
株式会社ヒューマンアジャストは、鍼灸接骨院を関東中心に59店舗展開し、M&A戦略とスピーディーな人材育成で急成長を遂げる企業である。昔ながらの業界慣習に挑み、透明性の高い経営と徹底した労務管理を実践。2024年には東京証券取引所プロマーケット市場などへの上場を果たした。代表取締役の根岸靖氏に、その経営哲学と業界の未来を切り拓く展望、上場に込めた想いについて、話をうかがった。
「人のために」という思いで転身した治療家への道
ーーこれまでのご経歴をお聞かせください。
根岸靖:
大学卒業後、大手スポーツ関連企業の株式会社ピープル(現:コナミスポーツ株式会社)に入社しました。総合職として採用されましたが、実際の仕事はテニスインストラクターでした。多くのインストラクターがいる中で、社員は数名しかおらず、あとはテニス経験者の方たちがアルバイトでコーチをしていました。
しかし、アルバイトといっても、彼らのテニス歴は長く、経験も豊富で、年上の方も多い。23歳で現場に配属された私にとって、コーチたちをマネジメントするのは大変でした。年齢や立場を超えてスタッフが持っている力を発揮するためにはどうすれば良いのかを、考えるよい機会になりました。この時の経験が、今の経営にも活かされています。
ーーその後、治療家へ転身されたのはなぜですか。
根岸靖:
20代後半になり、「今のままでいいのか」と考えるようになりました。会社から受ける評価や報酬、未来を考えた時に、改めて「自分が一番やりたい仕事は何なのか?」と自分に問いかけました。
そして、「人のためになるものを売りたい」、さらに突き詰めて、「健康そのものを提供したい」と思いました。そこで整体と出会い、柔道整復師の資格を取得することを決めたのです。当初は会社を辞めるつもりはなく、働きながら学んでいました。しかし、専門分野の面白さに惹かれ、この道に進むことを決意しました。その後、都内の整形外科で3年間修行を積み、31歳で埼玉県に自身の接骨院を開業しました。
治療家のプライドを尊重しつつ能力を数値化する評価制度

ーー人材育成について、どのような取り組みをされていますか。
根岸靖:
治療家は自分の技術に高い誇りを持っています。そのプライドを尊重し、能力を認めることが重要です。そのために、評価制度を明確にしています。
これまで治療家の評価は感覚的になりがちな点が課題でした。同じ治療を行っても「良くなった」という患者様もいれば、「良くならなかった」という方もいます。そこで弊社では、その評価を感覚ではなく「売上」という明確な数字に結びつけています。技術が高いから患者様から求められ、結果として売上が上がる、という考え方です。例えとして、「『自分の施術が一番だ』と言いながら売上が低いのは、お客様のいないラーメン屋と同じだ」と伝えています。
売上を上げるためには技術力だけではなく、営業力も必要です。治療家の中には「営業」に抵抗感を持つ人もいます。そのため、「患者様が本当に必要としているものを提案しないのは、治療家としてどうなのか」と、彼らのプライドと責任感に訴えかけています。「営業」だと意識せずに、雑談のような問診から患者様の状態や目標を深く理解し、心から提案するようにアドバイスしています。
短期間で上場を果たした秘訣は透明性とスピーディーな人材育成
ーー短期間で上場を果たされた秘訣は何でしょうか。
根岸靖:
M&Aを積極的に活用して現在59店舗を展開しており、これにより最小コストで最大利益を生む仕組みを構築しています。
「上場します」と宣言してから1年半で達成できたのは、それまでの準備、特に会社の透明性にあります。この業界は労務や休日の概念が曖昧な会社も少なくありませんでした。しかし私たちは、創業初期から週休2日制や残業代の適正な支払いなど、労務管理と経理財務の透明化を徹底してきました。
人材育成のスピードも強みの一つです。入社後、医療知識から社会人マナー、法律、技術まで約10項目のテストを設けています。これをクリアすることで現場に出られます。そして新入社員でも、3ヶ月で売上目標を達成できるレベルに育て上げるのです。この教育システムにより、一人当たり生産性を業界でも高い水準で実現し、新卒の早期離職もほぼありません。
こうした自社のノウハウは業界の仲間にも積極的に共有し、共創の精神で業界全体の発展を目指しています。さらに、8つの専門学校でマネーリテラシーに関する授業を無償で行い、若い世代の啓蒙にも努めています。
未来への展望と上場に込めた想い
ーー今後の注力分野は何でしょうか。
根岸靖:
人材採用を強化していきます。採用基準は、抽象的な表現になりますが、「おせっかいな、いいやつ」です。そういう人材を採用することで、社員同士が助け合う文化を醸成しています。今後は特に、若い世代、国家試験不合格者や女性治療家の活躍支援に力を入れたいと考えています。
また、労働環境の整備も継続するつもりです。働く治療家たちに対しては完全週休2日制や8時間労働シフト制を徹底し、働きやすい環境を整備しています。また、社員の治療技術力向上だけでなく、治療家のその先のキャリア、例えば後進の指導や管理部門への道も示しています。そして、アナログな部分が多い業界ですので、DX(デジタル技術を活用した変革)を推進し、効率化と治療パフォーマンスの向上を目指します。
また、海外展開にも力を入れ、日本の伝統医療を企業として海外に広める先駆者となりたいです。将来的には、海外企業の買収も視野に入れています。
ーー最後に、上場に込められた想いをお聞かせください。
根岸靖:
お金儲けが最優先と誤解されがちですが、目的がそれだけならプロマーケットには上場しません。真の目的は、この治療家業界に胸を張れる上場企業を作り、私たちが実践してきたことの正しさを社会に証明することです。そして、治療家たちがこれほど頑張っている姿を多くの人に見ていただきたかった。これが上場の最大の理由です。
編集後記
大手スポーツクラブから治療家の道へ転身し、ヒューマンアジャストを上場へと導いた根岸靖社長。その根底には、前職で体得したマネジメントと「人のために」という強い信念がある。昔ながらの業界に新風を吹き込み、透明性の高い経営とスピーディーな人材育成で成長を続ける同社の挑戦は、治療家業界の未来を明るく照らすだろう。

根岸靖/大学卒業後、全国展開する大手スポーツクラブ「ピープル」(現:コナミスポーツ)に入社し、多店舗展開のノウハウを学ぶ。現場でテニスインストラクターなどを経験する中で、より直接的に人の役に立つ仕事への思いを強くし、28歳で退職。柔道整復師の専門学校へ進学する。3年後、31歳で埼玉県狭山市に接骨院を開業。会社員時代に培った多店舗を管理する能力を活かし、企業を急成長させ、業界でも屈指の成長企業として注目を集める。2024年には、株式会社ヒューマンアジャストを東京証券取引所プロマーケット市場および福岡証券取引所プロマーケット市場へ上場させた。