※本ページ内の情報は2025年2月時点のものです。

ネット配信の普及により、海外ドラマを見る機会が増えたという人も多いだろう。その海外ドラマの映像字幕の制作を行っているのが、株式会社ワイズ・インフィニティだ。高校卒業後に米国へ留学したきっかけや、「愛ある経営」に込めた思い、「在り方勉強会」など同社の取り組みについて、代表取締役の山下奈々子氏にうかがった。

高校卒業後に米国へ留学。出産を経て映像翻訳の道へ

ーーまずは今の仕事につながったきっかけを教えてください。

山下奈々子:
もともと福祉系の大学に進学したいと考えていましたが、父から反対されていました。そんな中、弟の代わりに急遽ホームステイプログラムに参加することになったのです。

それまで興味はなかったのですが、海外での生活が予想以上に楽しく、米国の大学に進学しようと決めました。しかし、当時は高校卒業後に留学する人は少なく、何から手を付けていいかわかりませんでした。

そのときに見つけたのが、留学カウンセラーである栄陽子さんの書籍でした。そこで、栄さんに留学の相談に乗っていただき、勧めていただいた東部の田舎町にある大学に入学しました。

ーーそれから映像翻訳の仕事を始めるまでの経緯をお聞かせいただけますか。

山下奈々子:
留学中に妊娠がわかり、退学して20歳で出産したのですが、父から勘当され、金銭的な援助を受けられなくなりました。その後、見かねた母が父を説得してくれて、日本に戻ることになりました。

帰国後は子育てをしながら英語講師の仕事をしていました。そんな中、母が知り合った方から「映像翻訳ができる人を探している」と耳にします。ちょうどビデオデッキが普及し始めた頃で、海外映画の翻訳需要が高まっていたのです。

それがきっかけとなり、フリーランスで映画の字幕翻訳や、海外のニュースに字幕を付ける放送翻訳の仕事を始めました。米国とは時差があるので、翌朝のニュースで放送するために夕方から夜中まで仕事をしていましたね。朝には子どものお弁当をつくって送り出し、そこから映像翻訳の仕事をする生活でした。

フリーランスから社員を抱える経営者へ。長年の夢を叶えるため福祉事業に参入

ーー起業のきっかけは何だったのですか。

山下奈々子:
次第に仕事量が増え、1人で対応しきれなくなったため、法人化することにしました。映像翻訳の仕事をするうちに、「英語以外の言語ができる人がいないか」と聞かれることが多くなっていったのです。

それから人脈を頼りに人を紹介しているうちに、どんどん新たな仕事が舞い込んで来るようになりました。そこで翻訳者に外注する体制を整えるために、2000年に起業しました。

ただ、その後も自分で電話を受けて仕事を受注していたので、当時はフリーランスの延長という感覚でしたね。経営者としての自覚を持つようになったのは、社員を雇ってしばらくしてからでした。

社員が結婚や出産を経る中で、ようやく「他人の人生を預かる責任のある立場なんだ」と自覚したのです。それをきっかけに、経営について本格的に学び始めました。そのときに決めた経営理念が「愛ある経営」です。

ーー貴社の事業内容をお聞かせください。

山下奈々子:
メイン事業である海外ドラマなどの字幕を付ける映像翻訳のほか、放送翻訳や映画の字幕制作を請け負っています。また、聴覚障害者向けのクローズドキャプション(字幕データ)を付ける仕事も手がけています。

創業の翌年からは、翻訳者を育成するスクール事業も展開しました。それまで個別に原稿チェックを行っていましたが、より多くの翻訳者を輩出するために、スクールを開講したのです。最近では、海外のコミックや絵本を翻訳して書籍化する出版事業や、インバウンド向けのウォーキングツアーも行っています。

さらに2014年からは、福祉事業にも参入しています。制度改正により民間企業も参入できるようになったため、かつての福祉に携わりたいという思いを実現した形です。

ーー映像翻訳事業においてライバルとなる同業者はどのくらいいるのでしょうか。

山下奈々子:
そもそも翻訳のマーケットが小さく、業界全体で2000社ほどです。そのうちの半分は売上が1億円以下の小規模事業者で、上場企業は1社だけです。その中で映像翻訳を請け負っている会社は1%以下なので、ライバルはかなり少ないですね。

人に関心を持ち、人を生かす経営を。自分の「在り方」を探る勉強会の実施

ーー経営面で意識している点をお聞かせください。

山下奈々子:
弊社は設立時から変わらず「愛ある経営」を企業理念としています。特に、マザーテレサの「愛の反対は無関心」という言葉の通り、相手に関心を持つことを大切にしています。また、外注の翻訳者さんを下請けではなく「パートナー」と捉えるなど、会社の方針を明確に打ち出しています。

人を大切にして、人の幸せを実現するための取り組みが評価され、2022年に「第12回日本でいちばん大切にしたい会社」の審査委員会特別賞を受賞しました。

なお、新しいことにチャレンジする環境づくりも重視しています。実は出版事業やインバウンド向けのウォーキングツアーも、社員からの提案から生まれたものです。

社員の成長を促すため、創業8年目からは現場から完全に手を引いています。今は安心して部下に仕事を任せられているので、思い切って決断してよかったと思っています。

ーー企業理念を浸透させるための取り組みを教えてください。

山下奈々子:
企業理念や企業方針を軸とし、自分たちがどうあるべきか話し合う「在り方勉強会」を開催しています。部署をまたいで6〜7人ほどのチームに分かれ、会社の一員として、人として、社会人としてどうあるべきかを話し合っています。唯一この会だけは私が主導しており、同じ内容を月に3回行っていて、社員には必ずいずれかに参加してもらっています。少人数なので一人ひとりの意見を聞く貴重な時間になっています。

社員が安定した生活を送るために成長する企業であり続けたい

ーー今後の注力テーマについてお聞かせください。

山下奈々子:
新しく始めた出版事業とインバウンド向け事業の収益性を高めていきたいですね。また、AIを活用しながら、人にしかできない価値を提供していきたいと考えています。現在は大学の研究室と共同で、あるシステム開発を進めています。福祉事業に関しては事業の一部を譲渡し、エリアを川崎と横浜に集中することでサービスの拡充を図ろうと考えています。

ーー最後に今後の方針をお聞かせいただけますか。

山下奈々子:
これまで通り、会社の拡大よりも社員の幸せを大切にしていきたいと思っています。ただ、社員全員が安定した生活を送るためには、会社を存続させなければいけません。私はよく「仕事は下りのエスカレーターを上るようなもの」と言っています。その場に留まれば後退してしまうので、常にチャレンジし、これからも進み続けていきます。

編集後記

「女性が多い職場ですが社員同士の仲が良く、本当にいい人ばかりなんですよ」と話してくれた山下社長。「愛ある経営」を掲げる同社だからこそ、自然と相手に心配りのできる仲間が集まってくるのだと感じた。株式会社ワイズ・インフィニティは、業界の垣根を越え、これからも人々の幸せのために貢献していく。

山下奈々子/神奈川県出身。アメリカ留学後、通訳・翻訳者として約10年のフリーランス期間を経て、2000年に株式会社ワイズ・インフィニティを設立し、代表取締役に就任。映像コンテンツに字幕を付ける字幕制作をはじめ、スクール事業を中心に、新規事業として出版やインバウンド向け事業にも乗り出す。また、2014年にかねてより関心があった福祉関連の分野で、株式会社ワイズ・インフィニティ・エイトを設立。現在、10ユニットほどの障害者グループホームを運営している。