※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

京都に本社を構える株式会社山岡白竹堂は、1718年創業の老舗京扇子メーカーである。同社は伝統工芸の技を守りながら、アニメとのコラボレーションや音楽・スポーツをテーマにした商品開発にも挑戦してきた。

茶道や日本舞踊、将棋、囲碁など、日本の伝統文化とも深いつながりを持つ同社の扇子は海外からの評価も高く、近年ではインバウンド需要も拡大しているという。「いいものを安く」という創業以来の精神を貫きながら、時代に合わせた商品開発で扇子文化を発信し続ける代表取締役の山岡憲之氏に話をうかがった。

父の方針で挑戦できた自由な経営とユニークな商品開発

ーー創業家の10代目ということですが、昔から会社を継ぐつもりだったのですか?

山岡憲之:
幼少期は「会社を継ぐ」という意識はあまりなかったですね。そもそも自分が10代目だということも意識していませんでした。ちょうど私が大学を卒業する時期に父が体調を崩し、それをきっかけに入社した頃から、後を継ぐことを意識するようになりました。

ーー世代交代をすることに対するプレッシャーはありましたか?

山岡憲之:
父が自由にさせてくれていたので、プレッシャーを感じることは特にありませんでした。ものづくりから営業まで、私の思うようにやらせてくれましたね。私は、「自分と同世代の意見を商品に反映したい」という思いから、自分が好んで持ちたくなるような扇子をつくったのですが、それも父は受け入れ、私の思い通りにさせてくれました。

人気アニメ「進撃の巨人」や「あやかし緋扇(ひせん)」とのコラボレーション扇子など、ユニークな商品の開発や販売ができたのも、父の方針のおかげといえるでしょう。

ーー社長就任後はどのような出来事がありましたか?

山岡憲之:
2004年に代表取締役に就任したのですが、その数年後にリーマン・ショックがあり、小売店や百貨店の倒産が相次ぎました。弊社としても取引先がなくなってしまい、窮地に立たされましたね。同じ取引先に商品を卸していた他社が倒産するのを見て、不安に思ったこともありましたが、インバウンドが増えたことによって売上が持ち直しました。

特に海外向けにものづくりをしたわけではなかったので不思議でしたが、近年の外国人観光客の方は、日本人と同じ粋なものを好むようです。SNSなどを通じて、弊社の京扇子のよさがきちんと伝わっているのだとわかり、非常に嬉しく思いました。

江戸中期から現代まで受け継いだ扇子づくりの精神

ーー貴社の事業に対する社長の思いを教えてください。

山岡憲之:
弊社は、2018年に創業300年を迎えた、伝統ある京扇子の製造・販売会社です。江戸時代中期に私の先祖が創業した背景には、扇子というものが人々の生活やファッションスタイルに強く根ざしていたからだと私は考えています。

デザインには流行がありますし、人によって好みも違います。弊社が創業期から現在に至るまで生き残ってきた秘訣は、時代や人に合わせた扇子づくりをしてきたことだと思います。私もこの伝統を受け継いで、時流やニーズにあったものづくりをしていきます。

ーー扇子づくりをする上で、どのようなことを心がけていますか?

山岡憲之:
私は、自分が興味があることや気になることを、商品に反映させるようにしています。私は音楽が好きですし、スポーツも好きです。それらのジャンルに向けた扇子をたくさんつくってきました。趣味の分野には、必ずそのジャンルのファンがいるので、そのファンの心を掴む商品を生み出すようにしているのです。さまざまな情報や体験を吸収して、それを扇子づくりに活かすように心がけています。

ーー大切にしてきた価値観や考え方をお聞かせください。

山岡憲之:
「いいものを安く」という精神を大切にしています。これは、1896年に弊社の屋号をつけた文人画家の富岡鉄斎翁からいただいた言葉に由来したものです。現代社会において、扇子は生活必需品とはいえませんが、市場のニーズはありますし、それに応えるべくいいものを安くお届けしたいという気持ちがあります。手づくりの品は人件費がかかるため、どうしても高価になりがちですが、高価になり過ぎると手にとっていただけません。お客さまの立場に立って考え、質のよい品を少しでも安く提供できるよう努めています。

内製化や効率化を推進して、生産性の向上を図る

ーー最後に、今後の展望を教えてください。

山岡憲之:
まずは生産性の向上に努めるべきだと考えています。弊社の商品を知った百貨店や小売店から、新規取引のお話をたくさんいただくのですが、弊社は新型コロナウイルスの流行によって生産スピードが落ちてしまい、既存の商品をつくることで手一杯の状態なのです。ですから、今は積極的に営業するよりも、作業の内製化や効率化によって扇子づくりの生産性を向上させたいと考えています。

また、弊社の強みは商品開発力なので、デザイン性に優れたものやユニークな商品を世の中に発信していきたいです。「こんなに素敵なものがあるんだ」と発信することで、若年世代が「自分も扇子づくり職人になってみたい」と思ってくれたら嬉しいですね。

業界の活性化にもつながりますし、文化の保全という意味でも望ましいことだと思います。弊社の扇子は一般のお客さまのほかに、茶道や日本舞踊、将棋、囲碁など、さまざまな文化とも深く関わりがあります。そうした芸術文化とこれまでつないできた扇子の歴史を、これからも大切にしていきたいです。

編集後記

自分が好んで持ちたくなる扇子をつくるという言葉に、山岡社長ならではの視点を感じた。つくり手の興味や関心を商品に反映させる。それは単なる個人の趣味ではなく、時代の空気を捉える感性そのものだ。音楽やスポーツ、アニメなど、山岡社長の幅広い関心は、自然と新しい顧客層との接点を生み出している。その柔軟な発想力と職人魂は、これからも同社の成長を支えていくに違いない。

山岡憲之/1962年、京都市生まれ。立命館大学経営学部卒業。1983年、株式会社山岡白竹堂に入社。2004年、同社代表取締役に就任。2018年、創業300周年の節目に十代目「山岡駒蔵」を襲名。