卒業。1990年株式会社藤木工務店入社。1995年株式会社田中工務店入社。2012年に代表取締役社長に就任。