
価格は安いが満足度は高い、お弁当の定番「海苔弁」。この庶民的な味を、あえて1,000円以上の価格帯に押し上げ、一大ブームを巻き起こしたのが株式会社海苔弁山登りである。
2017年、銀座の一等地への出店を皮切りに、こだわり抜いた素材と意外性が注目を集めて瞬く間に話題となり、東京駅や新橋駅などへと店舗網を広げていった。今回は、この異色の成功を支えた立役者である代表取締役社長の我妻義一氏に、高級海苔弁の発想が生まれた背景や、今後の展望についてお話をうかがった。
Soup Stock Tokyoで培ったヒットメーカーの土台
ーーまずはご経歴について教えてください。
我妻義一:
大学卒業後、神奈川県の企業で量販店のバイヤーを6年ほど務め、その経験を活かして創業間もないタリーズコーヒーに転職しました。その後、ディズニーストアの運営を担うオリエンタルランドの関連会社を経て、2009年にスマイルズに入社。これまでの転職では、いずれも次のステージへの橋渡しとなる貴重な縁に恵まれたものでした。
ーースマイルズに入社後、Soup Stock Tokyoの事業に携わりますね。
我妻義一:
スマイルズからは「新しいことに挑戦してほしい」と期待され、新規事業部門で贈答用の「冷凍スープ」の開発や、デパ地下向けのお持ち帰り用ブランドの立ち上げに取り組みました。Soup Stock Tokyoは、もともと働く女性向けにスタートした外食チェーンです。
しかし、結婚や出産などライフステージが変わり、店舗を利用しなくなる「卒業生」の存在が多いことに気づきました。そこで、家庭で楽しむ「スープストック生活」を新たに提案し、そうした方々にも新しい形でスープを届けたいという思いを新規事業として形にしたのです。
「高級海苔弁」の誕生秘話と素材へのこだわり

ーーなぜ海苔弁専門店を出店しようと思われたのですか?
我妻義一:
スマイルズ在籍時に、日本航空から「スープ以外の機内食を提供できないか」という相談を受けたのがきっかけです。意外にも、一皿で完結するお弁当のような機内食がなかったため、日本を飛び立つ最後の日本食として「機内食初のお弁当」を提案しました。
その際、「日本のお弁当といえば……」という発想から選んだ海苔弁が非常に好評だったため、2016年にGINZA SIXから新規出店の打診を受けた際、海苔弁を提案して「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」を立ち上げることになったのです。
ーー1,000円を超える高級路線にした理由を教えてください。
我妻義一:
私は、「家庭で母親がつくる海苔弁こそ、数あるお弁当の中でも最高峰」というイメージを抱いています。しかし、いつの間にか海苔弁は「早くて安い」という利便性と価格重視のイメージに変わってしまいました。そのイメージを一新し、本来の「家庭でつくられる本物の海苔弁」を追求し、世に出すことを創業時からのコンセプトとしています。
「高級海苔弁」と呼ばれることもありますが、意図的に価格を高くしたわけではなく、母親が愛情を込めた手づくり弁当を徹底的に突き詰めた結果、自然とこの価格になったのです。
ーー食材へのこだわりもヒットの理由でしょうか。
我妻義一:
主役の海苔は、有明産の上位1%に入る最高級品を贅沢に使用しています。この海苔は「青混ぜ」と呼ばれる、海苔と青のりが混ざり合う有明海の天然海域で育ったもので、特有の香りと柔らかな食感、そして豊かな風味が際立つ逸品です。私たちが目指したのは「1,000円でも売れるお弁当」ではなく、世間に浸透した「早くて安い海苔弁」というイメージを覆すことでした。
その挑戦が実を結び、新しい価値観を確立できたことに大きな手応えを感じています。多くのメディアで取り上げていただき、ブームと言われることもありますが、もともと家庭で親しまれてきた文化を新たな価値として世に送り出せたことが、一番の成功だと思っています。
独自の価値創造が導く、次なるビジョン

ーー刷毛じょうゆ 海苔弁山登りの今後の展開を教えてください。
我妻義一:
これまでも、多店舗展開より高いブランド価値の維持を最優先とし、「東京でしか買えない」という価値を大切に、主要駅での出店や空港への商品供給を進めてきました。ただし、お客様にとっての利便性も重要ですので、今後は郊外や地方へ向かう拠点に卸先を通じて販路を広げることを検討しています。
さらに、行政や自治体と連携し、その土地ならではの産物を活かしたお弁当づくりにも挑戦する計画です。お弁当を通じて地域の魅力を発信し、活性化に貢献できる企業でありたいと考えています。
ーー刷毛じょうゆ 海苔弁山登りは、今後どのような企業にしていきたいですか。
我妻義一:
私たちは海苔弁を専門としていますが、海苔弁を提供することだけが使命ではないと考えています。弊社の海苔弁は、時代の移り変わりによる「イメージの違和感」を出発点に生まれたものです。このような違和感を起点とし、そこから新たな価値を創造する事業の集合体のような企業になることを目指しています。
どこかの模倣ではなく、常にパイオニアとしての意識を持ち続けながら、社員が自由にアイデアを出し合い、それが新たな事業として実現する企業文化を育んでいきたいです。
編集後記
これまでのキャリアを通じて、新たな価値を創造し続けてきた我妻社長。その挑戦の原動力となるのは、日常の中で感じる違和感を鋭く見つめ、それを起点に共感を呼ぶ新たな事業を生み出す発想力だ。家庭料理の象徴とも言える海苔弁を、高級路線で見事に再定義して成功に導いたように、今後も彼の発想が新たな食文化を切り拓いていくだろう。
「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」が次にどのような価値を提示し、私たちの心を動かしてくれるのか、大いに期待したい。

我妻義一/1973年生まれ。明治大学卒業後、流通業バイヤー、スペシャリティコーヒー業界、キャラクタービジネス業界での企画などを経て、2009年に株式会社スマイルズ入社。Soup Stock Tokyo事業の法人営業部部長を務め、冷凍スープ専門店「家で食べるスープストックトーキョー」立ち上げ、機内食企画・開発などに取り組む。2014年秋よりネクタイブランド「giraffe」事業部長となり、店舗展開の加速と同時に、リブランディングに取り組む。その後弁当事業部を立ち上げ、2017年に「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」の第一号店をGINZA SIXに出店。