
電話によるコミュニケーションが中心の不動産管理の現場に、変革の風が吹いている。全国100社以上の管理会社に導入されている入居者アプリ「totono」や、入居者への「ありがとう」の気持ちを起点とした「スマサポサンキューコール」、そして今後の鍵を握るアウトソーシングサービス。それらを提供するのが株式会社スマサポだ。
「入居者対応の負担を減らし、管理会社・入居者・地域社会の三方に利益を生む仕組みをつくりたい」と願う代表取締役社長CEOの小田慎三氏。現場課題から出発し、社会課題に切り込むプロップテック企業の挑戦と展望をうかがった。
「異業種視点」で不動産業界に切り込む!キャリアの原点と業界課題への気づき
ーー社長のこれまでの経歴を教えてください。
小田慎三:
もともと私は、中古車販売の仕事をしていました。そこで得た経験が、不動産業界に入ってからの視点に大きく影響しましたね。総合不動産会社である株式会社宅都に入社して最初に感じたのは、管理会社が持っている情報資産があまりにも活用されていないという驚きでした。
たとえば、駐車場を契約する時に必要な車検証。管理会社には大量の車検証コピーが保管されており、そこには車種や年式、次回の車検時期といった詳細な情報が記載されています。しかし、誰もその情報に目を向けていなかったのです。
ーーそこにどのような可能性を感じましたか。
小田慎三:
たとえば、車検が近づいている人には車検代行や買い替えの提案ができるはずですし、2ドア車に乗っているご夫婦が子どもを授かったのなら、ファミリーカーへの乗り換え需要も生まれるはず。そうした生活変化の「兆し」が、目の前の書類に眠っているんです。しかし、不動産のことしか見ておらず、本当にもったいないと感じたんです。
このとき、「人の暮らしとつながる情報をどう活かすか」が、将来のビジネスの種になると気づいたのです。物件を「管理する」だけではなく「生活を支える」存在に変わる可能性を感じた瞬間でした。
管理会社の悩みに向き合い、業界の変革に挑む!スマサポ設立の背景

ーースマサポはどのような問題意識から誕生しましたか?
小田慎三:
宅都で経営企画や社長室の仕事をしていた頃のことです。現場の社員たちと日々やりとりをする中で、管理会社が抱える根本的な課題が見えてきました。
日常的に発生する入居者からの連絡に加えて、騒音、違法駐車、水漏れ、近隣トラブルなどのクレームに対応する現場が疲弊し、退職者が相次いでいたのです。さらには、それらがSNSなどで炎上してしまうケースもあり、これはもう構造的な問題だと感じました。
このままでは入居者の満足度は低下し、社員の離職が更に進んでしまいます。管理会社は本来、安心で快適な暮らしを提供する存在なのに、それが追いつかなくなっていたのです。私は「ここを変えなければ、業界全体が持続できなくなる」と強い危機感を感じました。
ーーそこから、社内ベンチャーとしてスマサポを立ち上げたのですね。
小田慎三:
はい。最初の目的は「管理会社の業務負荷を減らすこと」でした。ただ、それは単なる効率化ではなく、「入居者との良好な関係を築くこと」でもあると思ったのです。
入居者からの声に耳を傾けて、先回りして対応できるような仕組みをつくる。それが結果的に、社員の働きやすさにもつながり、入居者にとっても安心になる。そうした双方向の価値を生み出せる存在として、スマサポという会社を立ち上げました。
業務を支援するだけではなく、業界全体のあり方を変えていきたい、そんな気持ちがスマサポの原点にあります。
感謝の言葉がつなぐ絆、サンキューコールが描く未来
ーー「スマサポサンキューコール」とは、どのようなサービスでしょうか。
小田慎三:
ある管理会社の方が「理想の入居者というのは何も言わずに入って、何も言わずに出ていく人なんだよ」と話してくれたことがありました。それを聞いたとき、私は強い違和感を覚えました。クレームがないのは一見理想的に思えるかもしれません。しかし、何も伝え合わない関係に果たして未来があるのか。その違和感から生まれたのが「スマサポサンキューコール」です。
まず私たちは入居者さんに対し、「ありがとうございます」と感謝を伝えることから始めることにしました。数ある物件の中から、弊社が管理する部屋を選んでいただいたことへの感謝を、最初にきちんとお伝えする。そのうえで、住み心地はどうか、なぜこの物件を選んだのか、どういった点に魅力を感じたかなどをヒアリングさせていただくようにしたのです。
ーーそれによって、どのような変化が生まれたのでしょうか?
小田慎三:
お客様に感謝し、対話の機会を持つことで、「何かあったら、この人たちに言っていいんだ」と思っていただけるようになりました。これが後々のトラブル予防にもつながり、管理会社側にとっても、入居者の本音を可視化できるというメリットがあります。アンケート結果は毎月フィードバックしており、データが蓄積されることで業務改善にも役立てることができます。
このサービスは、入居者と管理会社の間に立つ「潤滑油」のような役割を担っています。断絶していた両者の関係性をつなぎ直す、それこそが「スマサポサンキューコール」の目指す世界観です。
入居者アプリ「tonoto」が実現する、電話頼みからの脱却
ーーtotonoについても教えてください。
小田慎三:
従来、入居者からの連絡はほとんどが電話でした。トイレが詰まった、廊下の電球が切れている、隣がうるさいなどといった日常の困りごとを、感情的なやり取りが発生しやすい「通話」で対応していたのです。
電話に苦手意識を持つお客様もいますし、対応する社員にとってもプレッシャーが大きくなります。それにもかかわらず、「連絡は電話で」が、当たり前のように続いているのが不動産業界です。
ーーその課題を解消するために生まれたのですね。
小田慎三:
「totono」は、チャットベースで写真や動画を送ることができる、入居者様の利便性を追及したスマホ用のアプリです。入居者にとっては「言いやすく」、管理会社にとっては「受け止めやすい」ツールになっています。
たとえば、詰まり気味のトイレも、動画を送ってもらえば、状況が一目瞭然ですよ。電話で「どこから、どのように水が漏れているんですか?」などと何度もやりとりする必要もありません。
また、やりとりの質が上がることで、対応のスピードも正確性も上がります。感情的なやり取りが抑えられることで、管理会社の社員も働きやすくなり、入居者も安心できます。totonoは、単なる便利なツールではなく、入居者と管理会社の関係性を変えるインフラだといえるでしょう。
SaaSからアウトソーシングへ、進化するスマサポの事業モデル

ーーtotonoを通じたアウトソーシング事業についてもお聞かせください。
小田慎三:
管理会社にとって最大の課題は「人手不足」だと思います。totonoを導入しても、実際にそれを使いこなす人材がいなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。どんなに良いシステムでも、それを運用する人がいないと意味がありません。
そこで、totonoから一歩踏み出し、SaaS×BPO(業務外部委託)の「BPaaS」というアウトソーシング事業を開始しました。これは、入居者対応そのものを私たちが代行するという仕組みです。
チャットを通じて入ってきた問い合わせに、スマサポのスタッフが対応し、必要であれば修理業者と連携して手配まで行います。このように、アプリと業務をセットで提供する「仕組みごとの支援」は、今後ますます必要とされていくと思います。
ーー管理会社にとって、メリットは何でしょうか。
小田慎三:
たとえば、これまで4人で対応していた業務が、BPaaSの導入によって2人で回せるようになれば、浮いた人員を営業や新規提案など、より付加価値の高い仕事に振り向けられるようになります。単にコスト削減という話ではなく、組織全体の生産性を底上げできるでしょう。
スマサポは、単なるツールではありません。現場で培った課題解決のノウハウを活かし、仕組みごと提供するパートナーとして、業界にとっての「使える存在」でありたいと思っています。
プロップテック企業としての自負、現場目線から生まれるテクノロジー
ーースマサポが提供するサービスの根底には、どのような思いがあるのでしょうか?
小田慎三:
私たちは「システム会社」ではなく、不動産管理の現場で苦労してきた人間の集まりです。totonoも、スマサポサンキューコールも、BPaaSも、すべては管理会社が直面する具体的な課題をどう解決するかというところからスタートしています。
たとえば、社員の離職をどう防ぐか、入居者の不満をどう減らすか、そのためにどのタイミングでどんなツールが必要か。現場起点の発想がすべての出発点です。このように現場の大変さを知っているからこそ、「これは本当に現場で役に立つか」という視点を大切にサービスを展開してきました。今後もこの考え方が変わることはありません。
ーーどのような人材を求めていますか?
小田慎三:
私たちがいちばん大切にしているのは「親切さ」です。地道なやりとりを通して入居者の暮らしを支えるには、業務スキルや営業力よりも、相手の立場に立てる想像力や、人に向き合う誠実さの方がはるかに重要だと考えています。
たとえば、営業職には、ただ売り込むのではなく、管理会社と伴走して課題を一緒に解決していく姿勢が求められます。エンジニア職には、現場から上がってくる細かい要望を正確に把握して、実装まで落とし込む力が必要です。
どちらにも共通するのは、他人の言葉に丁寧に耳を傾けられること。それがスマサポの基盤を支えています。そして、私たちがやっているのは、単なるシステム提供ではなく、暮らしそのものを支える社会インフラづくりです。その志に共感し、ともに挑んでくれる仲間と出会いたいですね。
賃貸住宅のスタンダードを目指して
ーー最後に、今後の展望についてもお聞かせください。
小田慎三:
現在、私たちはBtoBからBtoBtoCへのシフトを進めています。totonoのアプリはすでに40万件以上ダウンロードされています。これは単なる数字ではなく、全国にいる40万人の入居者とつながっているということです。そこには引越しや結婚、車の購入など、たくさんのライフイベントがあります。
かつて不動産業界に転職した際に得た感覚を活かしながら、その一つひとつを起点に、新しいサービスを提供していきたいと思っています。スマサポが目指しているのは、生活全体を支える「ライフインフラ」の構築です。テクノロジーと現場知見、そして親切な心を融合させて、より人間らしい暮らしを届けたいと考えています。
そして、「totonoを賃貸住宅のスタンダードにする」ことを実現させたいですね。全国には1,700万戸の賃貸住宅がありますが、そのすべてにスマサポの仕組みが導入される未来を想像しています。もしそれが実現すれば、管理の現場が変わり、入居者の暮らしが変わり、地域のコミュニケーションのあり方まで変わるはずです。
編集後記
「見えない課題」に向き合い、業界を変え、社会を変える。株式会社スマサポの取り組みは、単なる業務効率化にとどまらず、地域の暮らしや雇用、そして人と人との関係性にまで変化をもたらしている。不動産管理の現場に寄り添いながら、インフラとしての本質を問い直す姿勢に、次世代の成長産業としての可能性を感じた。

小田慎三/1969年大阪市生まれ。2003年、総合不動産会社である株式会社宅都に入社。経営企画社長室(室長)、常務取締役(TAKUTOグループ)を歴任。2015年、賃貸管理業界における入居者と管理会社とのコミュニケーションを円滑にするため、社内ベンチャーとして株式会社スマサポを設立、代表取締役社長CEOに就任。2019年にTAKUTOグループから独立。2022年、東証グロース市場に上場。