
ある大手シンクタンクによると、2023年度に約82万戸だった新設住宅着工戸数は2030年度に77万戸、2040年度には58万戸と、現在の70%程度に減少すると予測されている。反対に住宅リフォームの市場規模は少しずつ成長を続け、2022年の7.3兆円から2030年には7.7兆円に達するとの推計もある。新築よりも既存住宅の再利用の傾向が強まる一方、新築をめぐっては競争の激化が予想されている。
東海地方で注文住宅の建築を手がける株式会社弘栄工務店(岐阜県)は、家づくり3原則「モノ・コト・ヒト」のコンセプトを掲げ、良質でていねいな施工を実践している。中でも木組み構造の家づくりを得意とし、2016年と2021年には林野庁の「ウッドデザイン賞」を受賞するなど高い評価を受けている。
近年はリノベーションにも力を入れ、変化に応じた事業を拡大しているという。2代目の代表取締役社長である今井幸蔵氏に、独自の経営スタイルについて話を聞いた。
大工職人の育成と「顧客参加型」の家づくりを展開

ーー創業時からの歩みと、社長の入社当時について教えてください。
今井幸蔵:
私の父、今井弘が15歳の頃、大工の親方に弟子入りして修業を始めました。20歳の若さで棟梁として家を1軒任されたのを契機に、1967年に法人化して事業を本格始動したのが弊社の起源です。
私が26歳で弊社に入社した当時、代表である父の他に従業員は私と叔父と現場監督の3人しかいませんでした。少人数で切り盛りしながら少しずつ事業を拡張し、現在は専属大工が22名、社員は25名の体制となっています。ですが創業時からの基本方針は変わっていません。
ーーどのような方針でしょうか。
今井幸蔵:
住宅の建築において大工という職人は貴重な存在ですから、育成に力を入れています。とくにこだわるのは「お客様と職人の距離」です。現場のプロデュースを行いながら、お客様とも直接打ち合わせができる監督的大工の育成を目指しています。大工がつくった会社なので大工を大事に育て、現場力を高めているのが弊社の大きな強みです。
ーー大工の育成はどんな結果に表れていますか?
今井幸蔵:
取引するお客様の50%が紹介によって生まれています。いわば口コミです。「お客様参加型」の家づくりがうまく機能しているのでしょう。一般的に工期を短くするため、建材はほとんど工場でつくり、それを現場に運んでできるだけ短い時間で組み立てるのが業界のトレンドです。
しかし私たちはこれを採用しません。非効率かもしれませんが、お客様にもできるだけ現場に足を運んでいただいて、大工とダイレクトに打ち合わせしてお互いに確認しながら進めています。
時間をかけてお客さんが積極的に参加することにより、一生忘れられない家づくりになる。その結果、多くの紹介受注に結びついているのだと思います。
木のデザイン力と職人技術はリノベーションにも強み

ーー技術的な強みをお聞かせください。
今井幸蔵:
弊社は高温多湿の日本だからこそ、失われた古来の技術を復活させることを目指しています。木でできた10cm角、長さ3mの柱は、湿度が40%から80%に変化すると約1.2リットルの湿気を吸収するという能力分析もあるように、自然の木を使って湿気をコントロールをすることで、カビが生えず空気がきれいになり、深呼吸をしたくなるような家に。そして、最終的には住み心地の良い家になります。
82%が森林という岐阜県の恵まれた環境を生かすため、弊社が使用する木のうち約90%は岐阜県産です。このように地産地消の取り組みや、木材を使用することで温室効果削減にも繋げています。
木をどう生かすかは職人の腕次第であり、最大の見せ場です。長年にわたって培ってきた高い技術で、天然の木のぬくもりを感じられる家づくりができるのが、私たちの大きな強みといえます。
ーー新築以外にも力を入れていますね。
今井幸蔵:
新しく建てるだけでなく、代々受け継がれる資産価値の高い家を提供していきたいという思いで、リノベーション事業を2015年に立ち上げています。
弊社大工の優れたスキルも後押しとなり、築45年超の建物でも新築のようにリノベーションすることが可能です。おかげさまで最近はこの分野の伸びは著しく、全売上の30%を占めるほどに成長しています。
私はリノベーションを中古住宅活性化事業と呼んでいますが、空き家対策にもつながり、地域社会に貢献できるため、この事業を今後さらに強化していく方針です。
大工の技術とやりがいが生きた家づくりに取り組む
ーー人材面の施策や方針について教えてください。
今井幸蔵:
弊社の専属大工のグループで定期的に勉強会を開き、お互いの技術を高め合う機会を設けています。皆で現場視察に行き、ベテラン大工さんの現場を見たり、若い人たちにアドバイスしたりすることでシナジー効果が生まれることを期待しています。
社員は「クリエイターとして働き、なんでもできる人材になりたい」という強い意思を持った人が集まるのが特徴です。「設計しかしたくない」ではなく、「営業も設計も現場監督もできるようになりたい」という意欲的な人が多く、またそういう人に「住まいづくりプロデューサー」として活躍してもらうのが弊社の方針でもあります。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
今井幸蔵:
引き続き弊社の強みを活かした事業を進めていきます。20年ほど前、ローコストで既製品がたくさん使われる建売物件が業界を席巻していました。その影響で、弊社でも一部の既製品を採用したところ、弊社をよく知るお客様から「弘栄工務店らしくない。ただの建売じゃないか」と、現場で厳しい指摘を受けたことがあったのです。
これをきっかけに、時代に影響されず、弊社の個性を活かした施工を貫くのが重要だと悟り、「木を生かした大工技術の家づくり」という原点に回帰することを誓いました。今後とも大工のやりがいと生きがいが反映するような、つくり手の心がこもった家づくりに取り組んでいきます。
編集後記
「つくる人がいても、そこに志がないとダメ。心を込めたモノづくりだからこそ感動が生まれる」と熱く語った今井社長。時代に合わせて事業をアップデートしながらも、モノづくりに対する職人の心意気は変わらない。
また「いまも現役大工の父の口ぐせは『自分は冷や飯でも職人さんには温かいご飯を食べてもらえ』だった」というコメントにも表れているように、先代の教えを守って働く人を大事にする姿勢がよく伝わってきた。

今井幸蔵/岐阜県生まれ。1995年、26歳で父が営む株式会社弘栄工務店に入社。2002年、代表取締役社長に就任。一級建築士。