1894年創業の株式会社龍村美術織物は、西陣織の帯をルーツに持つ伝統ある織物メーカーだ。しかし、その事業領域は和装にとどまらず、インテリアや航空機シート、さらには祇園祭で使用される山鉾(やまほこ)の装飾まで、織物技術を駆使した多彩な製品を生み出している。
「和の躍動、和の解放」をスローガンに掲げ、伝統技術を現代に解き放つべく挑戦を続ける同社。今回は、2019年に代表取締役社長に就任し、2024年に五代龍村平藏を襲名した龍村育氏に、同社の目指す未来についてお話をうかがった。
異業種からの転身で、伝統産業に新たな一歩を踏み出す
ーー社長に就任した経緯をお聞かせください。
龍村育:
父は三男だったので、私が会社を継ぐという話はありませんでした。私自身はマスコミ志望だったので、マスメディアが集積する東京で、大学に進学したのです。大学卒業後は大手新聞社に入社し、広告の営業として10年ほど勤めていましたが、父が社長になるというタイミングで「やってみないか」という話があり、2007年に弊社に入社しました。
入社当初は技術部に配属され、織物の設計をする仕事に就きました。全く畑違いの仕事だったので、最初は専門用語もわからず、とても苦労しましたね。織物を一度ほどいて、織り方や糸の太さなどを、一つずつ学んでいきました。
その後も、営業推進部門で商売の流れを学んだり、東京での営業も経験したりと、会社のさまざまな部門を経験して、織物業界全体を徐々に理解していきました。そして、2019年に社長に就任し、2024年に五代龍村平藏を襲名するに至ったのです。
ーー社長就任後に定めた経営方針についてお聞かせください。
龍村育:
私が社長就任時に掲げたスローガンは「和の躍動、和の解放」です。これは、和装業界で長年培ってきた技術や美意識、デザインセンスを、和装の枠を超えて広く世の中に解放していこうという思いを込めています。
和装業界は残念ながら縮小傾向にあり、そこで培われた素晴らしいものが行き場を失っているのが現状です。しかし、それらを再解釈し、アートパネルや新しい形のアート作品として世の中に発信していくことで、業界の再興を目指しています。この方針のもと、伝統を守りながらも新しい市場を開拓し、会社を成長させていきたいと考えています。
織物の可能性を広げる多様な事業展開
ーー貴社の事業内容と強みについて、詳しくお聞かせください。
龍村育:
弊社は1894年の創業以来、西陣織の帯を中心に事業を展開してきました。その後、事業で培った織物技術とデザイン力を活かして、雑貨やインテリアなど、装飾的な美術織物全般を手がけるようになりました。さらに、大型の織物として劇場の緞帳(どんちょう)や祇園祭の山鉾(やまほこ)の装飾、さらには航空機の座席シートまで製作しています。
また弊社の強みは、デザイン力と技術力の融合にあります。社内に技術部や製造部を持ち、すべての工程を自社で完結できる体制を整えているのです。特に航空機シートなどは、国土交通省が定める厳しい基準をクリアする必要がありますが、そうした高度な要求にも応えられる技術力を持っています。これらは、弊社が長年培ってきたものであり、他社には真似できない独自の強みとなっています。
ーー貴社の代表的な商品について、こだわりや特徴を教えてください。
龍村育:
弊社の代表的な商品の一つに、テーブルセンターというものがあります。これはテーブルの中央に敷く装飾品で、国内外で日本の伝統工芸品として高く評価されており、商談の際のコミュニケーションツールとしても重宝されています。平面なので置いても空間の邪魔をしない、長年のベストセラー商品となっています。
最近では、このテーブルセンターの技術を応用したアートパネルも製作しました。織物を平面的な用途だけでなく、立体的な見せ方ができないかと考え、他の工芸品と組み合わせた作品をつくっています。これは、現代の住居にも馴染みやすく、アートとしての価値も持つ新しい商品として注力しているところです。
伝統とテクノロジーを融合させ、和装の美しさを世界に
ーーデジタル化が進む中、伝統産業としてどのような取り組みをされていますか?
龍村育:
特に力を入れているのが、インターネット販売です。現在、3世代目のECサイトを運営しています。1世代目はあまり注力していませんでしたが、徐々に本格化させ、現在は外部のシステム会社と連携して運営しています。
和装業界は伝統的な業界ということもあり、デジタル化への対応が遅れがちです。加えて、弊社の商品が商流の関係で、全国に行き届いていないという課題がありました。ECサイトを整備したことによって、広い地域の方々に弊社の商品を知ってもらい、購入の機会を提供できるようになったのです。
ーー今後の展望について、お聞かせください。
龍村育:
今後は、海外展開にも注力していきたいと考えています。最近は、フランスを中心としたヨーロッパからのオーダーも増えてきました。ヨーロッパは織物の歴史が長く、織物に対する理解も深いため、弊社の製品が受け入れられやすい土壌があります。ヨーロッパを初めとして、弊社の製品をより広い世界に発信していきたいですね。伝統を守りながらも、新しい市場を開拓し、弊社ならではの価値を提供し続けていきます。
編集後記
マスコミから和装業界へ、そして経営者へと至る道のりは、まるで複雑な織物の紋様のようだ。しかし、その多彩な経験こそが、伝統産業に新たな息吹を吹き込む源となっているのだろう。伝統を守りつつ、和装を次のステージに上げる。龍村社長が目指す未来像は、同社が生み出す製品のように輝いて見えた。
龍村育/1973年生まれ。 1997年、日本大学文理学部心理学科卒業。株式会社東京スポーツ新聞社での勤務を経て、2007年、株式会社龍村美術織物入社。 2012年取締役、2016年常務取締役を経て、2019年に代表取締役社長に就任。2024年、五代龍村平藏を襲名。